第七十四話
「ふざけんなよ!!」
怒りで熱く煮えたぎった俺の右手は、女の後頭部の髪の毛を無造作に掴んでは近くのポリバケツへ投げ飛ばした。女はバランスを崩して頭から滑り落ちる。
「イタイ!」
今更そんな言葉を聞いてたまるか。躊躇などない。この女は調子に乗っている。叩きのめさなければ、俺の気が済まない。自然と両手に力が入り、拳を握り締めていた。
「先輩!何やってるんですか!?」
「ダメっすよ!」
「K美さんは先輩の彼女でしょ?!」
必死で即席後輩三人組は、俺を羽交い締めにして制止してくれた。ポリバケツに投げ飛ばされたK美は、立ち上がるや否や、怒りで我を忘れて自分の鞄で俺を殴りつける。
「テメェ!女に手を上げてんじゃねぇよ!何様のつもりだコラ!調子に乗るのもいい加減にしろよ!」
発する言葉一つ一つは醜く品の無いものだった。そして回数を重ねる毎に鞄の中身が散りばって、とうとう財布まで路上に散乱した。耐え切れない俺は、隙を見た瞬間に右手の甲で、高く女の右頬を叩き上げ、女の頬骨に当たる感触を感じた。
「嫌!」
さすがに女は俺の暴力に怯み、怒りを持続させる力は無くなり、地面に倒れこんだ。後輩三人組は何度も殴らないで下さいと言い続けていたので、流石に俺も我に帰り、この女の変貌原因を知りたくなった。
「K美!なんで?俺を毛嫌いする?!なんで俺が汚らわしいんだ?!なんで俺を拒否するんだ!」
蹲った女は右頬を抑えながら、誰かの名前を呪文の様に言い続けて助けを求めている。
「俺は!!今迄お前の望む様にしてきた!お前を守る為に、納得も出来ない事を我慢して耐えてきたんだ!なのに汚らわしいとは何なんだよ!?汚らわしいのは貴様の方だろうが!?」
「もう嫌…。助けてあなた…。誰か今すぐ私を助けて…。犯される…。」
「答えろ?!何でなんだよ!?なんで突然帰ろうとしたんだよ!」
「もうやめて…。触らないで。汚らわしいから…私に触らないで!!」
俺は思いっきり突き飛ばされ、ふらついた足元に、K美の財布から散乱した小銭が、路上に散らばっているのに気が付いた。K美はそのまま鞄を地面にひきづりながら、再び横浜ビブレの方へ歩いて行った。そこには、さっきの女の子三人組が待っていた。彼女達は2人組の警官に職質されており、それを見たK美は突然警官に叫び出した。
「テメェら何やってるんだよ!?彼女達は関係無いんだから?!」
「一体何がありました?」
「どうしました?」
俺はとにかく今の事態は芳しく無いので、散乱した彼女の財布とお金を三人組と一緒に拾っていた。警官の1人はなんとかK美さんをなだめようとしていた。
「うるせぇんだよ!」
「大丈夫ですか?」
「テメェらみたいな国家の犬共には関係ねぇんだよ!」
「あなた、静かにしなさい。」
「税金ちゃんと払ってるだろうが!」
「かなり酔ってますね?!」
何なんだよ…。単なる酔っ払いなのか?でも、何で警察相手にわざわざ喧嘩腰になるんだ?俺には理解不可能だ。自分の靴紐が解けてたので、ガードレールに腰掛けて結び直しいると、三人組の1人が、K美さんの財布を俺に渡してくれた。
「これで…全部だと思います。」
「ありがとう…。」
「これからどうします?」
「一応…あいつは俺の恋人だから、警察に上手く説明してみるよ。」
「頑張って下さい。」
警官1人はK美が騒ぎそうになると、なんとか彼女の腕を抑えて落ち着かせていた。俺は彼女の落とした財布を持って近づいていった。
「うん?あなた、この人の知り合い?」
「はい、彼氏です。」
「恋人なの?」
「はい。」
「なんだ痴話喧嘩か…。」
「痴話喧嘩とはなんだよコラ!」
俺に先ほど叩いた様に、今度はもう1人の警官に鞄で攻撃した。流石に2人組の警官もなだめるだけでは済まされなくなり、直ぐ様K美の背後に回って取り押さえた。
「いてぇよ!何すんだよ?!」
