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第三十七話

自分は間違いなかったんだ…。K美さんを愛してたからこそ間違ってなかったんだ。だからすべてを綺麗にしたかったんだ…。


「私はK美…。君とは三つ違いなんだね?」


自分はまさかこんなに好きになるなんて思ってもなかった。年上の女性から呼ばれる君という言葉の響き…。初めて社会に出て、初めて知った女性の味…。今考えれば18才のガキんちょと、21才の甘えん坊の戯れ。


それはとても小さな広告代理店の中で起きた、自分にとっては大きな事件。野心溢れる社長は三十代後半のカリスマ。その下にいる家族想いの部長が三十代前半で穏健派。さらにその下には頼りがいのある先輩肌で二十代後半の課長。後はみんな気の良い普通の社員。やる気と根気さえあれば、来る者拒まず去る者追わずの会社だった。


本社は横浜の小さなビルの一階を借りており、支社は川崎の溝ノ口のあるアパートを借りていた。広告代理店といっても自分がいた所は大手と違い、小回りや融通がきかせて、人の二倍や三倍仕事するの当たり前。残業だってほとんど当直状態。だからこそ会社内での付き合いが多くなり、社員同士の交流を深めるための親睦会も毎週開かれていた。そんなある日、親睦会名義の飲み会でK美さんに自分は一目惚れしたんだ。


ドン!!


「社長はもっと部下を信頼してください!!」


突然、親睦会でコップをテーブルに叩きつける音と、女性の大声が鳴り響いた。それがK美さんだった。社員の中ではいわゆるできる女性で、適材適所で時には男性らしく交渉するかと思えば、女性らしさもしっかりと持ち合わせて対応したり、さらには社員同士の架け橋になる事もしばしばで、次期主任は間違いないともっぱらの噂だった。でも、本社に勤務している自分には噂を聞いてるばかりで、実際に会う機会が無かった。何故なら彼女はもっぱら川崎の溝ノ口支社で部長と一緒に働いており、殆ど本社とは電話やFAXくらいのやり取りだけだったからだ。


「そんな事はない。」


カリスマ社長は爽快に即答した。

K美さんは決して酔ってるわけでは無かった。どうやら常日頃、支社に対する本社からの冷遇には些か不満を募らせていたので、それでもまだ社長にはいい足りない様子を露わにしている。予算や人員の減少などが、直接的に支社の作業効率を低下させるだけではないらしい。


「K美くん、もうイイだろう…。」


社内一の穏健派である部長が、一生懸命その場の雰囲気を和やかにするため、K美さんを後ろから両肩に手を置いてなだめていた。しかし一度怒り肩を上げたK美さんは決して下ろそうとはせず、部長にさえ喰ってかかっている。


「私は部長を思ってこうやって直訴しているんです!部長だって常日頃言ってるじゃないですか!」

「分かったから、まずはとにかく今は落ち着いて。今夜は親睦会なんだし、楽しくみんなでのもうじゃないの。」

「私は納得いきません!こういった事なかれ主義的な体質が、私達の支社に対する冷遇を増長させるのは、目に見えてるじゃないですか!!」


再びテーブルにK美さんはグラスを叩きつけると、今度は周りにあったビールなどをこぼしてしまった。自分は即座に駆けつけて、片付けようとした。


「悪いな、ありがとう…。」


部長は少し困った表情で自分に語りかけてくれた。しかし当の本人は何も言わず、まだ社長に何かを言おうとしている。自分はテーブルの下でこぼれたビールを拭きながら、その様子を足下だけで伺っていた。


「いい加減にしないか!この会社の創立者は俺だ!会社の方針にいちいち口を出すんじゃない!」


社長の彼女に対する一言の叱責が、会場全体に重たい空気を降り注いだ。彼女の足下はようやくたじろいで、無言のまま部屋の外へ出てってしまった。仁王立ちしたままの社長の足下で、部長は少しおたおたした様子だった。


「ほっとけ…。」


再び社長が重たい空気を降り注いだ。自分は即座にテーブルの下から出ようと焦って、頭を思いっきりぶつけてしまい、大きな音を鳴り響かせてしまった。その瞬間、仁王立ちしていた社長も、あたふたしていた部長も、離れた場所で飲んでいた課長も、みんなこぞってテーブルの下を覗き込ん


「痛~。」

「おい、大丈夫か?」

「すみません、頭ぶつけちゃいました。」


頭を抱えながらテーブル下から出ると、何故か皆に笑われていた。良かった。どうやら雰囲気は和んだらしい。自分はビールを拭いた雑巾を絞りに、給湯室へそのまま向かった。


泣いている…。そこではしゃがんで泣いているK美さんの姿が、か弱く収められていた。


続く

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