第七十三話
もう止められない。もう我慢できない。守るべき人が自分を敵として非難した時、僕の刃は自ずとその人に向けられた。君は最低最悪な女性だ。幸福は常に薄い壁一枚で不幸と背中合わせだが、不幸は幸福と背中合わせではない。そんなに世の中は単純ではないのだ…。
「先輩最高~ッス!」
「そう?」
「だって中免許あるから、後はエリミネーターの400を買って、ぶっ放すだけっすよね?すんげえ湘南純愛組の夜叉みてぇっすね!」
「私だって400乗れるよ~。CBRだけど!」
僕とK美さんは、即席後輩男女六人と飲むことになった。とにかく即席後輩男子は女の子達と飲むのが恥ずかしいのか、ずっと野郎のネタばかりで続けている。積極的なのはむしろ女子三人組で、色々な話をしている。まるで学校での部活後のような感覚だった。
K美さんは突然挙手して、野郎のバイク話に参加してきた。とにかくこの人はなんでも入りたがりで、自分が上であろうとしていた。三人の女の子達は話題に必死についていこうとはしていた。
「バイクって、危なくないのかな?」
「なんか怖いイメージがあるけど…。」
「運転中、倒れたりしないの?」
そこで、すかさず登場するのがK美さん。とにかく至る所で良い顔したがっている。恋人の僕にでさ、発言させまいと割り込んでくる。次第に皆、アルコールが回り始め、お客も僕達8人だけになってきた。突然K美さんは立ち上がって叫び出した。
「よ~し!この後皆でもう一軒行こうか!?私の知り合いで東急ハンズ近くに、バーを開いている人がいるから、連れてってあげる~!」
「うおおおおマジで?!」
「すんげえ~K美さん!」
「やっぱり大人の女性だよな~!」
女の子達三人も楽しく微笑んでいた。皆で会計を済ませ、それぞれ男女のグループに分かれて話していた。男四人は皆で肩を組んで叫んでいた。
「先輩!格好イイっす!」
「ありがとう!」
「先輩!シブいっす!」
「サンキュー!」
「先輩!俺、女欲しいっす!」
「よっし、紹介してやるぜ!」
僕は酔った勢いで何だか気分が良くなってつい格好つけた。その言葉に彼等三人は食らいついてきた。
「マジっすか?!!!」
「ああ!選り取り見取りだよ!」
「あ!はいっ!俺、浅川唯ちゃんみたいな女の子希望です!」
「バッカボン~お前どんだけAV見過ぎなんだよ~!」
「るっせ~な!先輩に不可能はないんすよ~!ねぇ先輩?」
「おうおう!」
何だか自分は、あの頼りがいのある課長になったような気分だった。何かを解消しているようで、とっても気持ちが良かった。お酒の力とはいえ、みんなその場の雰囲気を心から楽しんでいた。
「あれ?女の子達は?」
「K美さんもいないっすよ。」
「本当だ…。」
僕は三人の言葉に反応して、後ろを振り向いた。来るべきはずの四人の姿が無い。僕らは手分けして捜した。すると、K美さんを除いた三人の女の子達はタクシー乗り場に向かう十字路で見つけた。
「どうしたの?」
「あ…。あの、私達終電が無くなりそうなので、そろそろ帰ろうかと…。」
「え?どうして?」
「いや、その、みんな門限が…うるさくて…。」
「はい、ウチもです…。」
「そっか…。それはしょうがないから、早く帰った方がイイよね。」
「あれ…。」
三人はお互いに顔を見合わせて、不思議そうな表情を見せていた。
「やっぱり…違うんじゃない?」
「そっかな…。」
「でも、K美さんは絶対だって…。」
「え?K美さんが何だって?彼女、何処にいるの?」
三人は申し訳無さそうに、タクシー乗り場の方を見た。すると今まさにタクシーに1人で乗り込もうとしているK美さんの姿があった。
「先輩!あれ、K美さんじゃ!?」
「なんで…?」
「このままでは、先輩!K美姉さん帰っちゃいますよ!」
僕はとにかく無我夢中で走って、走ってようやくタクシーに辿り着いて、両手を広げて前に飛び出し停止させた。
「おい!あぶねぇぞ!」
「すみません!運転手さん!待ってください!」
しかし、後部座席ではK美さんが凄まじい剣幕で、タクシーの運転手に先に進むように叫んでる。まるで何かから逃げるようだった。ようやく即席後輩三人組も辿り着いた。
「K美さん!なんで帰るんですか?!」
「そうっすよ!」
「知り合いのバー連れてってくれるんじゃないんですか?」
三人組の説得に首を縦に降らないK美さん。僕も後部座席に近づいて、湧き上がる不安を抑えながら話しかけた。
「K美さん…?一体どうしたんですか?」
まるで汚らしい生き物を見る様な眼つきで、僕は訳も分からず睨まれた。
「運転手さん!車出して下さい!」
「あ、はい!」
「え?!」
車はまたもや突然動き出したので、僕は危険を承知で後部からジャンプしてタクシーの天井に飛び乗り、即席後輩三人組は運転手のバックミラーや、バンパーを押さえたり、1人は失敗して転がってた。タクシーの運転手もさすがに急ブレーキをして、僕は天井からフロントガラスへ前に転げ落ち、他の二人も降り投げ出された。そしてタクシーを停めるなりK美さんの座る後部座席の扉を開けた。
「お客さん!あんたの知り合い迷惑だから、今すぐタクシーから降りてくれないか!?」
しかし、K美さんは頑なに運転手を拒否していた。
「嫌です!お金は払いますから。」
「お金の問題じゃなくて、あんたの問題なんだ!」
そういうと、運転手はK美さんの腕を無理矢理引っ張り出して追い出そうとした。
「イタイ!」
激情した僕は直ぐ様に運転手の胸ぐらを掴んで叫んだ。
「オイ!テメェ!何しやがんだ!」
「なんだと?!」
即席後輩三人組は、瞬時に僕と運転手の間に割り込んでなだめようとしてくれた。
「運転手さん!落ち着いて!」
「先輩も落ち着いて!」
「そうっすよ!」
その隙を見たK美さんは、タクシーからスルリと飛び出して、駆け足でタクシー乗り場まで戻って行った。
「先輩!先輩!」
「K美さん追い掛けて!」
「早く!早く!」
僕は彼等の助けでなんとか、運転手から引き離されて彼女の後を追った。まるで彼女は必死に僕から逃げる様で、停車中のタクシーに乗車を懇願していたが、一連の行動を見ていた運転手達は、あからさまな態度でK美さんを乗車拒否した。僕はK美さんの肩に手を掛けて引き止めた。
「K美さん!待って下さい!」
「いや!離して!」
「いきなりどうしたんですか?!理由も無く帰るなんて、何が起きたんですか?!教えてください!」
「汚らわしい!あんたなんか大っ嫌い!」
「え…?」
その時、俺は自分の中で殺意を感じた。
続く




