第115話 白銀の停滞、加速する冬の手仕事
聖域に降り積もる雪は、外界の喧騒をすべて覆い隠すように、しんしんと降り続いていた。
本来なら、厳しい寒さと退屈に耐えるだけの季節。
けれど、僕たちの冬は驚くほどの熱量と速度で過ぎ去っていった。
「……ゆう様、綿花の紡ぎ、すべて完了いたしましたわ」
リアが指し示した先には、秋に収穫したあの大量の綿花が、一点の曇りもない真っ白な糸の山となって積み上がっていた。
本来なら冬を越しても終わらないはずの作業。それを彼女は、あの朝の「変化」以来の加速した手つきで、わずか数週間で終わらせてしまったのだ。
「次はこれを布に織り上げたいのですが……。ゆう様、効率を求めるなら、やはり『機織り機』という構造物が必要になりますわ」
リアはいろりの傍らで、手近な枝を拾うと、灰の上に複雑な図を描き出した。
筬、綜絖、踏木……。
現代の叡智が詰め込まれた自動織機の構造を、彼女は淡々と、かつ情熱的に、灰をなぞる指先で解説していく。
「この往復運動を自動化し、テンションを一定に保てば、今のわたくしの演算速度なら一日に数反は……。ですが、この丸太小屋にある材料と道具だけでは、精密な歯車や部品の製作に無理がありますわね。……残念ですが、今回は断念いたします」
少しだけ寂しそうに、描いた図を枝でそっとなぞり消した彼女に、僕は苦笑しながら提案した。
「なら、今ある大きな織り枠で頑張ってみよう。時間はたっぷりあるんだし」
「……そうですわね。ゆう様がそうおっしゃるなら、わたくし、この枠の限界に挑んでみせますわ」
そう言って織り枠に向き合ったリアは、もはや職人の顔をしていた。
カシュ、シュッ。カシュ、シュッ。
本来はゆったりと進むはずの機織りの音が、まるでメトロノームの速度を極限まで上げたような、一定の、そして鋭いリズムで室内に響き渡る。
シャトルを飛ばす彼女の手は見えず、ただ横糸が魔法のように縦糸の間を埋めていく。
「……素晴らしい速度だね」
「ふふ、これでもまだ最適化の余地がございますわ。……ゆう様、お茶のおかわりはいかがですか?」
織る手を止めることなく、リアが微笑む。
日中は、薪を割り、野草のスープを啜り、驚異的な速度で布が織り上がっていくのを眺める穏やかな時間。
そして夜になれば、冷えた空気の中で、より深く、より逃れがたい濃密な熱情が爆ぜるように繰り返される。
理由は分からない。なぜ彼女がこれほど鮮やかに世界を切り拓き、なぜ僕たちがこれほど飽くことなく求め合えるのか。
いろりの中で爆ぜる薪の音が、静寂をより際立たせる。
あまりに満たされ、あまりに鮮やかなこの日々。
僕は、織り枠に向かうリアの細い背中を見つめながら、こらえきれずにポツリと漏らした。
「……この時間が、永遠に続けばいいのに」
その言葉は、祈りのように、あるいは冬の霧に溶ける溜息のように小さく響いた。
リアが打つ「カシュ、シュッ」というリズムが止まり、彼女は静かにこちらを向いた。
「ええ、そうですわね……。ですがゆう様、文献によると、エルフの寿命は人間より大分長い場合が多いそうですわ」
リアは織り枠から離れ、僕の隣に静かに腰を下ろした。
彼女の視線は、僕の右手の人差し指にある、あの白銀の環へと向けられる。かつて春の日に、僕が「共同経営者の印」として贈った、牡鹿の落角から削り出した指輪だ。
「……あなたが年を重ね、いつかそのお体が、今のように動かなくなる日が来たとしても」
リアは僕の手をそっと取り、自分の掌で包み込んだ。
その瞳には悲しみも不安もなく、ただ凪いだ湖のような、確かな光だけが宿っている。
「わたくしは、変わらずここに居続けます。あなたがその目を閉じ、最後の吐息を漏らすその瞬間まで。……いえ、あなたが拒絶なさらない限り、わたくしがあなたの隣を離れるという選択肢は、わたくしの演算回路には存在いたしませんの」
「リア……」
「あなたがよぼよぼのおじいさまになっても、わたくしがこうしてお茶を淹れ、おそばで布を織り続けますわ。……それが、あの春に予約させていただいた『共同経営者』の、本当の務めですから」
彼女は、あの日交わした「契約」をなぞるように、ふっと穏やかに微笑んだ。
それは派手な誓いではない。けれど、何十年、何百年という歳月を当たり前のように共に歩むという、エルフとしての、そして彼女としての、絶対的な受容の宣言だった。
「……不思議だなあ。リアがそう言ってくれると、年を取るのも、そんなに怖くない気がするよ」
「ふふ、当然ですわ。わたくしが、一秒たりとも退屈させませんもの。……さあ、ゆう様。外はまだ雪です。今はただ、この火が消えるまで、こうして寄り添っていさせてくださいまし」
しんしんと降り積もる雪。
加速する冬の時間は、いつか訪れる「終わり」さえも包み込むような、深く静かな慈しみに満たされていた。




