PRAYER 07 Birthday&Yesterday
ハリソンは少し疑問を抱きながらも何かに気づいた。
「小賢しい……!」
ハリソンが次々に放つ弾丸を、リシェルは宙を舞いトマホークの腹で弾き飛ばす。火花が舞台を彩る火薬の如く散る。
「ワッツ!頼んだよ!」
「了解」
舞台の奈落、あるいは天井の梁か。ワッツの声と同時に、ガコォン! と巨大な歯車が噛み合う音が劇場に響き渡った。
「なっ……!?」
ハリソンが動こうとした瞬間、彼の両足元に違和感が走った。
いつの間にか、彼の足元には細く、しかし強靭なワイヤーが幾重にも巻き付いていた。リッパーが銃弾と応戦しながらも、足元へ滑り込ませていた「罠」だった。
「いやー、銃弾を避けながら足に巻き付けるのは、さすがに骨が折れるねぇー。」
リッパーが愉快そうに告げた瞬間、舞台装置の滑車が猛烈な勢いで回転を始める。
ハリソンの巨体が逆さまに吊り上げられる。かつて彼が被害者を吊り上げたのと同じ、舞台裏の「重り」を利用したシステムが、自身の体を捕らえる。
銃は手から滑り落ち、彼は無様に空中で暴れ回る。
「ねぇ。何か言い残すことはある?」
リッパーはトマホークを深く構え、その瞳から一切の温度を消した。
「な、何が目的だ?金か?……金ならいくらでもくれてやる!だから拘束を解け!」
ハリソンの言葉に興味無さげだ。
「そっか……特にないなら、殺っちゃおうか♡」
リッパーが合図を送ると同時に、ワッツがロープを切った。
重力に従い、逆さ吊りのハリソンが絶叫とともに地面へと落下してくる。
その落下の軌道。
リシェルは、リボンのように束ねた髪を夜風に揺らしながら、全身のバネを使い巨大なトマホークを横一閃に振り抜いた。
「――剪定完了――」
鋼の刃は、ハリソンの胴体を、パンを割くように容易くぶった斬った。
雨の如く噴き上げる鮮血が舞台の幕を深紅に染め上げ、二つに分かれた肉体が、湿った音を立てて舞台上に転がる。
彼が「勝利の象徴」として愛でていた『A.S』のハンカチは、主を失ったのかひらひらりとリッパーの手元に舞い落ちる。
静寂が戻った劇場は、リシェルの満足げな吐息だけが白く響いた。
――10分後――
Ms.リッパーとワッツは、もはやそこにはいない。ただ、一筋の冷たい風が、開いたままの楽屋口から霧と共に運び込む静寂のみ。
そこに、コツコツと足音が劇場に響く。観客席の階段から降りてきたのは、手帳を握りしめたドイルだった。
彼は舞台上に転がる「二つの肉塊」を一瞥し、顎を触る。
「……手遅れだったか。この目で是非とも見たかった……。Ms.リッパーの『剪定劇』とやらを」
ドイルは、血溜まりの中に落ちている ハリソンを万年筆の先で軽く突いた。
「Ms.リッパーいつまで完璧で居られるか?……さて、次はどうやって邪魔をしてやるか……」
ドイルの瞳に、狂気にも似た知的好奇心が灯る。彼は自らの顎を撫で、獲物を俯瞰した様な高笑いが劇場に響いた。
――翌日の6時半頃/アークリット――
ホワイトチャペルの路地裏に、焼き立てのパンの香りが立ち込めている。
「……はい、これ。ハリソンが取り返した物……。」
リシェルは、「A・S」のイニシャル入りのハンカチを手渡した。
「……ありがとうございます。本当に、ありがとうございました。……妻に渡した初めてのバースデイプレゼント。……ようやっと報われます。」
男はハンカチを胸に抱き、声を殺し泣いた。
「いいって事よ!その代わり、これからもウチのパン、買いに来てよね」
リシェルはいつもの明るい笑顔で男を見送ると、扉を閉める鈴の音が聞こえた。
店内では、モスが既に開店準備を整え、呆れた顔で彼女を待っていた。
「リシェルさん。また店のクロワッサン、三つも食べたでしょう。帳簿が合いませんよ」
「ちぇー、ケチモス! 昨夜は体力使ったんだから、これくらい必要経費だってば!」
賑やかな姉弟の会話が、平和な朝の風景に溶けていく。
昨夜の「殺人鬼」の影は、どこにも見当たらない。
「……まあ、あの変態小説家には気をつけなきゃいけないけどね。」
リシェルはモスの目を盗み二つ目のパンを手に取った。
「でも私たちは、これからも剪定を続ける。ワガママだけど私達はそのままでいい。死神「Ms.リッパー」として……。」
リシェルは窓の外に映る霧が晴れ始めたロンドンの街並みを眺め、いたずらに微笑んだ。
「さて、今日もお仕事、がんばっちゃおうか♡」
闇が晴れることのない、ロンドンの街で今日も生焼けの悪意を切り続ける。
『Ms.リッパーのヴィルカルテ』―第1章―「銀行編」
――完――




