四章⑧
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動揺を浮かべるエドワードを前にし、アリスターは自らの肉体を見下ろした。
大きく隆起した筋肉。もともと鍛えられていたアリスターの身体だが、そこからさらに二回りほど大きくなったそれは、学院制服を破りかねないほどの逞しさを備えていた。
緑色魔術により生成した筋繊維を、青色魔術により肥大化させたものだ。
赤色魔術による身体強化も、対象となる肉体によってその効果は大きく上下する。その意味においてアリスターのいまの肉体は、赤色魔術の効果を最大限発揮させると言えた。
さらにその上で黄色魔術で自らの身体を制御ーー加速させれば、もはや人の域を超えた速度にすら到達し得る。
アリスターは確信した。この四色魔術の並行発動こそが、肉弾戦に対する魔術師の最適解である、と。
「ちょ、ちょっとなにしてんのよあんたっ!? 早く下ろしなさーーってどこ触ってるのよ!」
呆気に取られていたブリジットから抗議の声が上がった。赤色魔術を有する彼女が反応すら出来ないほどの速度を出せたことにアリスターは満足げに頷く。
胸から湧き上がるのは、強い喜び。その感情のまま彼はブリジットに答えた。
「静かにしろ。俺様はいま快感に溺れているところだ」
「快感ーーはぁ!? あ、あああんたあたしの身体を触ってなに感じてるのよ! 離しなさいってば!」
ブリジットが両手足をバタバタと動かし、腕の中で暴れる。そういえばもう抱えている必要もない。アリスターは彼女から手を離した。
「あだっ……! いきなり離すんじゃないわよバカ!」
芝生の上に尻から落下したブリジットから再び抗議の声が出て上がる。離せと言ったり離すなと言ったり、注文の多いやつだ。
足元に転がるブリジットを避けながらアリスターは一歩踏み出し、エドワードに向かって声を発した。
「待たせたな。さあ続きといくぞ」
「ずいぶんと機嫌が良いようで」
「うむ。最高の気分だ」
答えながらアリスターはその頭の中に四種の思考形態を思い描く。感覚はすでに掴んだ。ならば後はそれを再現するだけだ。
緑・青色魔術により一度生成・変質したものは基本的にはその状態を維持する。そのため今回実際に魔力を注ぐのは思い描いた四種の思考形態のうち二つーー赤・黄色魔術のみとなる。
「行くぞエドワード」
足の裏から太股までの全部位を覆う筋肉の鎧。その筋繊維一本単位に強化を施した状態で地面を蹴る。
一瞬前まで足場としていた芝生が大きく爆ぜ、後方に爆散した。その反動で前方へ超高速で駆けるアリスター。
すでに常人であれば目で追うことすら叶わぬその速度が、さらに加速する。黄色魔術による身体制御の力が同一方向へ加わり、アリスターの背中を押したのだ。
一瞬にも満たない間にエドワードとの距離を詰める。
攻撃を繰り出そうとした寸前、わずかに早くエドワードの拳打がアリスターの眼前に突き出された。
アリスターの動きを見切ったーーのではない。おそらくは動きがあまりに直線的過ぎるがゆえに読まれたのだろう。
自らの速度も合わさり超高速で迫る拳。その軌道をいまのアリスターの目は正確に捕捉し、そして躱した。
緑色魔術では四肢の骨格筋だけでなく、眼球周りの筋肉も同様に生成している。これにより赤色魔術による強化が底上げされ、超高速下にある動きの最中においても周囲の状況を具に把握できた。
よっていまのアリスターに、攻撃に伴う隙などは一切存在せず、そこを付いての反撃もまた不可能だ。
拳打を躱し懐へと入ったアリスターとエドワードの目線が刹那の間、交錯する。
「……ふっ」
エドワードのほんの微かに緩んだ直後、アリスターが打ち放った掌底により彼の身体は吹き飛んだ。
芝生を勢いよく転がり、そして楓の木にぶつかる形で停止したエドワードの姿。そして掌に残る確かな手応えに、アリスターは戦闘態勢を解いた。
身体強化・制御を行っていた赤・黄色魔術を解除。
肥大化させた筋繊維を青色魔術により反対に萎縮させ、身体を本来の規格に戻す。
それら筋繊維を緑色魔術の応用ーー自らが生成したものに限るが、それを消失させる高等技術ーーにより、身体から除去。
そうして元通りとなった自らの体を確認したアリスターだったが、その眉が不満げに寄った。
「ちっ。服が伸びたわ。この弁償はきっちりしてもらうぞ」
声を発しながら歩を進める。エドワードの傍へと来たところで足を止め、彼を見下ろす。
「あれを喰らってまだ意識があるか」
「……化け物だな、きみも」
息も絶え絶え、その口端からは血を吐きながら、それでもなおエドワードの目は強い眼光でこちらを睨みつけていた。
「そう褒めるな」
「だが彼女ーーアリアドネには、遠く及ばぬ。きみ一人で国を相手にするのは無理だろう」
まただ、とアリスターは苛立ちを覚える。昨夜のランスロットに引き続き、エドワードもまたその名を口にした。その正体を知るべく、彼は訊ねる。
「誰だそいつは」
「ふ……そうか、名を知らぬのも無理はないか。この名を口にすることは禁じられていた。"最悪の魔女"と言えば分かるかな?」
「違う。そもそもの認識が間違っているぞ」
「ちょっとなにを悠長にしゃべってるのよ。早く逃げるわよ」
駆け寄ってきたブリジットがアリスターの腕を取る。それでもアリスターの口は止まらなかった。
「"最悪の魔女"と貴様らが呼ぶ者ーーかつて大陸中にその名を轟かせた女の名はメディア。メディア・スターだ。そのアリアドネなどではない!」
エドワードの両目が見開く。その瞳に浮かぶのは明確な驚き。
知っている。間違いなく彼は、メディアの名を知っているのだ。確信を超え、それを確定させるに足る反応だった。
「メディア・スター……これまた懐かしい名だ。しかしアリアドネの名すら知らぬきみが、どうしてその名を……?」
「どういう意味だ」
「ちょっと! あんたいい加減にーー」
こちらを急かすブリジットの声と重なりながら、エドワードが言った。
「……メディア・スター。それはアリアドネの実の姉であり、そして二十年以上も前に死んだ者の名だ」
「…………あぁ?」
予想だにしていなかった答えに、アリスターの口から呻き声がこぼれ落ちた。
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