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二章⑯

16

「これはこれはブリジット王女殿下、お早いご到着ですな」

 宮殿の正面玄関前へと着いたアリスターたちを出迎えたのは、礼服に身を包んだ年配の男だ。後ろへ梳き上げた髪、口に蓄えた髭、そのどちらともが白く染まっていることから齢六十は超えているだろうか。一方でその腰は些かも曲がっておらず、眼光は鋭利さを保っている。

 先ほどの近衛兵たちとは違い、彼は真っ直ぐブリジットのみを見据え、柔和な笑みを浮かべていた。

「ごきげんよう、エドワードさん。せっかくのお兄様のお誕生日をお祝いするパーティー、遅刻するわけにはいきませんもの。念には念を入れて早めに参上した次第です」

「それは素晴らしい。とはいえ式の開会は夕刻から。それを昼過ぎにお見えになられては、少々念を入れすぎでしょう。なにせまだ会場の準備すら終えていないのです」

 ブリジットと男――エドワードが小さく笑い合う。そんなに愉快な話題だったろうかとアリスターは首を傾げた。

「それでは会場の準備が整うまで、どこか控え室で休ませていただけますか? 着替えをしたい友人もいますし」

「ええ、もちろん。ご案内させましょう」

 エドワードが目配せをすると、いつの間にか傍らに立っていた給仕服姿の侍女が深々とお辞儀をした。

「ありがとうございます、エドワードさん」

「滅相もありません。それでは私は執務がございますので、これにて失礼いたします」

 頭を下げ、踵を返すエドワード。結局最後までアリスターと目を合わせないまま、彼は去っていってしまった。

「それではこちらへどうぞ、ブリジット王女殿下」

「ええ、お願い」

 残された侍女の案内のもと、三人は宮殿の中へと足を踏み入れた。

 初めて見るそこは、アリスターにとって別世界以外の何物でもなかった。

 まず驚くべきは玄関広間の天井の高さだ。どこまでも広がるような錯覚すら抱かせるその天井には美麗な絵画が描かれ、見る者の目を釘付けにする。壁一面、無数にある柱、光を採り入れる窓の一つ一つに意匠が施され、まるでこの世の財の全てがここに集まっているかと思わんばかりの光景であった。

 そうした光景が延々と伸びる廊下を侍女の案内のもと歩きながら、アリスターを隣を歩くエミリーにそっと耳打ちする。

「おい」

「ひゃっ……! な、なんですか急に」

「さっきの男は何者だ」

「さっきの男って……エドワード侍従長のことですか?」

 アリスターから距離を取りつつ、エミリーが言った。聞かれて困る内容でもないかと、そのままアリスターは会話を続ける。

「侍従長ということは、ある程度地位のある者というわけか」

「もちろんです。侍従長ご自身、爵位をお持ちになる貴族ですから」

「なにか気になることがありましたか、ドネアさん?」

 ブリジットが前方を向いたまま声だけを発した。普段と全く違うその声音に違和感を覚えずにはいられない。

「まあな」

「エドワード・マクシム。長年侍従長として王宮を支えてこられた方です。その実務能力、侍従としての気構え、王室への忠誠心、どれをとっても素晴らしく、国王陛下からの信頼も厚いと聞いています」

 ブリジットが歩を止め、こちらを振り返った。気付かず歩を進める侍女との間に若干の距離が生まれ、その隙にブリジットは付け加えた。

「そしてあたしと同じ二色魔術師で、一時期あたしの教育係を務めていた男よ」

「ほう」

 それはつまり、現政権にとってエドワードが重要な人材であることを意味する。もしも彼を手中に収めることができれば、国家転覆への筋道はより明確に浮かび上がってくる。逆説的に、もしも敵対することになれば大きな障害となり得ることだろう。

