二章⑮
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「それで今日は誰の誕生日祝いなんだ?」
馬車に揺られながらアリスターが、対面に座るブリジットに訊ねた。彼女は眉をひそめ、呆れたように言う。
「第三王子と言わなかったかしら?」
「それは聞いたな。で、その第三王子とやらの名はなんだ? まさか名無しじゃあるまい」
「ふ、不敬ですよあなた!」
ブリジットの隣に座るエミリーが声を上げた。非難がましい目線を向けられたアリスターは足を組み直しながら、
「不敬? 俺様のどこか不敬だと?」
「全部です、全部! 姫様に対する言動はもちろんのこと、王族の方のお名前を知らないなんて、不敬にもほどがあります!」
「落ち着いてエミリー」
ブリジットの手が、憤るエミリーの手に重ねられる。主からの制止に、それまでよく回っていたエミリーの口が止まった。
一瞬生まれた静寂。はたしてブリジットは言った。
「それに正直言ってあたしも、この立場になるまでは国王以外の王族の名前なんてろくに知らなかったし」
「ひ、姫様~」
梯子を外され、泣きそうな顔になるエミリー。侍女というのも大変な仕事である。
エミリーから手を離したブリジットはあらためてアリスターと向き合い、
「それで、第三王子の名前だったわね。名はランスロット。ランスロット・ヴェルランド。齢は今年で二十三だったかしら」
「どんな男だ」
「眉目秀麗、頭脳明晰、品行方正などなど。とにかく良い評判しか聞かないわね。王宮内でも支持する人は少なくないと思うわ。……ただ、やつが王位を継承することはまずないわね」
「ひ、姫様っ? お言葉が過ぎますよ!?」
「何故?」
あわあわと慌てた様子を見せるエミリーを無視し、アリスターが訊ねる。ブリジットはふんと鼻で笑ってみせ、言った。
「魔術の才がないのよ、彼には。これっぽちもね」
「魔術の?」
「そっ。だから当然魔術学院への入学すら叶わずに陸軍士官学校を卒業して、いまは陸軍の少将を務めていたはず」
少将といえば軍における上層部にあたる地位だ。二十歳そこそこでその地位にあるというのは、第三王子というランスロットの出自によるものだろう。
「話を聞く限りでは、なかなかの不穏分子たりえる存在だな」
第三王子でありながら、その素養は王たるに相応しい傑物。しかし魔術の才覚に乏しいという一点のみをもって、戴冠への道は閉ざされている。これでなんの不満も持たないというのであれば、もはや聖人だろう。
あるいはアリスターの計画において、利用できる可能性があるかもしれない。
「ブリジット、貴様ならば直接を顔を合わせたこともあるだろう。その男、貴様の目にはどう映った?」
「む~~……!」
無言で睨みつけてくるエミリー。ブリジットを“貴様”、ランスロットを“その男”呼ばわりしたことに対する抗議なのだろう。無論、無視する。
「あたしも直接会ったことは数えるほどしかないけど……」
ブリジットは少しの間考えるように指をあごに添えた後、ぽつりと呟くように言った。
「なんとなく気に入らなかったわね」
「ごほっ……! ひ、ひひひ姫様なにを……!?」
むせ返るように咳き込んだエミリーが、とうとうブリジットに詰め寄る。その目にはうっすら涙が浮かんですらいた。
自らの侍女に詰め寄られたブリジットは肩をすくめ、
「仕方ないじゃない、そう思っちゃったんだから。感情よ、感情。感情に蓋をすることなんて出来ないでしょう」
「それは……そうかもしれませんが」
「大丈夫よ、当然その場は取り繕ったから。あっちはあたしに嫌われてるだなんて夢にも思ってないわよ」
「気に入らない、だったのが嫌っているに変わりましたね……」
はぁ、とエミリーが深くため息をつく。侍女というのはひどく大変な仕事である。
「貴様の感情とやらは、何故そう思った?」
二人の問答が一区切りついたところでアリスターが口を挟んだ。ここまで出てきたランスロットの情報では、好感ならばいざ知らず、悪感を抱く余地はないように思えた。
それとも、とアリスターは言葉を続ける。
「評判とは裏腹に、貴様の前では横柄な態度だったのか」
