四章⑨
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「貴様はなにを言っている。メディが死んでいる? なんの冗談だそれは」
横たわるエドワードに思わずにじり寄る。胸中から湧き出た怒りに思考が塗りつぶされていくのを感じた。
そんなアリスターの腕をブリジットが掴んだ。目線を向ければ、焦りの色を浮かべる彼女の瞳とぶつかった。
「なんだ」
「これ以上はエドワードが死ぬわ。目的は彼を殺すことじゃなくて、この場を切り抜けることでしょう」
「良い判断ですな。逃げるのであれば急いだほうが宜しいかと」
答えたのはエドワードだ。彼はブリジットを見上げ、諭すように言う。
「今回の件、陛下は王室に恨みを持つ者の犯行と決めつけておられる。数十人程度の容疑者が候補に上がりましたが、その名でも殿下は筆頭とされています」
「はぁ!?」
ブリジットが声を上げ、エドワードへとにじり寄る。その歩幅はアリスターのそれよりも大きかった。
おい、とアリスターが声を掛けるよりも早く彼女はエドワードの胸ぐらを掴み、激しく揺らした。
「なんであたしが疑われなきゃいけないのよ!? そりゃあ王室の連中のことは大っ嫌いだけど、もう何年耐えてきたと思ってるのよ! それいまさら暗殺なんて真似するわけないでしょ!」
「それ以上はそいつが死ぬぞ」
「そうね。だから死にたくなかったら答えなさいエドワード」
脅迫そのものでしかないブリジットの問いにエドワードは小さく息をつき、答えた。
「理由は定かではありません。ただ此度の命、その指揮を主に執っておいでなのは王妃殿下でした」
ドン、という轟音とともに地面がわずかに揺れた。ブリジットが力一杯に踏んだ地団駄のせいだ。
彼女はさらに数度、地面を蹴りながら呟く。
「あのババア……! 本当にぶっ殺してやろうかしら……」
「得心はいったようだな」
アリスターが声を掛けると彼女は勢いよくこちらを振り返り、激情を抑えつけるようにして言った。
「得心……ええ、そうね。いってくれたわよ得心! たしかにあのババアなら、隙あらばあたしを殺しにかかっても不思議じゃないわ」
ふとアリスターは、ブリジットの出自のことを思い出す。たしか彼女は、国王と庶民の出である母との間に生まれた子であったはず。そんな彼女が王室に迎え入れられた理由とは、正室たる王妃との間の子に魔術の才ある者がいなかったためだ。
なるほど。つまり王妃にとってすればブリジットは夫の不貞行為の結晶であり、そして自らが魔術の際に恵まれた子を産めなかったことの証左だ。
そこに宿る感情は想像に難くない。それがゆえのブリジットの反応だろう。
が、
「ならば貴様はもういいだろう、代われ。俺様の問いに答えさせる番だ」
ブリジットとその義母の確執など、いまのアリスターにとっては些末なことだ。行ったこともない遠い国の今日の天気ほどにどうでもよかった。
いま問いたださなければならないのは、エドワードの語るメディアの過去についてだ。
「エドワード、“最悪の魔女”について貴様が知ることの全てを話せ」
ブリジットを押しのけるようにしてさらに一歩踏み出す。
音がしたのはその時だ。
最初はピキっというなにかが割れるような小さな音だった。その発生源である右手にはめた四つの指輪へ視線を落とす。
そこに埋め込まれた宝石には昨夜発見された小さな亀裂――には留まらない、もはや裂け目と化したひびが入っていた。
そのひびはピシピシと音を立てながら拡大し、やがて宝石全体を覆い、そして――ぱきん、と。
あまりにもあっけない音と共に、メディアから託された四つ指輪全ての宝石は砕け散った。
「なっ……!?」
声を上げる間すらない一瞬の衝撃。咄嗟に思う。これは現実か?
「ちょっと、なによそれ」
ブリジットの声にはっと我に帰ったアリスターは、芝生にひざを着き、砕け散った宝石の欠片を拾い集めた。意味があってのことではない。考えるより先に身体が動いていた。
跪き、一心不乱に手を動かすアリスター。その耳に「おい待てって!」というライルの慌てふためいた声が届いた。
何事かと目だけを上げると、一人の女子生徒がライルの制止を振り切り、こちらに向かって駆けていた。
何故彼女がそのような行動に出ているのか、アリスターには理解できない。こちらに向かってから彼女の表情は、常のそれとは打って変わり、必死さが浮かんでいた。
彼女ーーミア・ブーケドールはアリスターたちのそばまで駆け寄ると、乱れた呼吸のまま言った。
「はぁ……はぁ。アリスターくん、やっと見つけた……!」
「いやあんた誰よ」
ブリジットが口を挟むが、ミアはアリスターだけを見つめながら言葉を継いだ。
「ほら行こう……間に合わなくなっちゃう前に」
「落ち着けミア。なにを言っているか知らんが、見ての通り俺様はいま立て込んでいてな。貴様に付き合っているひまはない」
それだけ言い放ち、再び欠片拾いを再開するアリスター。地面に伸びるその手を、不意にミアが掴んだ。彼女は言う。
「メディアちゃんが死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「っ……!?」
耳を疑った。失踪したメディアの居場所を、ミアは知っているというのか。その理由も気に掛かったが、なにより問題なのはいまの発言の内容だ。
「どういうことだ!? メディがどうした!?」
集めていた欠片も放り捨て、こちらを掴むミアの手を、もう片方の手で掴む。
四色の閃光が視界を走った。
それは地面に散らばった宝石の欠片から発せられていた。小さな欠片の一つ一つが、まるで蝋燭が燃え尽きる瞬間のような煌めきを発し、アリスターとミアを照している。
あまりの眩さに思わず両まぶたを閉じ、視界が漆黒に包まれたその瞬間、強烈な浮遊感がアリスターを襲った。
ひざと接していたはずの芝生の感覚も、そばにいたブリジットやエドワードの気配も消失し、唯一残っている感覚は掴んだミアの手の感触のみ。
その浮遊感はしかし一瞬にも満たない間になくなった。感覚を取り戻したアリスターが目を開ける。
そこは花園ではなかった。
王立学院の敷地内でもなく、寸前まで頭上に広がっていた青空すら天井に覆われている。
そしてブリジットとエドワードの姿はなく、アリスターとミアのふたりだけが手を掴み合った状態で向かい合っていた。
「え、なに、ここ……?」
呆然と呟くミア。彼女の問いに対する答えをアリスターは有していた。
この場所がどこか、アリスターは知っている。
室内中央に置かれたソファ。それに正対する位置にある執務机。その背後に掛けられた肖像画。
「昨日ぶり、か」
そこはランスロットに案内された王宮地下室だった。
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