二章⑤
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「――ということがあってだな。どういうことだか分かるか?」
「はぁ!?」
アリスターの問い掛けに、ブリジットはいつになく素っ頓狂な声を上げた。
時刻は正午過ぎの昼休み、場所は花園――学院校舎の屋上に広がる庭園でのことだ。
懸念に反し、この場所を突き止めるまでに苦労はなかった。手始めに訊ねたライルが知っていたのである。入学二日目という条件はアリスターと同じであるはずだが、ブリジットもライルも学院についてどうしてそこまで詳しいのだろうか。
なんにせよ待ち合わせ場所を突き止めることはできた。もう一つの懸念事項であるライルとの約束についてもその場で断りを入れると、彼は快く了承してくれた。その際、ブリジットの名は出さず「別の者と会う予定ができた」と伝えたのだが、ライルは訳知り顔で「お姫様か? 頑張れよ」と返してきた。
「なぜそう思う」
「そりゃあアリスター様が俺との約束すっぽかしてまで優先する相手つったら、お姫様くらいなもんだろ」
「なるほど」
納得できる理由付けに思わず感心する。その反応は密会相手がブリジットであると認めるに等しかったが、確信を得ているらしいライルに取り繕う必要もないだろう。
この会話は教室最前列――ライルの席にて行われたものだったのだが、その最中にも周囲の生徒たちが遠巻きからアリスターの様子を窺っていることがありありと伝わってきた。セシル教諭の授業中に四色魔術師であることをアリスターが披露して以降、ライルを除くクラスメイト全員の態度は一変していた。隣に座るミアを含む皆が、まるでアリスターを警戒するように距離を取り、それでいてちらちらと奇異の目を向けてくる。
とても愉快な状況とは言い難かった。
アリスターが四色魔術師であると知られたことが、そのきっかけであることに疑いはない。しかし昨日ライルから聞いた話では、四色魔術師とは魔術師のなかでも最高の才覚を持った者であるはず。秀でた者に対して、畏れ多さから遠慮することはあるだろう。しかしクラスメイトたちの態度はそうした類とは明確に異なる。
彼らの瞳に浮かぶ感情。それは羨望でもなければ、畏怖でもない。
恐怖だ。
彼らはアリスターを恐れている。が、その理由がわからない。唯一態度に変化がないライルに訊ねても良かったのだが、周囲のクラスメイトたちをさらに刺激する可能性も考えられ、止めた。
そうしてようやくアリスターが疑問をぶつけられたのが、昼休みに花園で落ち合ったブリジットである。
花園は校舎屋上一面に広がる庭園であり、その面積はかなり広く、設置されたガーデンテーブルの数も二十を超える。しかし現在、そこに着いているのはアリスターとブリジットの二人のみ。部外者の生徒はおろか、彼女の侍女であるエミリーの姿すらない。
視界一面に広がる青々しい芝生は目に優しく、色鮮やかな花壇は心に彩りを添えてくれる。本日が快晴であることを差し引いても、ここが絶好の休息地であることは間違いない。にもかかわらず二人のほかに誰もいないということは、ブリジットが人払いをしているのだろう。
ならば好都合と、クラスメイトたちの豹変についてブリジットに相談したわけなのだが……。
「なんであたしがあんたのお悩み相談に乗らないといけないのよ。あたしはあんたと協力関係にはなったけど、お友達になった覚えはないんだけど?」
「自らの常識を遥かに上回る傑物を前に畏怖するのであれば、理解できる。共感はしないがな。しかしやつらのそれは畏怖でなく、純粋な恐怖だった。何故だ?」
「え、聞いてる? 私の話聞いてる? なんで話し続けてるの?」
「そういえばあの侍女がいないな。この人払いはやつが?」
「急に飛んだわね話が!」
バン、と勢いよくテーブルを叩きつけるブリジット。そんな彼女の鋭い眼光を、平静のまま受け止めるアリスター。
暫しの後、ブリジットは根負けしたように「はぁ……」とため息をつき、口を開いた。
「エミリーのことなら、そうよ。大切な話をするからと言い含めて、人払いをお願いしてる。だけどそれ以上に、あんたとの会話をあの子に聞かせるわけにはいかないもの」
「ほう。やつはそれほど信用に値しない人間なのか?」
「――黙れ」
テーブルの端を握り潰しながら、ブリジットが言った。先ほどとは比較にならないほどの怒りを瞳に宿し、アリスターを睨み付けてくる。
「なにも知らないあんたが、あの子についてどうこう言うな。もしももう一度言ったら、あたしはあんたを殺す」
比喩や誇張ではないのだろう。実現性はさておき、ブリジットは本気で言っている。彼女の剣幕はそれを如実に物語っていた。
そんな彼女に対し、アリスターは深く頭を下げた。
「すまない。意図はなかったが、俺様は貴様の大切な者を侮辱した。それは許されざる行いだ。心から謝罪する」
「……あんた、謝ることできたのね」
心底意外といったふうにブリジットが呟いた。その内容は心外ものではあったが、いまのアリスターに口を挟むことはできない。
「あーもうわかったわよ! 許すから頭を上げて頂戴!」
「うむ」
頭を上げる。怒っているような、困っているような、なんとも言えない表情を浮かべるブリジットと目が合った。彼女はまたも大きくをため息つき、
「……で、あんたのクラスメイトたちの豹変ぶりだっけ? それも要するに、あんたに先代の四色魔術師――メディアを重ねて、それで怖がっているんでしょ」
「俺様にメディを重ねる? まあ同じ四色魔術師だと考えればそれも無理もない、か。しかし何故それで恐怖する?」
「それは、あたしの口からは言えない」
「何故だ」
「……あんたの大切な人を、侮辱することになるから」
「ほう」
ブリジットは言葉を濁したが、言わんとしていることの意味は推測できた。
最悪の魔女という悪名を被せられているメディア。それはつまり、その悪名に相応しいほどの悪行を彼女がした――と王宮は喧伝しているに違いない。
もちろんメディアに関する悪意に満ちた情報をどれほど告げられようと、アリスターがそれを信じることはない。彼にとっては、いま一緒に暮らしている彼女こそが全てだからだ。
しかしそれでも、たとえ信じることはなくとも、メディアのことを悪く言われて看過できるアリスターではない。怒りに我を忘れる自信すらあった。
そんなアリスターの性格を理解できるからこそ、ブリジットは言葉を濁したのだろう。彼女なりの思いやりで。
「そんなことより」
ブリジットが唐突に話を変えた。彼女は真剣な表情で言う。
「今日は計画について話したくて呼んだのよ。昨夜は時間も時間だったから訊かなかったけど、そろそろ教えてもらえるかしら?」
「なんのことだ」
「決まってるでしょう」
間髪入れず、ブリジットは続けた。
「あたしを国王にしてくれるっていう、その計画の全容よ」
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