第三十九話
自分は愛の騎士なんだ。愛する女性を守る為に生まれてきたんだ。例え世の中が愛する女性を敵に回しても、自分だけは彼女の味方なんだ…。
「社長!大変ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。」
一同はK美さんの下げた頭に驚愕し、雰囲気でそばにいた自分も何だか一緒に頭を下げた。ふと、K美さんの左手が視界に入ると、握られた拳は小刻みに震えていた。カリスマ社長は即座に彼女の謝罪を受け入れ、再びいつものように親睦会は進められ、K美さんも先ほどとは打って変わって、とても人当たりの良い女性を演出していた。
「良かった…。」
するとそこへ、先輩肌で二十代後輩の課長がニヤニヤしながら自分の所へ近づき、ビール瓶を片手に自分の空になったグラスへ注ぎながら話しかけてきた。
「お前はナイスフォローだよ。」
「え⁉」
「若いのになかなかあんな事できるもんじゃないよ。どうやってあの子を連れ戻したんだ?」
「いや、別に特には…。」
「お前、何か口説いたんだろ?」
「ええ?!そんな!口説いたなんて!自分はただ何となく雑巾を絞りに行っただけで…。」
課長は自分の話なんて聞かず、K美さんの姿を眺めていた。時々、乾いた口先を舌で潤わせながら、K美さんを舐めるように見つめていた。自分も何だか一緒にK美さんを眺めていると、こちらと目が合ってしまった。自分はよそよそしく軽く会釈をすると、向こうも微笑んで軽く頭を下げてきた。課長はその仕草に少し笑って、手を振って答えていた。
「いい女だよな~あいつは。」
「はい。」
「お前みたいな誠実な奴は、ああいった出来る女性から、いっぱい色々な事を教わらないとな。」
「色々な事…ですか?」
「ああ、色々な事だよ。」
しばらくすると、K美さんがビールを片手にやってきた。なぜだか自分の胸はドキドキ高鳴って、身体中が高揚してくる。K美さんの瞳はまるで水晶のように、煌びやかで異世界から飛び出してきた天使のようだった。
「課長、先ほどは大変ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。」
「いいよ、気にするな。みんな思ってた事なんだし。よくぞ言ったって感じさ。」
「有り難うございます。」
なぜだか課長とK美さんは、色々な話題で盛り上がっていて、自分はただ何となく、二人に一生懸命着いてって頷いるだけだった。ようやく自分の番へ回ってきた時、K美さんは本当に安らかで優しい笑顔を携えて、話し掛けてくれた。
「さっきは有り難うね。」
「いえいえ、こちらこそ。」
「はい、ビールついであげる。」
「あ!そんな申し訳ないです。僕がつぎますよ!」
「いいの、いいから!」
「あ、でも…。」
「はい、グラス持って。」
K美さんに言われるまま、自分は残ったビールを飲み干して、注いでもらう事にしたが、何とビール瓶は既に空になっていた。
「あら、もう空になっちゃったんだ。」
「あ!それなら自分がビール持ってきます!」
「いいから、そのままで待ってて。私、持ってくるから。」
和やかな笑顔を残したまま、K美さんは会場から再び去って行った。その瞬間、自分はK美さんの後ろ姿に少し寂しさを感じ、自分も後を追いかける事にした。
「あれ⁉どうしたの?」
「いや、あの~、その…。」
「トイレ?」
「えっと、いや、つまり…。」
もう自分の心臓の爆音は限界迄達していた。もうこれ以上、普通の会話なんてできなくらい戸惑っていた。まともに相手の顔を見れる状態じゃなかったので、天上を見上げながら、思うままに言葉を発した。
「K美さん!」
「はい!」
思わず大きな声で呼びかけると、彼女もビックリした様子でこちらを見直した。
「今度、デートして下さい!」
「あ…、はい!」
何を言ってるだ?自分は!最悪だ。ちゃんと話した事もないのに。訂正しないと!早く訂正しないと!
「あ、えっと…そのつまり…。」
「デート…だよね?」
「あ、はい!」
「うん、いいよ。」
K美さんの安らかで優しい言葉で、初めて自分は彼女の表情をしっかり見る事ができた。
「えっと…。ええ?!いいんですか?」
「うん…。」
「本当に…ですか?」
「うん、本当に。」
やった~!!めちゃくちゃ嬉しい!!そんな自分の舞い上がった姿に微笑みながら、K美さんは内ポケットから手帳を取り、自宅の電話番号を書くなり、ビリっと紙を破いて渡してくれた。
「ありがとう…。デート楽しみにしているね。」
社会人になってからの自分の恋は、突然訪れてきた。
続く




