葵生、11歳 春
長らく放置してしまい申し訳ありません。散々悩んだ末、丸ごと改稿することにしました。
旧版に関してですが、旧版を消すとサーバーさんの負担になることを考え、旧版は消さずにおこうと思います。
長らくお待たせいたしました。これからは不定期になりますが、改稿したものを順次アップしていこうと思います。
その日は、何よりも特別な日だった。
「葵生、今日はお前の誕生日だね」
「なにか欲しい物ある?」
幼いころに亡くなった母、仕事が忙しくてなかなか会えない父の代わりに、葵生を育てていたのは優しい祖母と厳しい祖父。
白いワンピースを着て佇む葵生に、二人はにこりと微笑みかける。
今日は葵生の誕生日だ。普段は厳しくて仏頂面ばかりの祖父も、この日ばかりは孫に甘い普通のおじいちゃんになる。
祖母手作りの薔薇のコサージュをつけて、葵生は祖父母の顔をじっと見つめた。
「どうしたんだい?」
「ほら、早く言ってごらんなさい」
じっと見つめるばかりで何も言わない葵生にしびれを切らしたのか、祖父は困った様に、祖母は口元に手を当てながら笑う。
数秒間くらい見つめ合って、葵生はようやく口を開いた。
「あのね――」
それは本当に突然で、昨日までの日常がすべて崩れていくような、いや文字通り、崩れたのだろう。
私、御神楽葵生は転生者である。
別に頭が可笑しくなったわけでも、何かに影響されたわけでもなく、ある日、普段通り学校に行って普段通り授業を受けて普段通り家に帰って、そして寝たら、思い出したのだ。
生前、と言うとニュアンスが合わないから、前世の自分とでも言おうか。
私はしがない社会人で、そこそこ人並みの幸福を享受し、そこそこ人並みの不幸を体験する、群衆の中に存在するその他Bと言ったところか。
務めてた会社はそこそこ人気のある女性向け恋愛シミュレーションゲームを配信するゲーム会社。私はそこの広報課に勤務しながら、日々の生活に確かな幸せとちょっとの不満を抱いていた。
今まで過ごしてきた人生に不満はない。しいて言うなら、お遊び以外で異性と付き合ったことがない、という点かな。
人並みの体験として、複数の男性と交際したことはある。だがそのどれも、じゃあ付き合っちゃおっか、みたいなノリで行われたものであり、よくよく考えてみるとあんまり褒められた交際経歴がない。
所詮身体だけの関係というやつだ。……いや、今はこんな事どうでもいい。本当は良くないんだけど。
転生したきっかけなんてのは覚えていない。なんせ、いつも通り仕事をして、いつも通り家に帰って寝たら、もうこの有様なのだ。
前世の私、というのは、ビールをぐびっと一杯飲んでベッドに入ったところで途切れている。
そして今世の私は、11歳の誕生日であるその日に、いつも通りベッドから起き上がった瞬間にそのことを思い出したのである。
「葵生お嬢様、ご支度はお済みでしょうか」
「……ええ。もう終わったわ」
こうして転生したからには、前世の私は死んでいるのだろう。
どのように死んだのかはわからない。もちろん、どのようにして転生したのかも。
まあ今はそんなもの関係ない。ただ重要なのは、私が転生したこと。だが、その一点だけが重要というわけではない。
前世の私が死に、今こうして転生していること。そして、その転生先の少女、つまるところの今の私、御神楽葵生を、私自身がよく知っていることがもっとも重要なのだ。
「まさか自社のゲーム世界に転生するなんて」
御神楽葵生は転生者である。
前世務めていた会社の、ゲームの世界に。