表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EVE〜終末世界の整備兵〜  作者: 灰猫J
第二章 神を狩る
22/29

第5話 見えない場所で

 ノクティア・ヴァルクラゼルは、人の顔色を読むのが得意ではない。


 笑っているから機嫌がいいとか、声が大きいから怒っているとか、そういう種類のわかりやすい感情の読み方は、むしろ少し苦手だった。そういうものは当てにならないことが多い。人は平気で笑いながら殺意を隠すし、怒鳴っているくせに本気ではないこともある。正面から見える感情は、たいてい雑音だ。


 だからノクティアは別のものを見る。


 言葉を置く前の一拍。

 呼吸の浅さ。

 視線が止まる場所。

 沈黙を切る速度。

 そして、誰かの名を呼ぶ時の、ごくわずかな声の質。


 そういう、本人も自覚していない小さなズレの方が、よほど本音に近い。


 ミネルヴァの戦術室で、アストラが鎌鼬型A級災骸のブリーフィングを始めた時、ノクティアは壁際の薄暗い席から、いつものように全員を見ていた。

 見ていた、というより、そこに体を置いていた、と言った方が近い。視線を正面へ向けたまま、周囲の音と気配を自分の周りへ浮かべておく。そういう感覚だ。暗殺者という役割は、しばしば「気配を消すこと」だと思われる。間違ってはいない。だがそれだけでは半分だ。本当に必要なのは、自分の存在感を消したまま、相手の変化だけを拾い上げることだ。


 そうすると、よく見える。

 たとえばロクサーヌ・ヘルストームの変化も。


 大きな変化ではない。たぶんアストラも、セラフィナも、アイリスも、見れば気づくだろう。だが「見れば」であって、「自然に気づく」ほど露骨ではない。ロクサーヌ自身に至っては、たぶん自分で自分の変化をきちんと理解していない。


 けれどノクティアには、わかった。


 ロクサーヌは、イーサン・クロークの声を、以前より自然に受け入れている。


 その変化は、戦術室に入った瞬間からあった。


 イーサンは、相変わらず目立たない場所にいた。ゼロ大隊の戦術会議に同席するようになったとはいえ、卓の主導権を握るわけではないし、大きな声で意見を押し通す性格でもない。発言の量だけ見れば、まだごくわずかだ。けれど、ロクサーヌがそのわずかな発言を切り捨てない。


 前なら、もっと雑だった。

 必要なら聞く。必要でなければ切る。ただそれだけ。そこに柔らかさも、猶予もないのがロクサーヌだった。だが今は少し違う。イーサンが言葉を選んでいる間、ロクサーヌは以前より半拍長く待つ。彼の発言が終わる前に結論へ飛ばず、きちんと最後まで聞いている。そして聞いたあとで、自分の中の判断へ自然に組み込んでいる。


 誰かがそれを「丸くなった」と表現したら、ノクティアはたぶん訂正する。


 丸くなったのではない。


 ロクサーヌはまだ尖っている。火のままだ。前へ出る時の姿勢は少しも鈍っていないし、必要なら容赦なく切る。その本質は変わっていない。ただ、自分以外の視点を「自分の火力を鈍らせるノイズ」としてではなく、「より正確に敵を殺すための材料」として扱えるようになり始めている。


 それは変化だ。

 しかも、かなり良い種類の。

 ノクティアはそれを、好ましいと思っていた。


 理由は簡単だった。

 ロクサーヌは強すぎるからだ。


 強すぎる人間は、ときどき自分一人で全部を背負えると錯覚する。いや、実際に背負えてしまうことがあるから余計に厄介なのだ。ロクサーヌはそういう種類の人間だった。だから第13防衛区で、シェルターを背に一人で立ち続けた。誰も止められなかったし、たぶん止めても無駄だった。


