第四十四話
言葉には力がある。
例えどんなに優しく丁寧な言葉を選んでくれたとしても、揺るぎない事実は言葉に刃を忍ばせて、心の奥まで突き刺してくる。だから、せめて皆が安心して使える愛の言葉で揺るぎない事実から自分と愛する人を守りたいんだ…。
「K美は自殺しようと手首を切ったんだ。」
その瞬間に、店内が何かに凍りつく様な雰囲気を感じた。自分も言葉を失った。時間が止まるとはこういう事かもしれない。『自殺』や『手首を切る』なんてテレビのニュースやドラマの中だけの話しかと思っていたが、まさか自分の身近で起きるなんて…。しかもあんなに力強い発言をしたK美さんが自ら…。
「人は見かけや態度じゃ分からないもんなんだよ。」
「…。」
「詳しい原因や事情はよく分からないんだが、まぁプライベートな事だからな、詳しく聞くわけにはいかないが、今はだいぶ落ち着いたらしい。」
「その、大丈夫何ですか?」
「身体か?ああ、大丈夫だ。今は実家に戻ってゆっくりしているよ。」
「課長は会ったんですね?」
「うん?ああ、会ったよ。色々話し合った。会社は二、三日の休養が必要だから休むってさ。」
「自分…トイレに行って来ていいですか?」
「ああいいよ。大丈夫か?」
あまりにも自分の予想外の事ばかりに戸惑うしかなかった。あの親睦会で二人で謝った時に小刻みに震えていたK美さんの左手。今はそこからダラダラと血が流れているのかもしれない。恐ろしかった。上を見上げると白熱灯の電気がポツリと便器を照らしている。正直帰りたい気分だった。すると外から課長とアケミさんの話し声が聞こえてきた。
「それって、課長さん本当なの?K美ちゃんてこないだ部長さんときた子でしょう?」
「あぁ~、アケミさんダメだって人の話聞いてちゃ。」
「ごめんなさい、でも心配になっちゃって。あんなに気がきいて可愛い子なのに、何もそこまで自分を追い詰めなくたってねぇ~。」
ここに来た事があるんだ…。あの部長と課長と三人で。自分は本当に知らない事ばかり多いんだ。耐えきれずに自分はトイレを出て、カウンターへ戻った。
「大丈夫か?」
「はい…。」
「まぁショックだよな?」
「ええ…。」
「その気持ちは良くわかるよ。だからこそ、お前が強くならなくちゃ!」
「はい?何でですか?」
「分からないのか?!お前はK美の事を好きなんだろう?だったら今こそ支えてやらないと。」
と、同時に課長は胸ポケットから財布を出して、例の天国への割引券と一緒になってるカードの束をこちらへ放り投げた。あ、偽造テレカだ。例のごとく、銀色の変なテープが貼ってある。
「これで今からK美に電話してくるんだ。」
「えええ!?今からですか?無理です!!」
「お前なら出来る!!社長もビックリしてたぞ、この間の親睦会の時。普通あんな状況で一緒に謝ったりできないって。お前の事は高く買ってるんだ。期待に答えないと。」
何で社長が期待してるんだ?さっきの部長と社長が来てた事と関係しているんだろうか?でも心配になっちゃってるのは確か。K美さんに電話しよう!
「自分…電話してきます!」
「ごめんなさいね、うちの店ピンク電話しか無くって。」
すかさずアケミさんが心配そうに割り込んできた。自分は、あんまり関係ないやこの人って思った。逆に店内で電話したら全部聞かれてそうな感じがした。
「焦るなよ!言葉には力がある。お前はそれを信じて話してこい!」
自分はその課長の力強い言葉に背中を押されて外へ飛び出した。外はすっかり夜になって、周りの商店街もシャッターがしまっていて、アーケード街のそばに電話ボックスがポツリと佇んでいた。これから忘れられない出来事が起きる事なんて、この時の自分には想像も付かなかった。
続く




