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一章⑬

13

 魔術には四色の系統があり、それぞれ得意とする分野が以下のように別れている。

 赤……対象の『強化』

 青……対象の『変質』

 黄……対象の『制御』

 緑……対象の『生成』

 基本的に魔術師は四色のうちどれか一色のみに適正を持ち、極めることができるのはその系統に限られる。

 一方、そうした大多数の魔術師とは一線を画する存在――複数色の適正を持つ者にいたってはその限りではない。

 具体的に言えば、赤・緑の二色魔術師であるブリジットは『強化』と『生成』の二つの系統を極められる可能性を有し、それこそが彼女の類まれな素質であった。

「で? それでもまだやるの?」

 巨大な炎を思い描きながら体内を巡る魔力を練り上げ、それを地面に転がる棍棒へ向けて放つ。棍棒を包んでいた炎がより火勢を増し、熱気が周囲を走った。赤色魔術による“火”の強化に、男たちが一歩後ずさる。

 が、逃走までは至らない。

 魔術師に対する恐怖と、しかしそれに屈することに対する恥辱。その二つの感情に揺れる男たちの背中を押すため、ブリジットは続けた。

「ちなみに次は、棍棒じゃなくてあんた達の顔面を発火させるから」

 男たちの顔がぎょっと強張る。まるで火の粉を落とすかのように両手で顔をぺたぺたと叩く様に内心で笑ってしまった。

 ただのはったりだが、そんなことも分からないほどに男たちは魔術についての知識がないようだ。

 棍棒の発火現象は緑色魔術により“熱”と“酸素”を生成して生まれた“火種”を赤色魔術により強化した結果だが、それを可能にしたのは対象が意思を持たない物質だからだ。

 魔術師でないただの人間でも、生物である以上そこには魔力に対する抵抗力がある。それゆえにたとえ優れた魔術師であっても、一方的に他者を火炙りにするような真似はできない。対象の肌の多くに触れている衣類程度までは抵抗力の範疇となるため、服を燃やして火傷を負わせることも不可だ。

 ……まあそれもやり方次第では出来ちゃうんだけど。

 手足を対象に触れた状態であれば、相手の抵抗力を上回り、魔術の発動が可能となる。棍棒にしてみせたように一瞬にして全身を炎で包み込めば、まさしく必殺の威力だ。

 そしてそれはブリジットにとって造作もないことだった。

「……っうおおおおお!」

 背後に立っていた三人組の一人が、ナイフを振り上げながら突っ込んできた。金属を溶かすまでに熱量を強化する技量はまだブリジットになく、ナイフを無力化することはできない。

 ――する必要もなかった。

 振り下ろされる男のナイフを悠々と躱し、その手をブリジットは掴むと同時に強く握り締めた。

「ぎゃっ!?」

 骨を握り潰す感触に一瞬遅れ、男の上げた悲鳴が響く。そのままブリジットが腕を振ると男の身体は小石のように放り投げられ、空き地を囲む壁に勢いよく叩きつけられた。

「まず一人。二人目もいるのかしら?」

 ぴくりとも動かない男から目を離し、その仲間たちを順に見やる。いい加減諦めて逃げてくれないかなぁ、という願いを胸の内に秘めながら。

 自らの身体能力を赤色魔術により強化すれば、ブリジットの細腕でも大の男を容易に叩きのめせる。腕力だけでなく脚力や動体視力、反射速度をも大幅に強化されたいまのブリジットにとって十にも満たない賊を打ちのめすごとき、もはや造作もないことだ。

 だが、出来ることならそれは避けたい。面倒だから、ではない。

 殺さない自信がなかったのだ。

 状況を考慮すれば、ここで男たちを殺しても罪に問われることはない。それどころか、王宮を頼れば事件そのものをなかったことにすらできるだろう。貧民街の住人が何人かいなくなったところで、だれも気にはしないのだから。

 しかし、それは嫌だった。王宮に借りを作ることも、ブリジットが夜間にこんな場所を歩いていた理由を詮索されることも、すべてが嫌だった。

 そのためなんとかこの場は穏便に済ませないものかと思い、男たちが怯むよう脅し続けてきたわけだが――。

「……舐めてんじゃねぇぞ魔術師がぁ!」

「――ダメかぁ」

 ナイフを、短剣を、あるいは拳を握り締め、男たちがブリジットに襲い掛かってくる。向かってくる以上、対応するほかない。

 短剣が突き出される。それが自身を貫くより早く、ブリジットの足が蹴り上げた。そのまま足で胸元を突くと、男は悲鳴を上げることすらなく吹き飛んだ。

 背後から迫る二人組。彼らがナイフを振りかざす前に、ブリジットは拳を振るった。特段武術の心得があるわけでもないブリジットの突きを食らい、男たちは卒倒する。

 一瞬にして半数がやられ、男たちに焦りの色が浮かぶ。それでも彼らは逃走を図ることなく、ブリジットを取り囲み、一斉に掛かってきた。

「その根性をもっとマシなことに使いなさいよ!」

 四方から飛んでくる攻撃すべてを躱したブリジットが手足を振るうと、そこには気絶した四人の男たちが横たわっていた。

 空き地に倒れ伏す八人の男たち。これで賊は全員打ち倒した――否、違う。

「あなたは、こいつらのうち誰かの娘?」

 ブリジットをこの場所に誘い込んだ少女は腰が抜けたように座り込み、震えた瞳でこちらを凝視していた。ふるふると首を振る。

「パパもママも、いない。みんな、死んだ」

「……そう。でも仲間なんでしょう。それじゃあこいつらのこと、よろしくね。ちゃんと殺してはないから。それから、もうこんなことしちゃダメよ」

 踵を返し、来た道を引き返すブリジット。その背に少女の声が突き刺さる。

「じゃあどうすればいいの!?」

「は?」

「食べ物も、ない。だれも助けてくれない。でもお腹は空くの。じゃあ人から盗るしかないじゃない!」

 少女は涙を浮かべ、のどが張り裂けんばかりに声を張り上げる。その姿は痛ましく、見る者の胸を締め付ける。ブリジットは少女に歩み寄り、言った。

「知らないわよ、そんなの」

 苛立ちが募るのを自覚しながら、それでも感情を制御できない。怒りに満ちた言葉が、ブリジットの意思を無視して口をつく。

「不幸な自分はなにをしてもいい? 他人を傷つけても許される? 不幸なのは自分だけ? そんな道理が通るわけないでしょ。欲しい物があるなら、正攻法で勝ち取りなさいよ」

「……ど、どうやって」

「さあ? それを考えることから始めたら?」

 言い置き、裏路地へと歩を進める。

 その矢先、声が響いた。

「ふはははっ! その通りだブリジット!」

 影が頭上を走った。集合住宅の屋根から空き地中央へと降り立ったその男の容貌が、棍棒を燃やす炎に照らされ露わになる。

「……なん、で」

 予想だにしていなかったその正体に声が詰まる。王女としての仮面を着けることすら忘れ、言葉を吐き出した。

「なんであんたがここにいるよの!?」

 こんな状況にもかかわらず、非礼極まりない同級生――アリスター・ドネアは不敵な笑みを浮かべそこに立っていた。

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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