 でも、あのままでは長く持たない。

 ノクティアはそう思っている。


 ロクサーヌが少しだけ他人の目を借りるようになったのなら、それはたぶん彼女自身を弱くする変化ではない。むしろ逆だ。生き残るために必要な変化だ。


 そのきっかけが、イーサン・クロークなのだとわかるのも、悪くなかった。


 あの整備兵は派手ではない。強くも見えない。前に出れば、おそらくすぐ死ぬ。何より怖がりだ。けれど見ている場所が、最初から少し変だった。兵装を見ているのに、兵装だけを見ていない。壊れ方から戦い方を読み、運用の癖から人間そのものを読む。そういう視線を、ノクティアは嫌いではなかった。


 むしろ、少しだけ近いと思っている。

 自分もまた、派手に勝つ側ではないからだ。


 ロクサーヌのように火力で空間を塗り潰すわけでもない。アイリスのように真正面から相手を噛み切るわけでもない。セラフィナのようにひらめきで戦況を解くわけでもない。アストラのように一撃で空を消すこともできない。ノクティアがやるのは、もっと小さくて、もっと見えにくいことだ。


 視線をずらす。

 意識を削る。

 相手が最初から持っている勝ち筋の輪郭を、ほんの少し歪める。


 そういう仕事は、地味だ。

 だが地味であることと、重要でないことは同義ではない。


 イーサンも、似ている。

 あの整備兵は前に立たない。戦場の真ん中に飛び込んでいくこともできない。けれど彼が兵装をいじると、戦いの組み立て方そのものが少し変わる。派手じゃない。なのに、本質へ触っている。


 同じ種類だ、とノクティアは思う。

 目立たないところで、勝敗の根をいじる人間。


 アストラが前方モニターに鎌鼬型災骸の映像を出しながら、分析を進めていく。高機動近接型。射線の穴を抜ける挙動。妖怪型災骸として、これほど伝承の輪郭を保ったままの個体は国内初。ウェプワウェトほどの理性はないが、動きの系統は近い。前衛と中衛を噛み合わせ、最後は狙撃で落とす――そこまでの説明を聞きながら、ノクティアの意識は半分ほど戦術へ、もう半分は人間の方へ向いていた。


 ロクサーヌがイーサンの発言を待つ。

 イーサンがまだ少し緊張している。

 セラフィナはすでに熱の置き方を頭の中で組み替えている。

 アイリスは退屈そうに見せながら、実際には前衛の踏み込み角度だけを考えている。

 アストラの声は冷たいが、部隊の中心線を作るために必要な冷たさだ。

 どこから見ても、少しずつ噛み合ってきている。

 たぶん、二週間前より確実に。


     *


 輸送艇の中で、イーサンがロクサーヌへ声をかけた時、ノクティアは目を閉じてはいなかった。

 閉じているように見せていただけだ。


 赤い戦闘灯が機内へ落ち、振動が床から伝わってくる。降下前の輸送艇には独特の緊張がある。誰も騒がない。誰も余計なことを言わない。戦場直前には、それぞれが自分の中へ少し潜る。ノクティアも普段はそうしている。


 だが、その日は違った。


 イーサンの呼吸が、途中で一度だけ浅くなるのがわかったからだ。


 何か言うつもりだ、とノクティアは思った。

 言うか、言わないか、迷っている。声にするには感情が柔らかすぎる。戦闘前の空気には少し不向きだ。前のイーサンなら、そこで飲み込んだだろうとも思う。


 でも今回は、飲み込まなかった。


「……死なないでくださいね」


 その一言は、機内の振動よりずっと小さかった。けれどノクティアには、妙にはっきり聞こえた。

 飾りがない。遠回しでもない。整備兵としての忠告でも、部下としての儀礼でもない。ただ、心配している相手へ向けた、そのままの声だった。


 ロクサーヌが一瞬、驚いた顔をする。

 本当に一瞬だけ。


 他の誰かが見ていたとしても、「たぶん気のせい」で済ませる程度の変化だ。だがノクティアは見逃さない。あの人は、そういう種類の言葉に慣れていない。まして、イーサンから来るとは思っていなかったのだろう。