「あんた!これ以上危害を与えるなら、それなりの対応を取るぞ!」
「うるせぇんだよ!私は女だぞ!女性に暴力振っていいのかよ?!こいつみたいに?!」
すると警官 2人はこちらを鋭い眼光で向いた。覚悟した。ここまできたら仕方ない。本当の事を話そう。
「あなた、この女性に暴力行為を行ったのですか?」
「…はい。」
「すみませんが、状況を確認する為にご同行願いますか?」
「はい…。」
「それ!私の財布!刑事さん!それ盗まれたの取り返して!」
刑事さん…?盗まれた?一体何なんだこの人は。すかさず警官はK美の財布を取り上げて、僕に盗んだ物かを確認する。
「これはあなたが盗んで、こんな騒ぎになったのですか?」
「違います!」
そばにいた女の子三人組も、勇気を振り絞って警察の誤解を解こうしてくれた。
「それは違います!」
「K美さんは男の人達の女の子を紹介するって話を聞いて、『危ないから帰ろう』って言い出したんです。」
「テメェら野郎共はAV女優の話とかしてたじゃねぇかよ!」
「違いますよ!K美さん僕らは好みの話してたんです。」
三人組が再び僕を助けにきてくれた。
「本当なんです、大体この先輩は、K美さんと恋人同士なのに、何で財布を盗んだりするんですか?!」
「この人はお財布を盗んでなくて、さっき散らばったから、拾ってあげてたんです。」
「俺達もちゃんと拾ったし見たよな!?」
「私達三人もそれはちゃんと見ました!この人はお財布を盗んでなくて拾ってあげてたんです。」
「そうなんだよ!私はこいつの恋人なの!だからいい加減離して!」
警官はK美の望む通り離した。財布も返してもらい直ぐ様中身を確認した。警官はK美の財布の中身がちゃんとあるかどうか確認させていた。中身がある事を頷くと、流石に苛立って説き伏せた。
「ほら!ちゃんとあんたの恋人や周りの人達が言った通りじゃないか。」
「でもこいつらが私を陥れようと、みんなで共謀してるかもしれないです!」
「それはあんた、お酒飲み過ぎなうえにかんがえすぎだよ。」
「でも私見たんです!財布を盗もうとした所を!」
「K美さん!私達はずっと見てたけど、そんな事無かったですよ!」
「いや!あんた達と店で合流する前!私の手を突然握ったの。怖かった…。」
「お店で?どんな風に?」
「こうやって、私の目を見つめながら…。」
「それは、恋人だから手握ろうとしただけです。」
徐々にK美発言に信憑性が無い事を確信しはじめ戸惑っていたが、とにかくこのまま街角で深夜過ぎに騒がれると、周りに迷惑になるとの事で、事情を聞く為に近くの交番まで来て欲しいと言ってきた。僕ら男子四人と女の子三人は、お互いに顔を見合わせて納得して同意したが、1人だけ決して納得しない人物がいる。それは被害妄想と被害者意識が強く、自分の都合の良いように解釈して、事実を曲解するのが得意なK美だ。
「なんで私が交番なんか行かなきゃならねぇ~んだよ!私は被害者なんだよ!あったら警察にも暴力振られたじゃねぇか?!」
「暴力など我々は振っていない!」
「うるせぇ!訴えてやる!国家の犬共が私らの税金で食べてるくせに、税金奪ってる人間に暴力を振りやがって!」
彼女は警官の1人のスネを蹴り出し、それを見たもう1人の警官は、手錠を取り出して彼女は確保された。スネを蹴られた警官は無線で報告と応援を要請していた。手際の良い彼等は、身柄を確保したK美を両脇で硬め、近くの交番まで連行していった。その時、彼女は鞄を落とした。拾い上げた僕は、一体今何が起きているか分からなかった。
「先輩、K美さんを助けに行きましょう…。」
「そうですよ。K美さんは先輩の恋人なんですよね?」
「一生K美さんを愛して、一生守るんじゃなかったんですか?」
そうだ…。僕はどんな事があっても、彼女を守らなければいけないんだ。自然と僕の両足は、連れ去られた彼女の方へ向かっていた。
続く




