PRAYER 05 Weapon&Beacon
――二日後の12時頃/ アークリット――
差し込む冬の陽光と隙間風の音が、リシェルの爆睡を妨げた。
「……ふおぁ。……モス、おはっぴよー……」
ボサボサの頭、片方が脱げかけの靴下。リシェルは目を擦り、遠くを見つめた眼で階段を降りてきた。
「リシェルさん! もうお昼前ですよ! 劇場へ行くって言ったのは誰ですか!」
モスの怒声が飛ぶが、リシェルは覚束ない手で、カウンターに置かれた売れ残りのスコーンを口に放り込む。
――13時頃/ヴィクター劇場――
最近、改装工事が終わったばかりの綺麗な小劇場。
裏口から楽屋口に向かったリシェルは手際よくバスケットを抱え、満面の笑みで劇団に挨拶する。
「どうもー! 皆さんこんにちは♡ハリソン様からのパンの差し入れ届けにまいりしたぁ♡ 」
リシェルは賑やかに振る舞いながら、パンを団長に渡した。だがその眼に映るのは舞台裏の「装置」の数々。役者たちが稽古に励む喧騒の中で巨大な幕や背景画を吊り下げるための太いロープが何本も走っている。
「……ねえ、団長さん。この舞台装置、ちょっと不思議ですね」
リシェルは、ロープが固定されている壁際を指差した。
「幕や装置を操作するためのロープに、カウンターウェイトがついてないのは、なぜですか?」
リシェルは知っている。劇場なら、重い装置をスムーズに上下させるために滑車と重しを使う。それがこの劇場にはなく港にあるボラードの様な器具が床から伸びている。
団長は、リシェルの問いに一瞬動きを止めた。
「……ああ、あれはね、事故防止のためだ。昔、重しが外れて怪我人が出そうになったことがあってね。……幸い死者は出なかったがね。」
「へぇー。慎重なんですねぇ。……」
リシェルはボラードのある箇所の綺麗な床でコツコツと軽い音を立てて貧乏揺りをする。
「……すまないね、お嬢さん。これから稽古なんだ。差し入れありがとう。……これは差し入れの礼だ。客席で静かに観てくれ。」
団長は急き立てるように見送り、夜の公演のチケットを手渡した。
劇場の外へ出た二人。冷たい風が頬を刺す。
「……リシェルさん、何かわかりましたか?」
「……う〜ん。」
リシェルは親指と人差し指同士を擦り合わせて考えた。
「吊り上げ紐…ウェイトじゃなくボラード…床…改装工事……よし!モス店に戻るよ!」
――1時半頃/アーク・リット
リシェルは、カウンターの上に小さな木の板を数枚並べ、その上に先を輪っかにしたロープをクシャクシャに置いた。ロープのもう一端を滑車に見立てた棚の上を通し、床に置くその先には適当な重りを結びつける。
「モス、ちょっとここを、思いっきり内側に押してみて」
リシェルが指差したのは、重りがある側の床。モスが言われるがままにグイと押すと、重りは板の隙間の空洞に落ちていく。
――シュルッ!
瞬間、グチャグチャなロープの輪が跳ね上がり、その上に置いてあったクロワッサンを絞り上げるようにして空中へ吊り上げた。
「……これだ。ハリソンの『死のレシピ』だね。」
リシェルは吊るされたパンを冷ややかに見つめる。
「あの劇場の床は、中に大きな空洞があった。だからコツコツと軽い音がする。元々は老朽化などの理由で一部の床は、いつでも抜けやすい状態だった……。ハリソンは被害者を『融資の相談』と称して同行させロープのある定位置に立たせた。」
「……そしてハリソンは床を踏んだ瞬間に、重りが空洞に落ちて彼女を吊り上げた、と?」
「そう。最初は胴体だね。急激な上昇で服が破れる。空いた隙間の分、さらにロープが食い込み……最後は首まで。彼女は、何が起きたか理解する間もなく、自分自身の重みと落下のエネルギーで、首を括らされた。」
リシェルは吊るされたパンを持ち上げ喰らった。
「サツゥガウィ……んっ。殺害した後、ハリソンは約束通り融資金を渡して劇場のリフォームをさせた。床を張り替え、証拠隠滅。……カウンターウェイトがないのは、本当に事故防止なんだよ。ただ事故として口裏を合わせるように言われた。」
「……なるほど……ピースが繋がりましたね。」
モスは感心した顔でリシェルを見つめた。
「あーあ、お腹空いた。こんなに脂ぎった話を聞くと、口の中をさっぱりさせたくなるね」
「今食べたばっかりじゃないですか……。」
モスは先程までリシェルに抱いた関心の表情を撤回した。
リシェルは、仕事用の「メス」を取り出し棚にあったリンゴを剥く。
「ワッツ。今夜の演目は……『銀行員ハリソン』黒と断定。……殺っちゃおうか♡」
「仰せのままにMs.リッパー。」