 そしてロクサーヌは、すぐにいつもの顔へ戻って、ぶっきらぼうに言った。

「当たり前だ」


 短い。素っ気ない。だが拒絶ではない。


 ノクティアは、そのやり取りを聞いて、少しだけ口元を緩めそうになった。


 イーサンはちゃんと言えた。

 そう思った。

 しかもロクサーヌの方も、ちゃんと受け取った。


 変だ、とも思う。

 あの炎みたいな女と、あの地味な整備兵が、どうしてこんなふうに噛み合い始めているのか。たぶん理屈ではない。けれど現実として、噛み合っている。その事実は、ノクティアにとって悪いものには見えなかった。


 むしろ、いい。

 ロクサーヌは少しだけ人間らしくなっている。

 イーサンは少しだけ怖がらなくなっている。

 それは戦場へ出る者としては、決して悪い変化ではない。


     *


 大阪第5防衛線都市へ降りた時、ノクティアはすぐに、この戦場が訓練室とは別物だと理解した。


 雨はまだ降っていない。だが空気は湿っている。風が細く速く、街区の隙間を走っていた。高架、ビル壁面、空中回廊、水路の上を渡る補修足場、排気ダクトの抜け道。地形が複雑というより、継ぎ目が多い。平面の都市ではない。空間そのものに、無数の「つながり方」がある。


 そういう場所は、近接高機動型にとって優しい。

 鎌鼬型B級災骸が、まさにそうだった。


 ノクティアの視界には、敵は「一体の怪物」としては見えない。影の濃淡、風の揺れ、鉄骨のきしみ、次に刃が来る角度、そういう断片が先に入る。輪郭は後から追いつく。だから最初に感じたのは、敵の姿かたちよりも、「視線の外側がうるさい」という嫌な感覚だった。


 高架の下面から、何かが抜ける。

 壁面の影が一瞬だけ不自然に伸びる。

 風が、いつもの都市の風より速く、鋭く切れる。

 それが敵だった。


 アストラの分析は正しかった。概ねウェプワウェトと同系統。射線の穴を抜ける。高低差を使う。正面から押しつける火力を嫌い、意識の外へ潜る。違うのは、深さだ。ウェプワウェトほどの理性はない。相手が観測していることの意味を理解しているわけではない。だが動きの本能が完成されすぎていて、結果として人間側の判断を一歩だけ外す。


 前半の連携は、うまくいっていた。

 ノクティア自身、そのことをはっきり感じている。訓練で繰り返した型は、現実の都市でも死んでいない。ロクサーヌが火力で敵の好む動線を削り、アイリスが前衛で圧をかけ、セラフィナが熱で進路を限定し、アストラが上から戦況全体を締める。

 その中でノクティアがやるべきことも、以前よりずっとやりやすかった。


 昼間より、左脚の熱の上がり方が少し遅い。

 背部姿勢制御の返りが一拍だけ柔らかい。

 鋼糸の再装填も、以前より無駄が少ない。


 地味な差だ。

 でも、自分にはその地味さがよくわかる。


 前ならもう少し早く、脚の奥に熱が溜まり始めたはずだ。

 前なら、影から影へ抜ける時の腰の返りが、少し鈍かったはずだ。

 前なら、糸の再装填の半拍が、次の意識外づくりを邪魔していたはずだ。


 いまは違う。

 イーサンの整備が届いている。


 ノクティアはその事実を、戦場に出た瞬間から理解していた。ありがたい、という感情の形ではない。ただ、前より生きやすい。前より噛みやすい。そういう実感だ。

 あの整備兵はやはり、派手ではない。けれど勝敗の土台には、ちゃんと触れている。


 だから、前半の優勢は偶然ではない。

 ロクサーヌの火力も、アイリスの踏み込みも、セラフィナの熱も、自分の糸も、全部が少しずつ以前より噛み合っている。その土台には整備がある。ノクティアはそれを知っていた。


