二章⑭
14
それから週末までの日々はあっという間に過ぎていった。
教室内の雰囲気に変化はなく、大半のクラスメイトたちはアリスターを恐れるように距離を取り、遠巻きから窺ってくるのみ。まともに言葉を交わせるのはライルとミアの二人だけであった。
ちなみにメディアについての発言の真意をミアに問い質したところ、
――だってあのアリスターくんが自分を差し置いて“最高”なんて言うくらいだからさ、ならきっと四色魔術師なのかなーって。
と、あっけらかんと答えられた。
改めてミアの中での自分はいったいどれほど尊大かつ自意識過剰な男になっているかのと訝しむアリスターであった。
なにはともあれ、国家転覆という大願成就へ向けて大きな進展のないまま進む日々のなか、唯一届いた吉報。それが今週末に開催される第三王子誕生日祝いへの、列席が許されたことであった。
※※※
「ここが白雪寮とやらか」
週末の昼下がり、アリスターは学園女子寮『白雪寮』の門の前まで来ていた。学院休講日であるにもかかわらず制服姿なのは、ブリジットからの「正装してくるよう」という指示によるものだ。
煉瓦造り、四階建てという白雪寮の外観を門の外から眺める。足を踏み入れたこともなければ近くに立ち寄ったこともこれまでなく、こうしてまじまじと見ることなど初めてだった。
そうしていると視界の先、寮の玄関から二つの人影が出てきた。真っ直ぐこちらへと歩み寄ってくるそれは、ブリジットとエミリーの二人に他ならない。
前を歩くブリジットとその一歩後ろを付き従うエミリーという、いつもの二人の姿。しかしそこに違和感を覚えた。
その正体がなにか考えるより前に、門の前へと着いたブリジットが答えを口にした。
「は? あんたなに、その格好?」
「格好?」
言われて気付く。ブリジットとエミリー、二人の服装が違う。光沢のある生地で織られたワンピース型のそれは、おそらくパーティ用のドレスなのだろう。ブリジットが纏うのは無地の白色ドレスで、一方エミリーはそれよりも若干簡素な青色のドレスに身を包んでいる。衣装のせいか二人ともいつもの制服姿より大人びて見えた。
「ああ。よく似合っているぞ」
抱いた感想をそのまま伝えると、ブリジットは一瞬驚いたように目を丸めた後、すぐに眉をしかめた。
「誰もあんたの感想なんて聞いてないわよ。そうじゃなくて、あたしあんたに、正装してこいって言ったわよね?」
「言われたな」
「じゃあなにその格好は?」
アリスターは自らの服装を上から下まで見下ろす。白を基調とした上着に、下は格子柄のズボン。上着の胸元に輝く金細工は校章を模したもの――もはや見慣れた王立学院の制服だ。
もしやと思い至り、アリスターは訊ねる。
「制服ではまずかったか?」
「まずいに決まってるでしょ! 王族の誕生パーティなのよ!?」
激昂するブリジット。彼女の後ろに立つエミリーも「うわぁ……」とでも言いたげに顔をしかめ、こちらを見やっている。どうやらアリスターの服装はよほど場にそぐわないものなのだろう。
が、なにもアリスターも数ある選択肢からこの制服を選んだわけではない。
「しかし、俺様が持つなかで最も上等な服がこの制服なんだがな」
「礼服の一つくらいあるでしょ」
「ないな」
即答する。田舎住まいの頃から食うにすら困る日々を送っていたのだ。衣服に気を配る余裕などあすはずもなく、学院から支給されたこの制服が文字通りの一張羅であった。
しばしアリスターの顔をじっと見つめてきたブリジットだったが、その言葉に嘘がないことを理解したのか、
「……はぁ。わかったわよ。服は王宮に着いたら、こっちで適当に用意するわ」
「助かる。礼を言うぞ」
「お礼を言われたとは思えない上から目線ね」
「ところで、ここから王宮まで結構な距離があるだろう。そんな格好で歩けるのか?」
「王女様がえっちらおっちら歩くわけないでしょ。……メアリー、まだかしら?」
訊ねられたメアリーは手に持つ小物入れから懐中時計を取り出し、
「はい。そろそろ来るはずですが……あ、姫様あちらに」
メアリーが通りを手で示す。アリスターもそちらを見やると、一台の馬車がこちらに向かって駆けてくるところであった。
豪奢な馬車だ。人を載せる屋形部分には王家の家紋をあしらった装飾が施され、それを二頭の馬が力強く引いている。あれが送迎の足なのだろう。
馬車は門の前で停車し、御者台から降り立った御者の補助のもと、その屋形へと乗り込むブリジットとメアリー。アリスターもそれに続こうとしたところ、ブリジットが驚いたように言った。
「あら、あんたも乗っていいと言ったかしら」
「おい」
思わず声を上げると、ブリジットはくすくすと笑い、
「冗談よ。ほら早く乗って頂戴。誰かさんを着替えさせるために、ちょっと早く着かないといけないんだから」
横並びに座るブリジットとエミリーと対面する形でアリスターも腰を下ろす。それを合図に馬車がゆっくりと動き出し、同時に木窓の外の風景が流れていく。
初めての体験に若干の興奮を覚えるアリスターを載せ、馬車は王宮へ向け、駆けていった。
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