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幕間②


幕間2


「くっくっく……!」

「アリー、その笑い方気色が悪いわ。とても気色悪い」

 食卓を挟むメディアが眉根を寄せながら言った。そうしながらも小麦パンを口へ運ぶ手は止まっていない。ライルに奢らせ、大量に持ち帰ってきたパンの山は当初、食卓を覆うほどにあった。しかしいまやその半分以上が消失している。

 消失先であるメディアを見やり、アリスターは満足げに笑みを浮かべた。愛する人が腹一杯に食べられていることは、なによりも幸せなことだ。

「なんだメディ、そんなに俺様の話が聞きたいのか」

「そう聞こえたなら、聞いてあげる。まずはその変てこな一人称から教えて」

「一人称? ……ああ、俺様のことか。初めて言葉を交わした級友からもらったのだ。響きといい意味合いといい、俺様を表現するのにこの上ない呼び名だろう」

 誇らしげに胸を張る。そんなアリスターをメディアはじっと見つめ、「はぁ」とため息をついた。

「なんだ」

「いいえ。アリーがそう思うなら、それでいいと思うの。素敵な一人称」

「うむ!」

 さらに胸を張る。そこに満ちているのは確かな満足感――メディアに認められることに対する喜びだ。

 メディアはアリスターのことを否定しない。魔術の指南や日々の生活において小言を挟んでくることはあっても、その選択を否定することは絶対にしなかった。

 そんな彼女の態度を、世間では溺愛あるいは過保護などと表することはアリスターも知っている。だがそれがどうしたというのか。世間になんと言われようと、これこそが二人の関係性なのだ。

 そうしてアリスターは、本日起こったことを詳らかに明かした。もちろん特に強調したことは、王女であるブリジットと協力関係を築いたこと。

 それは彼の計画――『最悪の魔女』というメディアに対する汚名をそそぐための、明確な第一歩を意味していた。

「……たった一日にしては、話が進み過ぎな気がするの」

 すべてを聞き終えたメディアがわずかに驚きの色を表情に浮かべ、言った。

「順調この上なし、だ。この勢いでいけば、冬には目的が達成できているかもしれんな!」

 ふはははっ! と高らかに哄笑するアリスター。そんな彼とは対照的に、メディアの顔色は晴れない。その理由は明白だ。

 アリスターの選択を決して否定しない彼女だが、彼の計画に対しては賛成してくれなかった。

 自分はそんなこと望んでいない。汚名などそそがずとも、こうして二人で静かに暮らせればそれでいい、と。

 それでもなお、アリスターの決意は揺るがなかった。彼はなにもメディアのためにこの計画を立てたのではないのだ。

 すべてはアリスター自身のため――利己主義(エゴイズム)に過ぎない。

 恩人であり家族であり最愛の人であるメディアを否定するこの国を許すことが、アリスターにはどうしても出来なかったのだ。

 それゆえこの計画はアリスターの独断専行であり、メディアから協力を得ようなどとは思っていなかった。

 あくまでアリスター個人とその配下の力をもってして、計画は達成しなくてはならない。

「……そういえばメディ、ひとつ聞いていいか」

「ん」

 ブリジットから聞かされた話のなかで気に掛かった唯一のことを、アリスターは訊ねる。

「以前、王宮に処刑されたことがあるのか?」

 最悪の魔女――アリスターはその呼び名を決して認めないが――について、王宮により処刑されたとブリジットは言った。目の前でパンを頬張る彼女がいる時点でそれが偽りであることは明確だが、王宮が噓八百を喧伝するとも考えにくい。

 処刑とまでは至らなくとも、それに類するような所業を彼らは行ったのではないか。もしもそれが正しければ、冷静さを保つ自信がアリスターにはなかった。

 はたしてメディアは答える。

「さあ? 少なくともあたしは、誰にも殺されたりしてないわ」

「……そうか、それはなによりだ」

 メディアの真意は掴めないが、詮索してほしくないという想いだけは伝わってきた。彼女がそう望むのなら、アリスターは従うだけだ。

 不意にメディアの手が伸び、アリスターの右手を取った。より正確に言えば、その四指に着けられた指輪に手を添えている。

「どうした」

「アリー、結構な無茶をしたでしょ」

「無茶?」

 ブリジットとの小競り合いのことだろうか。たしかに遠隔での発火魔術とその制御、炎から水への変質と、ある程度の魔術を行使したことは否めない。ただアリスターの魔力をもってすればどれも大した負荷ではなかった。

「ふっ。あの程度、朝飯前を通り越して起床前……いやそれどころか就寝前だな。もはや晩飯後かもしれない」

「それはもう意味が分からなくなってる」

 言い返しながら、メディアは入念に指輪――そこに埋め込まれた宝石を確認している。傷一つない輝きを放つそれらのなにがそこまで気になるのか、アリスターには分からない。

 この指輪はアリスターが十歳になった頃、魔術師として一定の水準を超えたということでメディアから贈られたものだ。彼はそれを免許皆伝の証として捉え、それ以降はいついかなる時でも外すことなく過ごしていた。

「メディ?」

「……ううん、なんでもない。大切にしてるようで、安心しただけ」

「当たり前だ」

 アリスターにとってこの指輪は、メディアと自らの次に大切な物だった。この指輪を失うくらいであれば、それを着けている四指を失うほうを選ぶだろう。

「当たり前、ね……」

 メディアは呟くと、小さく笑った。

「そうね。そうだったわ」

 変なやつめと苦笑し、アリスターは卓上のパンへと手を伸ばす。

 が、その手は空を切った。

「まさか、ひょっとして、一人で全部食べたのか……?」

 問われたメディアはぺろりと舌を出し、

「バレたか」

「バレるわ!」

 本気の怒号がアパートメントに響いた。

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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