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第九十四話

俺とK助は病院のエレベーターに乗り込んだ。さっきの小太りの看護婦にだけは見つからないように…。


「実質、君らはどの位別居中だったんだ?」

「多分、一年位です。お互いになんとか頑張ってきたんですが…。」


チラッとK助が見た先には、俺の顔がどうしてもあった。


「なんだよ?」

「あ、いえ…。」


参ったな。厄介な事になりそうだ。悪気が無い分、それだけに傷つけるわけにはいかないしな。でも、性同一性障害ぐらいになってなきゃ、自分のかみさんが他の男と関係があった事に怒りさえ示さなかったんだから、ありがたいと言えば有難かったかもしれないが…。


「Yさんって、年齢のわりに若く見えますよね?なんかやってるんですか?」

「何も…。ただギネス飲んでる位だよ。」

「そう…ですか。」


全くもって厄介な展開になってきた。素知らぬ顔をしているけど、こいつ完全に俺に気があるわけだ。


「車は?」

「下の地下に停めてあります。」

「一応、病院には支払いをしてくるから、表玄関まで回しておいてくれ。」

「自分も一緒に行きますよ。」

「大丈夫だから、頼む。」


エレベーターは一階に着き、俺は直ぐに窓口まで駆け寄った。本来な医者の許可が無いと退院はできないのだが、今はそれどころでは無い。とにかく金さえ払ってK子のマンションに行かなければ…。


手続きにだいぶ手間取ったが、なんとか上手く退院の許可が下りた。K助のワゴンに乗り込む時、ふと事故現場を見つめた。あれ程騒いでいた様子は、あそこにはもう跡形もない。唯一軌跡が残されているとすれば、遺族からの痛々しい花束が、あの事故から続いていた。


「Yさん?」

「いや、本当にK子さんはあそこで死んだんだよな…?何だか今でも信じられないよ。」


K助はハンドルに両腕を掛けながら、目を細めて眺めている。


「僕も…です。K子とは…それは愛情は醒めきってましたけど、とはいえ…一度は好きになった者同士ですから…。」


だが、俺の心では今の言葉に違和感を拭い切れなかった。


「K助くん、本当はそんなに哀しく無いんじゃないか?」

「え?」

「だって、一度も泣いてないだろ?そりゃ葬式の時には、深刻そうに涙を流していたけど、あれは…演技だろ?」

「…。」

「俺は今でも信じられないから泣けない。だけどお前のは違うだろ?せいせいしてない…か?」


感じた事をそのまま口にした。するとK助の両腕は小刻みに震え出して、自分をしがみつくようだった。耐え切れなくなった彼は、少し憤慨しながら応える。


「…そうやって…決めつけるの、止めてくれますか?」

「いや…決めつけてはいないよ。K助くんから感じるんだよ。冷たいなんてものじゃない。醒めてるなんて物でもない。単に興味が無いような残酷さだ。K子さんの無念をどう思うんだ?」


K助は胸元から煙草を取り出して吸い出した。


「無念なんて…あいつに…あるんですかね?」

「なんだと?」

「いえ、なんでもないです…。」

「今言った言葉はどういう意味なんだ?!」

「なんでもないです!」

「なんでもないなんて言わせないぞ!」

「だったら、Yさんの望むように『あぁ~あいつが居なくなってせいせいしましたよ!』って言えや、いいんすか?!」

「お前…それはないだろ…。」

「確かに…スッキリしましたよ。あいつのリスカは半端ない数でしたから。」


リスカ…か…。そんな短縮されて陳列されるような物なのか。イラついてるK助は煙草の煙を更にふかしながら、危険な言葉を放り投げてきた。


「あいつの家族だって、内心はホッとしてますよ!」


だが、俺は許さなかった。

「馬鹿野郎!!どんなに思ってても、決して言っちゃいけない事だってあるんだ!ネットのやり取りと現実を混同するな!」


K助はイラつきを隠せないようだったが、一応俺に頭を下げた。


「俺にじゃないだろ?」

「ち、…うぜ。」


こいつらは、マトモに考えてはいけないのかもしれない。


続く





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