「まさか。むしろ他の兄弟――特に第一と第二王子に比べたらはるかにまともな対応だったわ。前評判通りの礼儀正しさで、あたしに微笑みかけてきた王族はあいつくらいだったし」
「……余計に分からんな。ならば貴様はなにが気に入らなかったのだ」
「言葉にするのは難しいけど……」
再び思案に耽るブリジット。やがて彼女は口を開き、言った。
「……臭った、のかしらね」
「ほう」
意外な答えにアリスターは思わず声を上げた。
「体臭か。意外だな。王族ならば身だしなみくらい気を配るものかと思ったが」
「馬鹿。そうじゃないわよ馬鹿。そもそもあんたが身だしなみどうこう言える立場じゃないでしょ馬鹿」
わずか数秒の内に三度も馬鹿呼ばわりされ、アリスターも思わず面食らってしまう。
「で、ではどういう意味だ」
「だから、嘘臭さを感じたのよ。確かにあいつの外面は完璧だった。けど逆に完璧すぎて、内面が見えてこない。ああいう手合いに決まって、裏では汚い性格をしているものよ。たぶん!」
力強く言い切るブリジット。彼女の言葉を反芻しながら、ふとアリスターには気付くことがあった。
「……完璧な外面を演じ、その裏では汚い性格をしている、か」
「ええ、そう。嫌われて当然でしょう?」
うんうん、とブリジットが頷く。念のため隣のエミリーへと視線を向けると、彼女はどこか気まずさを隠すように目を伏せていた。
おそらく、いま初めてアリスターとエミリーは一つの感情を共有している。そのことにかすかな喜びを覚えつつ、アリスターは口火を切った。
「ブリジット」
「なによ」
「貴様が言うな」
ブリジットの表情が固まり、数秒の間が生まれる。不意に彼女はにっこりと笑みを浮かべ、座ったまま足を動かした。
対面に座るアリスターの脛に、つま先蹴りを放ったのだ。
「ぐっ……!?」
赤色魔術による強化も間に合わず、悶絶するアリスター。唯一救いなのはブリジットもまた魔術を使用していなかったことだ。もしも本気で蹴られていたら骨などたやすく折れていただろう。
「な、なんのつもりだ貴様……!」
激痛に顔を歪めながらアリスターが抗議の声を上げるが、当のブリジットは「ふんっ」とそっぽを向く始末。蹴り返してやろうかと思った矢先、馬車の揺れが止まった。
屋形の扉が開く。ブリジットは差し出された御者の手を取り、颯爽と降りていった。エミリーもそれに続き、最後のアリスターは御者の手を借りることなく屋形から飛び降りる。着地の瞬間脛を激痛が走ったが、表情には出さない。
降り立ったのは巨大な門の前だ。鉄格子状となっているその隙間から、目指すべき建物が視界に入る。
白亜の宮殿。六階建てと高さはそれほどではない代わりに、横への広がりは視界に収まりきらないほど。その中央屋根から伸びる一本の鉄柱の先には、ヴェルランド王国の国旗が風を受け、たなびいていた。
「あれが王宮、か」
この国の統治機関であり、そしてメディアを貶める者どもの巣窟。
アリスターにとっての倒すべき敵だ。
「みなさん、ごきげんよう」
「はっ!」
王女であるブリジットの参殿に、門衛役の近衛兵たちが敬礼をする。そんな彼らの目線はブリジットからエミリー、そしてアリスターへと移ったところで止まった。
「ごめんなさい。少し早く着きすぎてしまったかしら」
「いえ、問題ございません。……ところでブリジット王女殿下、そちらの御仁は……?」
近衛兵の一人が敬礼したまま、目線だけでアリスターを示す。ブリジットは完璧な微笑みを浮かべ、
「彼はアリスター・ドネアさん。見ての通り王立魔術学院の学生で、私の友人です。本日のパーティに参加することは、お兄様からもお許しをいただいております」
「左様でしたか。これは失礼いたしました。どうぞご入門ください」
近衛兵の声に呼応し、巨大な門が音を立てながらゆっくりと開いていく。人力や何かしらの仕掛けではなく、魔術によるものだ。おそらくは黄色魔術による開閉制御なのだろう。
「さ、参りましょう」
声を発し、ブリジットが一歩踏み出した。彼女に従う形で門をくぐる。
そうしてアリスターは王宮内部へ足を踏み入れることに成功したのだった。
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