 アストラが「狙える」と告げた時、ノクティアは敵の流れにほんの小さな違和感を感じた。


 狙撃のタイミングは正しい。

 前衛も中衛も、ほぼ理想に近い角度で敵の選択肢を削っている。

 普通なら、ここで終わる。

 でも、敵の影の切れ方が少しだけおかしい。


 風の流れが変わったのではなく、敵が風の使い方を変えた。そう思った瞬間には、もうアストラの狙撃は放たれていた。


 外れた。

 外れた、というより、敵のいる位置が半身ぶんだけずれた。


 ノクティアは驚かなかった。

 むしろ内心で、そう来たか、とだけ思う。


 予測外ではある。だが完全な偶然ではない。相手は訓練室の仮想敵ではなく、現実の戦場にいる災骸だ。机上の型通りに死んでくれるなら、苦労はない。


 問題はその直後だ。

 アイリスが飛び出す。


 それも、ノクティアには予測できた。あの人は、戦場のリズムが崩れた瞬間、自分で噛み直しに行く。そういう性質だ。止めようとは思わない。止めても止まらないし、あの判断そのものを責める気にもならない。実際、あの場で一番早く前へ出られるのはアイリスだけだった。


 ただ、危ないとも思う。

 地形が悪い。

 いまの踏み込みは、アイリス本来の土俵ではない。


 だから、彼女が深手を負って沈んだ時も、ノクティアは叫ばなかった。叫んでもどうにもならないからだ。代わりに戦場の重心が変わるのを感じる。


 前衛の片側が止まる。


 ロクサーヌの火力が敵を追う。

 だが都市地形がその火を薄くしていく。


 セラフィナの熱はまだ広い。


 アストラは次の狙撃ラインを組み直している。


 ここからは、訓練どおりではない。


 ノクティアはそこで、余計な期待を捨てる。戦場が崩れたのなら、戦場の中で勝ち筋を作り直すしかない。


 セラフィナが小さく「そうか」と呟いた時、ノクティアはその意味をすぐ理解した。

 敵を焼くのではない。

 敵が移動を成立させる場所自体を焼く。

 正しい。

 と、ノクティアは思う。


 自分の仕事も同じだからだ。相手そのものを壊せなくても、相手が相手であるために必要な条件を崩せばいい。視線、意識、選択肢、逃げ道。セラフィナはそれを熱でやり始めた。


 高架の継ぎ目が焼ける。

 回廊の支柱が歪む。

 風の抜け方が変わる。

 敵の軌道が、ほんの少しだけ鈍る。


 そこでノクティアは、自分の役目を理解する。

 殺しに行く必要はない。

 止める必要もない。

 ほんの一瞬、敵の意識をロクサーヌから外せばいい。


 鎌鼬型はいま、ロクサーヌの火力を最大脅威として見ている。そこへセラフィナが都市構造そのものを焼いて、進路を限定した。なら次に必要なのは、最大脅威へ向いている意識を、ほんの半拍だけ割ることだ。


 ノクティアは黒糸を一本だけ通す。

 当てない。切らない。見せるために置くわけでもない。敵が次の瞬間、「別の脅威」を認識せざるを得ない位置へ置く。ナイフも同じだ。喉も心臓も狙わない。ただ、いまこの瞬間に敵が最も嫌がる場所へ、少しだけ存在を差し込む。


 地味だ。

 そういう仕事は、いつだって地味だ。

 でも、それでいいとノクティアは思っている。

 目立つ必要はない。勝ち筋が繋がればいい。


 そしてその感覚は、イーサンの整備とよく似ていた。

 あの整備兵も、誰かの兵装を派手に生まれ変わらせたわけではない。ほんの少しだけ熱の上がり方を遅らせ、ほんの少しだけ補正を噛みやすくし、ほんの少しだけ次の動きへ猶予を作っただけだ。だが、その「だけ」がなければ、この場面で自分はここまで静かに動けていない。


