第三十八話
自分は間違い無かったんだ…。自分しかK美さんを守れる人はいなかったんだ。
「ありがとう…。デート楽しみにしているね。」
給湯室には救世主が必要…。そんな風に感じるほど、K美さんのしゃがんでいる弱々しい姿は、世界中の不幸を独り占めしているようだった。この人は決して自分のエゴの為に涙を流すような人ではない。
「大丈夫…ですか?」
その瞬間、まるで天敵に狙われたほ乳類の様な形相でこちらを振り向いた。涙ぐむ瞳を滲ませながら、ゆっくりと認識している様子だった。
「あ、自分はこの春に入ったばっかりで、本社で働いてる…」
そう言いかけた時に、K美さんはすくっと立ち上がり、しゃがんでいる時にできたスカートのしわを伸ばして、腰に片手を置いて笑顔を向けてくれた。
「FAX君でしょ?」
「え⁉」
「FAX君…。晴れの日にはヒマワリのイラストを、雨の日にはカエルのイラストを、隅の方にちょこっと描いてくれるFAX君でしょ?」
「あ、ハイ!」
嬉しかった。自分の事を覚えててくれたんだ。K美さんが外回りの時には、必ずFAXで本社から巡回報告書提出用の雛形を送信しており、各担当毎で混乱を避ける為に宛名指定の用紙をもう一枚送信する事になっている。その宛名指定の用紙 の隅に、ちょっとした天気予報代わりにイラストをちょこっと描いていたら、わざわざ自分宛にK美さんはFAXで返信をしてくれた事があった。
「でも…、なんで自分だって分かったんですか?」
「君、声に特徴があるよね?電話で初めて聞いた時、随分年上の人が入ったんだ~って思った。そのわりには随分お茶目だし、言葉遣いも慣れてない感じだったし…。そっか、アレは君が描いてくれたんだね?有り難うね。」
「ハイ!こちらこそ、覚えてもらっていて有り難うございます!」
「あ、そうだ、一応初めて会ったんだから改めて自己紹介させて。私はK美…。君とは三つ違いなんだね?」
可愛いかった。とってもK美さんが好きになってしまった。こんな時にわざわざ自己紹介してくれるなんて。そうだ、僕はやっぱり間違って無かったんだ。こうやって恋愛は訪れる物なんだと。こうじゃなきゃいけないんだ。
「さてと…、そろそろ帰ろっかな?」
「え⁉大丈夫…なんですか?」
「何が…?」
「いえ、さっき社長も凄く怒ってたし、その…、つまり、このままだと…何か…気まずい感じがして…仕事とかやりにくく…感じたりしないのかな…って思ってしまって…。」
するとK美さんは一切何も語ろうせずに、こちらを鋭い瞳で見つめていた。再び給湯室には救世主が必要になった…。今度は自分が泣きそうな気分になったから、偉そうに意見した自分を恥じて、即座にK美さんへ謝った。
「すみません!自分、年下なのに偉そうに言い過ぎました…。」
しばらく再び右手を腰に置きながら、今度はじっと給湯室の換気扇を沈黙しながら眺めていた。完全に嫌われたかもしれない。あぁ~あ、せっかくの恋愛の到来が遠退いて行く…。
「そうだね…。」
やっぱり嫌われてしまった。
「あのままじゃお互い気分悪いし、部長が可愛そうだね…。」
「え…⁉」
「うん、君の意見は正しい。ちゃんと謝らないと。仕事させてもらってるのはこっちだしね。」
「…。」
「君…、年下なのに随分年上っぽい事言うじゃん!」
「あ…、いえ…。」
「笑顔も可愛いよ!」
「え⁉」
その瞬間、K美さんは自分の方に近づいて、すかさず自分の右手を奪って、耳元で静かに呟いた。
「私を連れてって…。」
その時、自分は騎士なんだと気が付いた。自分の敬愛する女性の為に、どんな障害や試練でさえも立ち向かう事のできる騎士なんだと。自分はK美さんの絶対なる信頼を寄せられた期待に、しっかりと確実に応える為、奪われた右手を握り返して、親睦会の会場へと向かった。
続く




