二章④
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セシル教諭の指示のもと、生徒たちは一人づつ教卓の前に立たされることとなった。先陣として指名を受けたのは、例のようにライルである。
教卓前に立った彼は苦笑を浮かべながら両手を肩の高さまで掲げ、横に立つセシル教諭に訊ねた。
「それでセシルちゃん、俺はここでなにをすればいいわけ?」
「親しみを持ってくれるのは嬉しいですけど、先生をちゃん付けはダメですよー」
「大丈夫、大丈夫。ちゃん付けするのはセシルちゃんだけだから」
なにがどう大丈夫なのかアリスターには理解できない問答だったのだが、当のセシル教諭は「ま、まあそれなら……」と満更でもなさそうに頬を赤らめている。彼女のそんな反応にアリスターは感心した。言うまでもなくその対象は、セシル教諭でなくライルのほうだ。
教師と生徒とは、対等な関係を築くことが通常困難な間柄のはず。にもかかわらずライルは、わずか一日の間にしてセシル教諭との距離を縮め、ある種の信頼を得ているようにすら見えた。
そんな彼の処世術は、これからアリスターが国家転覆計画を遂行するにあたって間違いなく必要となるだろう。
アリスターは決意した。
ライルを手に入れる。
ブリジットを手中に収めたように、彼もまた仲間に引き入れるのだ、と。
「と、とにかく!」
自らの動揺を隠すようにセシル教諭が声を上げた。それによりアリスターの注意もまた彼女へと引き戻される。
「これからみなさんには、お水に関する魔術を発動してもらいます。それぞれ自分の系統に見合った水差しの前に立ってくださいねー」
赤色系統であれば右端の水差しに対して魔術を発動させ、そこに半分ほど注がれた水の量を増加させる。
青色系統であれば中央の水差しに対して魔術を発動させ、そこに注がれた泥水を清潔なものへと浄化させる。
緑色系統であれば左端の水差しに対して魔術を発動させ、空であるそこに少量の水を生み出す。
黄色系統であれば右端もしくは中央の水差しに魔術を発動させ、渦を巻くなど水に動きを発生させる。
「――という感じでみなさん頑張ってください!」
「軽く言ってくれるねえ、セシルちゃんは」
ライルは肩をすくめ、右端の水差しの前へと立った。包み込むように両手を水差しに添えると、彼の全身に魔力が漲るのをアリスターは知覚する。
数秒の間。
「ん。どう、こんな感じ?」
訊ねるライルの手中、水差しの中では小さな渦が発生していた。ゆっくりとした動きながら、その旋回運動は一向に止まる気配を見せない。
「はーい、よくできました。みなさんライルくんに拍手~」
そう言いながら自らもパチパチと手を叩くセシル教諭。彼女につられるようにして生徒たちも疎らな拍手をライルに送る。
「ちょ、止め止め! 恥ずかしいっての」
水差しから手を離したライルが慌てた様子で拍手を制する。魔力の供給を断たれたことで、水差し内に発生していた渦はあっという間に雲散していった。
ライルが席へ戻ると、入れ替わる形でその隣に座る女子生徒が教卓へと進み出た。彼女に対してセシル教諭が声を掛ける。
「次はドロシーさんですねー。ライルくんは水差しに手を添えてましたけど、もし自信がなかったら直接お水に触れてみてもいいですよ」
「え。でも先生、私、青色なんですけど……」
女子生徒が眉をひそめながら言った。青色系統ということは、割り当てられた課題は泥水の浄化だ。つまり彼女は泥水に触れることに対して拒否感があるのだろう。
そんな彼女にセシル教諭は朗らかに言い返す。
「大丈夫! きちんと浄化できたら汚れませんからー」
「こんな泥水に手を突っ込むことがもう嫌なんだってば!」
声を上げ、決死の覚悟を浮かべながら女子生徒は中央の水差しに手を添えた。これで上手く魔術を発動できなければ手を泥水に浸らせるほかなくなり、それだけはなんとしてでも避けたいという想いがありありと伝わってくる。
結果、泥水は若干の濁りを残しながらも、辛うじて透明と呼べる程度まで浄化され、女子生徒の手は守られたのであった。
