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第七十一話

もう引き返せない。あとは盲目になってひたすら愛するだけなんだ。愛して愛して愛するだけなんだ。他のものはいらないから、そばにいるだけなんだ。


僕はK美さんに助けられた。彼女は涙と自分の弱さを曝け出して、僕を救ってくれた。だから我慢する事にした。どんなに相手が欲しくても、どんなに相手と話したくても、どんなに相手と会いたくても、僕を救ってくれたK美さんを、今度は自分が守らなければいけないからだ…。二人が幸せに暮らして行く為に、僕は自分の想いを抑える事、それが大人になる事なんだ…。


例えどんな事実があろうとも、僕の信じる真実は一つ。何があろうとも、迷わず相手を信じる事。迷いは消さないと、大きな器で受けとめられない…。


「本当にそう?器の小さな人でも迷いがある人でも、その時のフィーリングやタイミング次第で、ほら、仲良くなれる事だってあるじゃない?」


今夜も課長に相談を乗ってもらってる。明日、久しぶりのK美さんとのデートだからだ。しっかし、やっぱりアケミさんとは合わない…。


「男の人は、ヤッパリ何処かで自分の頑張ってる姿で女は惚れるって思ってるんじゃないかしら?でも、それって暑苦しいだけの時もあるし、それに頑張ればご褒美が貰えるとでも思ってるんじゃない?」


課長は豪快に大声で笑出した。


「いや~アケミちゃんの言う通り!所詮、カッコつけてる男なんて、女の手のひらでコロコロされたいだけなんだから、大きく見せたりかっこ良く見せたりするのは、ご褒美が欲しくて堪らないだけなんだよ~。」


"それは、貴様自身の事だろうが…?"


課長はなんて正直に生きている人なんだ…。僕にはまだまだ足りない所だ。部長には経済的に及ばないし、課長には精神的な大らかさでは及ばない。命と心を救われてからの三週間。僕はずっと考えていた事だった。もちろん、その間にもK美さんから約束事を破られた事は何度もあった。その度に僕は部長と課長をいつか超えられる事だけを考えてきた。だから、そりゃすっごく気にはなったし、疑ったけど、部長にも課長にも、事の真相を知ろうとはしなかった。


「だから女はガードが堅いのよ~。開かれたら止まらなくなるんだから。」


え?止まらなくなる…?

その時、K美さんがボロボロ泣ながら告白した、あの夜を思い出した。ヤッパリ部長や課長とも…。ダメだ、気にしちゃ大人になれない。


「なんか~アケミちゃん、それすっごく卑猥だな~。」

「あら、そう聞こえた?課長さん。まぁ、男の人が理由を必要としない事に、女には理由が必要な時は結構あるのは確かね。」


その時、僕は初めてK美さんと結ばれたあの夜を思い出した。また、K美さんはボロボロ泣いてる。


「理由かぁ~。何だろう?電気消して…。とか?」

「いやぁ~だ!本当に課長さんはエッチね~。まぁ、間違ってないわよ。酔った振りでもしてなきゃ、恥ずかしいもの…。」

「くわぁ~!!アケミちゃんでも恥ずかしいなんてあるんだ!?」

「あら!酷い言い方~。もう、ハハハ~。」


大人って…。なんでこんな会話をお酒の席でも平気でできるんだろう?いくらアケミさんとはいえ、女性として嫌じゃないのかな?K美さんもしているのだろうか…?まさか…そんな事はないだろう。


でも、K美さんのお義母さんが言ってた。お金にもだらしないって。まさか…部長に色々経済的に支援されているから、その代わりに…。課長の前で手首を切った時も、バスルームから剃刀を持ち出したって。バスルームがある場所って。いけない。疑っちゃいけない。それにしても…課長は豪快に大声で今笑っているけど、K美さんが手首を切った時の事、思い出したり気に留めたりしないのかな…。僕なら無理だ…。


「でもね、ご褒美を我慢している男の人って、とっても分かりやすいじゃない?大体見ている所が、絶対顔じゃ無い所なんだから!」

「こりゃ参った~!」


僕は…違う。僕はいつだってK美さんの顔を見ていた。そんな卑猥な事なんか、考えた事も無い。


"嘘をつけ…。お前だって見ていたさ。顔じゃ無い部分を見て、好き勝手に想像してたじゃないか…。"


いいんだ、やっとやっと明日K美さんと会えるんだから!初めて二人でデートした時の様に、もう一度幸せを噛み締めるんだ。


「明日こそ!頑張ってやれよ!」

「え!?」

「最近、断られっぱなしだろ?だから、こう、ビシッとK美に言ってやれ!あははは~!」


本当に課長の言葉は、頼りがいがある。


けれど…、課長の笑い声を聞けたのは、この日が最後の夜だった…。


続く

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