第八十五話
《1993年 記憶の闇穴》
「あんたは!どうしてそうやって馬鹿なの!本当に情けないよ!自分の息子が自殺するなんて!」
なんで自分が母親に怒られなければいけないんだ?苦しくて誰かに止めて欲しかったのに…。何も気が付かないで寝室で寝ていたのは誰なのさ…?
「お願いだからもう二度としないでちょうだい。」
病院に連れられ、自殺未遂を必死に隠そうとする母親は信用できないから、出てってくれ…。 K美の自宅に電話をしたが、留守だった。
「お前の書いた遺書は、お父さんがしまっておく。見るのも辛いからな…。お前はまだ何にも分からないんだ。きっと母親の愛情が足りなかったんだ。」
自分もした事無い体験に驚いている。怖くて蓋を閉めて、責任転嫁している。
「私はちゃんと育てました!いっつもそばで私を見てました!」
「だったらなんでこんな下らない事をするんだ!?お前がちゃんと見てなかったからだろう!」
「あなただって止められなかったでしょう!?」
「俺は分かってたさ!俺の可愛い息子だもの!」
知ったかぶりして見下す父親は信用できないから、嫌いだよ…。K美の自宅に電話をしたが、まだ帰っていないみたいだった。
「お兄ちゃん、私怖いよ…お兄ちゃんがそんなことするなんて…。」
どうせお前は甘えるだけしか、脳が無いだろう?人の痛みなんか気にしてない。だから怖がる妹は信用できないから、要らないよ…。 K美の自宅に電話をしたが、居留守を使われた。
「…。」
兄貴は何も言わなかった。何も言えなかった。所詮いじめられてた奴が、俺をいじめていたわけで、命の削り方も知らない兄貴は信用できないから、帰ってくるな…。 K美の自宅に電話をしたが、出る気配無しだった。
「結局、お前はそうやって死に損ないが生きてるだけなんだよ…。」
父親の差し金で、心配な振りをしてやってきた、二十年来の親友であるK央が口を開いた。 そうか、怖いのか…。虚勢を張るのが精一杯で無力なK央は信用できないから、感謝の振りをするよ…。 K美の自宅に電話をしたが、K美は自分の娘じゃないと、出るなり怒なられた。
居心地の悪い日曜日を独り部屋で過ごし、とうとう月曜日がやってきた。会社に電話して、出たのは部長だった。
「おい!お前は一体何をやらかしたんだ?!課長は連絡取れないし、K美は辞めると言い出すし!」
知るか…。どうせ、お前らは陰でコッソリ咥え込んでるんだろうが!クズどもと!牝豚め!
「手首切ったんです。」
「何を…?!えっ、今なんて言った?」
「K美が、"手首を切った人の気持なんてわからないくせに"っと、言ったので、切りました。だから二、三日休みます。」
「おい!ちょっと待て、本当に切ったのか?」
「当然です。信用していた人達から裏切られたので…。」
「お前は…何かを知ってるんだな?」
「さぁ?何でしょうかねぇ…。」
「分かったよ…。この事は、俺の胸の内にしまっておく。」
「では、K美と連絡を必ず今日中に取って、自分の所までに連絡をくれるようにしてください。でなければ、私は何をするか分かりませんよ。」
「お前、貴様は…俺を脅しているのか?」
「当然の権利です。困るのはどちらでしょうか…?俺はいつだって死ねるんです。どうせ、死に損ないが生きているだけですから。」
「分かった…。」
K美はすぐに電話を掛けてきた。
「あ、あのさぁ、手首切ったんだって?!どうして?何で、そんな事したの?」
「そんな事も…分からないのかよ…。」
「え…?!」
「手首切った奴にしか、分からない事があるんだろ?」
「あ、あるよ…。」
「なら、切られた気分はどうだよ?」
「そんなの…まさかすると思わなかったし…。」
しばらくの無言が続いた後に、K美は突然癇癪を起こしてきた。
「大体、どうしてそんな事をするわけ?!私が言った事を何で本気で取るの?!」
「お前が言ったからだろ。」
「それでも普通はそんなの本気にしないよ!あんた、馬鹿じゃない?!」
「K美、お前だって普通じゃない。人前で切って見せたじゃないか。その時、どんな風にして欲しかった、思い出せば分かるだろ?今の俺の気持ちを…。」
「あ、で…。」
また沈黙が続いた。
「分かった…よ…。」
「…何が?」
「確か、Yの誕生日もうすぐだよね?プレゼント買ってたんだよね、本当は…。」
マジかよ?そうだったんだ…。僕は勘違いしていた。K美さんだけは、傷付けちゃいけなかったんだ…。
「明日、鶴見の駅で会おう。」
「本当に?」
「うん、約束…。」
今まで破られていたからな、今度こそは…。幸せを掴むチャンスだ。やり直せるチャンスだ。あいつを抱けるチャンスだ。彼女謝らせるチャンスだ。
だが、どれ一つとして当てはまるチャンスなど無かった。
続く