「はい、戻っていいですよー」
セシル教諭から声を掛けられ、そっと胸を撫で下ろす女子生徒。彼女が席へ戻る一方、水差しの中身は不完全な浄化をされたままだ。
青色魔術により一度変質したものはその状態を基本維持するため、当然といえば当然ではあるのだが、もしも次の生徒がまた青色系統であったならどうするのだろうか。逆に泥水へと変質させることも考えられるが、それは本授業におけるセシル教諭の狙いから外れるように思える。
そうしたアリスターの疑問は、しかしすぐに解消された。
「それじゃあ次の人、来てくださーい。先生の授業は立候補制が基本ですよー」
声を発しながらセシル教諭の目線が一瞬、中央の水差しへと移る。その直後、水差しの中身は元の泥水へと変質した。
「ほう」
ただの物体に過ぎない水差しや、その中身の水に魔力への抵抗力は皆無だ。そのため、たとえ遠隔といえど水を泥水へ変質させたこと自体は大した魔術ではない。瞠目に値するのは、それを一瞬にも満たない間に完遂してみせたことだ。
疑問を抱いたことでセシル教諭に注目していたアリスターだからこそ気付けたといっていい早業。さすがは王立学院の教諭ともいうべきか。見た目や言動から受ける印象とは反対に、彼女の魔術師としての技量は思いのほか優れているのかもしれない。
「……面白い」
「え、なにか言ったアリスターくん?」
ミアの声を無視し、アリスターは席を立った。そのまま教卓へゆっくりと歩を進める。
「次は俺様がやろう、セシル教諭」
「……あー、アリスターくん。そう、ですね。うん、立候補してくれて先生うれしいですよー」
セシル教諭はほんのわずか目を泳がせた後、取り繕うように笑顔を浮かべ、アリスターを手招きした。
教卓前に仁王立ちするアリスター。目の前の三つの水差しを順に眺める。
「あ、アリスターくん? あの、一つでいいですからね? 自分の系統に適したどれか一つの水差しに魔術を発動させるんですよ……?」
不意にセシル教諭が囁く。その小さな声はアリスター本人にしか届かないほどであった。
「分かっている」
セシル教諭の不安を打ち消すよう、アリスターは彼女の目を見ながら大きく頷いてみせる。
いまこの場でなにをすべきか、セシル教諭がなにを求めているのか、アリスターは完全に理解していた。
セシル教諭にとって授業とは楽しさ・喜びを伴うものであり、また彼女の魔術師としての技量は確かなものである。
一方で彼女は、アリスターの才覚――四色魔術師であることを理解しながら、クラスメイトに対してそれを伏せていた。
何故か。それはつまり、こういうことだったのだ。
「よく見るがいい」
セシル教諭、そしてクラスメイトの生徒たちに向かって言い放ち、アリスターは魔術を発動させる。
対象は目の前に置かれた三つの水差しすべてだ。
赤、青、緑色魔術を発動。空の水差しに水を生成し、同時に泥水を飲用可能なまでに浄化させる。右端の水差しに注がれた水と一緒に、生成・浄化したそれらの水を増量させる。一瞬にして三つの水差しから溢れかえるそれらの水は、しかし床に零れ落ちることはない。黄色魔術により制御されたそれらの水はそのまま空中へと上り続け、やがて天井付近の一点でぶつかり、弾けた。
きらきらとした氷の結晶が教室に降り注ぐ。
クラスメイトの誰もが呆然とした様子で宙を眺めるなか、アリスターは得意気にセシル教諭を振り返り、言った。
「こんなものでどうだ?」
アリスターが四色魔術師であることを知らないクラスメイトにとって目の前の光景はまさに驚天動地、この上なく印象に残ることだろう。こうした遊び心のある演出こそ、セシル教諭の求める授業に違いない。
が、
「……最悪の、魔女」
教室のどこからか聞こえてきたその単語に、アリスターの気分は一気に害されるのだった。
横に立つセシル教諭が「はぁ~」と大きくため息をつくのが見えた。
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