二章③
3
「はーい、みなさん楽しい授業のお時間ですよー」
アリスターの所属クラスの担任教師であるセシル・スチュアート教諭が、教壇に立ちながら朗らかな声を発した。彼女は教室内を見回し、生徒一人ひとりの顔を確認すると満足げに頷き、
「うん、みなさんちゃんと揃ってますねー。えらいえらい」
「可愛いよね、セシル先生」
隣に座るミアが小声で囁く。両手で肘杖をつきながらニコニコと笑みを浮かべる彼女に、アリスターは思わず言った。
「楽しそうだな」
「ねっ。先生なのに、あんな楽しそうに授業しちゃってさ」
ミアについての言及だったのだが、伝わらなかったらしい。わざわざ訂正することでもないかと、アリスターもセシル教諭へと目を向ける。
教壇で今後の授業計画について説明をしているセシル教諭は時折笑みを見せ、たしかに楽しそうな雰囲気をまとっている。彼女の教師としての素養はまだ不明だが、職務に対するその姿勢には好感を覚えた。
「みなさんも知っての通り、魔術には四色の系統があります。どの系統に属するかは先天的に決まっていて、後天的に増やすことはもちろん、変えることはもできません。そのためみなさんはこれから、自らの系統を極めていくことを目的に――」
ふと、セシル教諭とアリスターの目が合った。「あっ!」というセシル教諭の声が、距離があってなおはっきりと聞こえた。
「その、もちろん、複数系統の適正を持つ人がいたら、その限りではありません。適正を持つ系統の一つを重点的に極めるのか、あるいは複数の均等に系統を伸ばしていくのか。重要なことなので、よーく時間をかけて考えていきましょう!」
ちらちらとアリスターのほうへと目線を遣りながらセシル教諭が説明を続ける。学院側の人間であるセシル教諭ならば、アリスターが四色魔術師であることは把握しているはず。にもかかわらず、彼女はそのことを秘密にしようとしている? 何故?
「……ときにミアよ、貴様の系統を訊いてもいいか?」
「ふぇ? どしたの急に」
唐突に問われ、ミアが首を傾げる。当然の反応だろう。
「いや、特に意味はないが……。言いたくなければ忘れてくれ」
「うーん、まあべつに嫌ってことはないけど。えっと青色だね」
「そうか。礼を言う」
「あははっ、どういたしまして」
ミアは軽く笑ってみせ、再びセシル教諭へと目を戻していく。
そんな彼女の反応にアリスターは考えを巡らせる。自らの系統を問われたミアは、特段気にする様子も見せず、それを明かしてくれた。つまり魔術師にとって自らの系統とは、他者に対して隠匿するようなものではないわけだ。
いよいよもってセシル教諭の行動原理がわからない。
「ところでみなさん、魔術師に最も求められる能力がなにか分かりますかー? それじゃあえーと、はいライルくん!」
「え、俺? なにその突然の指名制度」
「先生の大切なお話をニヤつきながら聞いてた罰でーす」
「みゃっ!?」
ミアが妙なうめき声を上げ、緩んでいた頬を慌てて引き締めた。次は自分が当たられるとでも思ったのだろう。
魔術師に最も求められる能力。アリスターは腕を組み、思案してみる。魔術師とはすなわちこの王国の国防を担う魔軍の兵士候補だ。であればそこに求められる能力とは戦地にて活かされるもの――優れた火力であろうか。
しばし「うーん」と考え込んでいたライルもまたアリスターと同じ結論に至ったのか、同様の答えを口にした。
「そりゃあやっぱり、アレだ。一撃で戦況を変えちまうようなすごい攻撃の――」
「ブブー、違いまーす」
両手を交差させ大きく『×』を作るセシル教諭。……仕事を楽しむのは良いとして、あれは度が過ぎてはないだろうか?
「ならば答えは?」
自らの予想が外れたこともあり、思わずアリスターは問い掛けた。最後列から発せられた声に教室中の生徒たちがこちらを振り返る。
セシル教諭は驚いたように一瞬目を丸めた後、その瞳を喜びに輝かせた。
「積極的な授業参加、先生嬉しいです! そんなアリスターくんに免じて、答えを教えちゃうとですね~」
教室中の注目を一身に集めながら、セシル教諭はもったいぶるように言葉を溜める。そもそも教えることが彼女の仕事だったはずだが、そこを言及する生徒もいない。
はたして彼女は言った。
「お水を操ることです!」
きょとん、という音が聞こえるようであった。
アリスターを含む生徒たち全員がセシル教諭の言葉の意味を解釈しようと試み、それによって生まれた沈黙が教室を包む。そんな空気に耐え兼ねるように言葉を発したのは、その原因をつくった張本人であるセシル教諭だった。
「えーと、つまりですね? もちろん魔術師の大きなお仕事の一つには、魔軍として国防を担うというものがあります。それはとても重要な使命で、尊敬に値することです。ただしそれは戦時に限ったことであって、それ以外――つまり今のような平時における魔術師のお仕事は別にあります」
「……それが水か?」
アリスターの呟きに「はい」とセシル教諭が頷く。
「この中には地方出身の方も何名かいますが、王都に来たすぐの頃は驚いたのではないでしょうか。現在王都にはおよそ五十箇所の水道所があり、そこでは水栓をひねるだけで清潔なお水が流れてきますね。それらはすべて水道局に勤める魔術師方々のおかげなのです」
貯水施設に溜まった雨水を青色魔術により浄化し、それを黄色魔術により各地の水道所へと配分する。また、もしも日照りなどにより水不足となった際には、緑色魔術で水そのものを生成し、それを赤色魔術によって増量する。都市生活の基盤である水道事業はこうした魔術師たちの見えない尽力によって成り立っているのだ。
と、そこまで説明したところでセシル教諭は教卓に三台の水差しを置いた。硝子製のそれらは外側から中を窺うことができ、一つには透明な水が半分ほど注がれ、一つには茶色に染まった水が、そして一つは空であった。
「それじゃあみなさん、早速やってみましょう!」
――え、なにを?
唐突すぎる授業展開に、ひょっとしてセシル教諭は無能の部類ではなかろうかという一抹の不安がアリスターの頭を過るのだった。
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