 同じだ。

 誰も見ないところで、本質だけをいじる。

 だからノクティアは、イーサンに少し共感しているのだと、この瞬間にはっきり理解した。


 敵の首が、ほんのわずかにずれる。

 視線がロクサーヌから外れたのは、たぶん半拍もない。だがノクティアには十分だった。十分であり、そしてロクサーヌにも十分だった。


 最大火力が落ちる。


 ノクティアにとって重要なのは、その派手さではない。

 ロクサーヌ・ヘルストームは、いつもそうだ。誰かが作ったほんの小さなズレを、自分の勝ちに変える。その変換効率が異常なのだ。だからあの人は前衛の王であり続ける。誰かの働きを奪うのではない。誰かが作った小さな可能性を、最大の致命傷へ変えてしまう。


 鎌鼬型が火力に呑まれていくのを見ながら、ノクティアは静かに思う。

 あの人は、最後に全部を持っていく。

 だから皆が、その火の後ろに立てる。


 殲滅が終わったあとも、ノクティアはしばらくその場を動かなかった。動けなかったわけではない。戦場の余波が完全に止まるまで、自分の気配を消したまま残っていただけだ。高架の残骸が落ちる。焼けた支柱から白い煙が上がる。ロクサーヌの火力が残した熱が、湿った風の中で少しずつ薄まっていく。

 勝った。

 訓練の形は一度崩れた。だがその崩れた形の中から、ゼロ大隊は勝ち筋を作り直した。

 そのことを、ノクティアは強く覚えていた。


     *


 ミネルヴァへ戻ったあと、整備区画の端で、ノクティアはイーサンを見つけた。


 輸送艇から降ろされた兵装ログと戦闘記録を、もう見返している。疲れているはずだ。実際、顔色も少し悪い。けれど手は止まらない。自分がいた戦場ではないのに、まるでそこにいたみたいな密度で、細部だけを拾っていく。


 アイリスの突出時、どの補助が追いつかなかったか。

 セラフィナが都市構造へ熱を置いた時、どの出力帯が一番噛んだか。

 ノクティア自身の姿勢制御が、どこで以前より滑らかだったか。

 アストラの狙撃が外れた瞬間、次の切り直しに必要だった余白は何秒あったか。


 そういうものを、あの整備兵は一つずつ掘っている。

 自分が勝因だったとは、たぶん思っていない。


 ただ、また次のために必要だから見ている。それだけの顔だ。


 ノクティアは少し離れた暗がりから、それを見ていた。


 今回の逆転は、セラフィナの発想や自分の意識誘導だけではなく、イーサンの整備があったから成立した。

 そしてイーサンは、自分と似ている。目立たない場所で、本質だけを見る。

 そこまで考えた時、ノクティアはふと、少しだけ可笑しくなった。


 ゼロ大隊に必要なのは、火力だけではないのかもしれない。

 見えない場所を支える人間。

 派手に戦わなくても、勝ちの根に触れる人間。

 そういう存在が、一人いるだけで、火の在り方まで少し変わるのだから。


 イーサンがふと顔を上げる。誰かの視線に気づいたわけではない。ただ考えが一区切りついただけだろう。ノクティアはその瞬間に身をずらし、影へ戻る。話しかける気はなかった。まだその必要もない。


 ただ、心の中でだけ、短く結論した。


 悪くない。

 そしてもう一つ。

 たぶん、あの人は必要だ。

 ゼロ大隊に。

 ロクサーヌに。


 そして、見えない場所で勝ち筋を支える者として、自分たちの側に。


 整備区画の白い灯は、相変わらず冷たかった。けれどその光の端で、イーサン・クロークの指先だけが静かに動き続けているのを見て、ノクティアは珍しく、ほんの少しだけ安心に近いものを覚えていた。


 派手ではない。

 でも、ああいう人が一番、長く残る。

 それはたぶん、悪い未来じゃない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