 現時点でエドワードの人となりを窺い知ることはできない。どこかで彼に近付く機会を得られればいいのだが。

 思案に耽りながら廊下を進んでいくと、一室の前で侍女の足が止まった。ここが控え室ということだろう。

「それでは、お連れの方はこちらの控え室をご使用ください」

 侍女が部屋の扉を手で示しながら言った。その意図を察し、アリスターは大いに頷く。

「俺様だけ個室を用意するとは、大義であった。だが本日は他に来客も多いだろう、俺様はこいつらと同室でも構わんが」

「……あんた、あたしたちの目の前で着替えるつもり?」

 アリスターの背後に回ったブリジットが小声で囁いた。首だけを回し、答える。

「なにか問題あるか?」

「あるに決まってるでしょ!」

「お、王女殿下……?」 

 小声と呼ぶには少々大き過ぎたブリジットの声に、侍女が丸めた両目をパチパチと瞬いた。はっと我に返ったブリジットは口元を手で覆い「おほほ」と軽やかに笑う。

「それではドネアさん、一旦別行動とにいたしましょう。着替えはすぐに運ばせますわ」

 扉を自ら開け、入室を促してくるブリジット。その顔に浮かぶ微笑みに、何故だか言い知れない圧力を感じる。

 結果、半ば押し切られる形でアリスターは控え室にて待たされることになるのだった。

「まったく、気兼ねなどしなくてもよいものを」

 ブリジットの遠慮深さに独り言ち、アリスターはあらためて控え室を見回した。

 アリスターの住居であるアパートメントより二回り以上広い室内。その中央には一組のソファとテーブルが置かれているものの、目立つ調度品はそれくらいしかなく、そのことが部屋の広さをより際立たせていた。

 ひとまずアリスターがそのソファへと腰掛けて待っていると、コンコンとドアをノックする音が響いた。「入れ」と声を掛ける。

「どうも」

 と言って顔を見せたのは、三十代半ばと思しき男だ。長身を礼服に包んでいるものの、無精髭の残る顔立ち、無造作に伸ばされた髪と、従者としてはあまりに似つかわしくない風貌であった。

「えーとお前……じゃない。お前様が王女殿下の連れでよかった……ですか?」

「うむ」

 風貌だけでなく言葉遣いまで従者らしからぬ男からの問いに、アリスターは座ったまま答える。

「ども。んじゃ、案内するんで一緒に来い……来てもらえます?」

「案内? 着替えをこの部屋まで持ってくると俺様は聞いているのだがな」

「……あー。着替えね、着替え。そう、それそれ。着替えを別室に用意してあるんで、その部屋まで案内するって話でした」

 いま思い付いた気配を隠しもせず、男が言った。

 清々しいまでの怪しさに、もはや可笑しさすらこみ上げてくるが、表情には出さない。

「わかった。案内を頼もう」

 男の先導のもと、いま入ったばかりの控え室を後にするアリスター。男は無言のまま歩を進め、地下へと伸びる階段を下りていった。

 やがて一室の前で男は足を止めると、「んじゃ、入って」とその部屋の扉を親指で差しながら言ってきた。

 その言葉に従い、扉を自ら開け、部屋の中へと足を踏み入れる。

 先ほどの控え室よりもさらに一回り広い部屋だ。地下にあたるため当然窓はないが、魔術の火による照明『魔灯』が天井から壁にかけて複数設置され、室内にもかかわらず十分な明かりがあった。

 その明かりのもと室内を眺め回すも、そこには着替えはおろか一つの調度品すら見つけられない。

 ガチャ、という扉が施錠される音が響いた。「おい」とアリスターが背後を振り返ろうとしたその矢先、

「――っ!?」

 自らの首へ放たれた斬撃を、振り返ると同時にを屈めることでかわす。短剣を振り切った体勢の男と目が合った。

「お」

 わずかに驚きの表情を浮かべた男が、愉快そうに口端を歪めた。アリスターがその場から数歩後退して距離を取るも、男は追撃してこない。

「動けるねぇ。さすがは四色魔術師ってところか」

「なるほど」

 アリスターが呟く。特段なにか理解に至ったわけではない。

 だが男が、アリスターに対して敵意を抱く“敵”であることだけは確からしい。

 いまはそれだけで十分だった。

「それならそれで、分かりやすい話だ」

 敵ならば、倒してから存分に話を聞き出せばいいのだから。

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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