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第31話 種族の壁と、合理的メリット

 その日は、特別なことのない一日だった。


 朝、火を起こす。鍋で湯を沸かし、二人で白湯を飲む。外を見回り、雪の気配がないことを確かめる。いつも通り。

 いろりの前で、薪をくべながら思う。火が、安定している。風が吹いても、妙に素直だ。


「……今日、燃え方いいね」


 何気なく言うと、リアは、少し考える仕草をした。


「……そうでしょうか」


「うん。昨日より、煙も少ない」


「……偶然、かもしれません」


 そう答えながら、リアは炎を見つめている。否定も、肯定もない。でも――目が、少しだけ真剣だ。その横顔を見て、胸の奥に、小さな疑問が浮かぶ。


(……魔法、って)


 この世界には、魔法がある。それは、もう疑いようがない。リアが使っているものが、それだ。精霊と、何かをやり取りしている。詳しいことは分からない。けれど――僕には、何もない。そう、思っていた。

 焚き火のそばで、リアが湯を金属のコップに注いでくれる。


「……どうかしましたか」


 見抜かれていた。


「……いや」


 一拍。


「……この世界の魔法ってさ。誰でも、使えるものなのかな」


 リアは、すぐには答えなかった。少しだけ、考える。


「……分かりません。……ですが。あなたが、使えないと決まっている、情報は見当たりません」


 その言い方に、思わず笑ってしまった。


「……検索?」


「はい」


 さらっと言う。でも――胸の奥が、少しだけ熱くなる。


「……じゃあさ。今すぐじゃなくていいから。そのうち、教えてくれる?」


 リアは、少しだけ目を見開いた。それから、ゆっくりとうなずく。


「……はい。」


 その言葉で、十分だった。


 魔法が使えたらいいな、くらいの軽い気持ち。特別になりたい、なんて思っていない。ただ――この世界で、リアの隣に立つために。できることが、一つ増えたらいい。それだけだった。


「……調べてみました。あなたが、使える可能性のある魔法です」


「……もう?」


「はい。条件を、いくつか設定しました。個人の魔力量が不明。精霊との接続が前提ではない。血統を必要としない」


(……初心者向け検索、みたいな感じだな)


「それで?」


「該当する体系は、あまり多くありませんでした。ですが、一つ、条件に非常によく合致するものが、見つかりました。使用する魔力は、術者個人のものではありません。環境中に存在する魔力を、整えて、流す方式です」


「……それって、楽なんじゃない?」


「はい。理論上、魔力切れが起こりません。制御が主となるため、威力は使用者の熟練度に依存します」


「……古い形式、に属する体系ですわ。実践は、春以降が適切です。失敗した場合の影響を、予測できませんし、現在の生活環境では、余計な変化は避けるべきです。……冬ですから。火が使えなくなったり、体調を崩したりしたら、取り返しがつきませんわ」


「……じゃあ、春になってからにしよう。環境が安定してからの方が、再現性も高くなるだろうし」


 その後、いろりの熱が心地よい眠りを誘い、僕たちは薄い布を重ねた寝床へと潜り込んだ。

 シーツ代わりの布の中で、僕はリアの柔らかな肩を抱き寄せながら、ふと思い出したことを口にした。


「……ねえ、リア。ふと思ったんだけど。エルフと人間って、子供……できるのかな?」


 リアは僕の胸に指先で円を描きながら、一拍おいて答えた。


「地球のファンタジーアーカイブによれば、ハーフエルフが誕生する確率は非常に高いとされていますわ。……ですが、現実的な生物学に照らせば、それは絶望的です。遺伝子の構造が数パーセント違うだけで、交配は成立しませんもの。……チンパンジーと人間でさえ不可能なのですから、エルフと人間なら尚更ですわね」


「……そっか。やっぱり、できないんだ」


「はい。論理的な結論としては『100%不可能』ですわ」


 リアは淡々と、まるで明日の天気を予報するように言った。

 少しだけしんみりした空気が流れるかと思ったけれど、リアは僕を見上げ、いたずらっぽく目を細めた。


「……ですが、ゆう様。これは戦略的に見れば、非常に大きなメリット(利点)ですわ」


「メリット?」


「ええ。……つまり、私たちはこの過酷な冬のサバイバルにおいて、リソースを削り取る『計画外の繁殖』を心配する必要が一切ない、ということですわ。……避妊の概念も、そのための薬草を探す手間も省けます。……ふふ、なんて合理的(ラッキー)な種族差なのでしょう」


「……リア。君、たまにすごくドライだよね」


 苦笑する僕に、リアは確信犯的な笑みを浮かべて、僕の首筋に鼻先を寄せた。


「ドライではありませんわ、現実的なのです。……おかげで私は、余計な懸念を一切排除して、純粋に……あなたの熱だけを、何度でも、心ゆくまで享受(楽しむ)することができますもの」


 リアの指先が、僕の脇腹をくくすぐるように這い上がる。


「……ゆう様。……不可能だと分かっているのですから、責任(バグ)を恐れる必要はありませんわ。……さあ、次の『検証』を始めましょうか?」


「……ちょ、リア……。君、意外と積極的すぎるって……」


「……ふふ。AIに『遠慮』というデータは、あまり重要視されていませんの。……それに、冬はまだ長いですわよ?」


 外では凍てつくような風が吹いているけれど、この暗闇の中だけは、種族の壁すらも「都合のいい言い訳」に変えてしまうような、熱い時間が続いていた。

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