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すべてを奪われた心優しい猟師の少年、天才上官に拾われて『白い死神』と呼ばれる最強の狙撃手になる  作者: 虹の箸


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哀しみの始まり

深い針葉樹林に、乾いた銃声が吸い込まれていく。

「……見事だ、レオン。お前には風の色さえ見えているようだな」

倒れた立派な角の雄鹿に静かに祈りを捧げながら、父は髭面の口元を誇らしげに綻ばせた。腕利きの猟師である父の背中を見て育ったレオンにとって、この森は庭であり、銃は体の一部だった。弾を込める指先の感覚、引き金を引く瞬間の静寂。しかし、彼自身は決して血を見るのが好きなわけではない。むやみに引き金を引くことはなく、命を奪うことへの重みと敬意を知る、心優しい15歳の少年だった。

「帰ろう、父さん。アリシアが川で魚を釣って待ってるはずだ」

村外れの清流。水しぶきを上げて無邪気に笑う幼馴染、アリシアの姿を思い浮かべ、レオンは猟銃を背負い直した。両親の温かい愛情、豊かな自然、そして大切な少女。レオンにとって、このささやかで完璧な世界が永遠に続くと信じて疑わなかった。

しかし、その日の夕暮れは、ひどく血なまぐさい赤色に染まっていた。


地鳴りのようなキャタピラの音が村を包み込んだのは、獲物の解体を終え、家路についた直後だった。

「逃げろ! 帝国軍だ!」

誰かの悲鳴は、無慈悲な爆発音に一瞬でかき消された。隣国の巨大な軍事国家による、宣戦布告なき蹂躙。

燃え盛る家屋、血だまりに沈む見慣れた村人たち。平和な村は数十分で地獄へと変貌した。レオンの目の前で、父は彼を庇って蜂の巣にされ、母は兵士たちに囲まれ蹂躙された末に息絶えた。

「レオン! 助けて、レオン!!」

軍用車両に引きずり込まれるアリシアの絶叫が響く。彼女の衣服は引き裂かれ、兵士たちの下劣な笑い声と彼女の絶望の悲鳴が、夜の闇に吸い込まれていく。

炎に包まれた村の片隅。吹き飛ばされた瓦礫の下敷きになり、身動き一つとれないレオンは、ただその光景を網膜に焼き付けることしかできなかった。血の涙を流し、爪が剥がれるほど地面を掻き毟りながら、心優しい少年はその日、死んだ。

残ったのは、冷たく黒い、復讐の炎だけだった。


「立て、クラウゼ! 貴様は案山子か!」

教官の怒声とともに、泥まみれのレオンが地面に叩きつけられた。

軍の志願兵訓練所。復讐を果たすために入隊したレオンだったが、対人用の格闘術や銃剣突撃の訓練では、常に最下位だった。生来の優しさがどうしても邪魔をする。目の前の「生きた人間」に向かって、躊躇いなく拳や刃を振り下ろすことができないのだ。

「使えん奴だ。次の射撃訓練が終わったら、前線ではなく炊事班へ回してやる」

しかし、続く実弾射撃訓練で、教官は言葉を失うことになる。

「……なんだ、あの的は」

距離800メートル。通常の歩兵用ライフルでは命中すら困難な、強風の吹く悪条件。

レオンはゆっくりと息を吐き、静かに引き金を引いた。

タァン!

一発。的のど真ん中。

しかし、教官の驚愕はそれだけでは終わらなかった。レオンの指は、まるで流れるような魔術の如くボルトアクションのライフルを操作した。

タァン、タン、タン、タン、タン!

手動のライフルとは思えない、自動小銃と見紛うほどの凄まじい連射。そして、その全弾が、800メートル先の標的の「ど真ん中、数センチの円」に寸分違わず撃ち込まれていた。弾痕が重なり、的の中心がぽっかりと抜け落ちている。

彼にとって、遠く離れた的は「人」ではない。単なる「標的」であり「記号」だった。スコープを覗き、息を止める一瞬だけ、彼は一切の感情を持たない死神になれた。


「ほう……こいつは傑作だ」

背後から聞こえたのは、教官の焦った声ではなく、ひどく楽しげな、しゃがれた声だった。

振り向くと、軍規違反ギリギリに襟元を開けた軍服姿で、無精髭を生やした男が立っていた。口元には太い葉巻が燻っている。

「ガ、ガルド大尉! なぜこのような末端の訓練所に!」

教官が慌てて敬礼する。ガルド・ヴァルガー大尉。上層部の命令を無視し独断専行を繰り返す“狂犬”でありながら、その神懸かった軍事的戦術眼で幾度も部隊を壊滅の危機から救ってきた、軍きっての異端にして天才。

ガルドは教官を無視してレオンに歩み寄り、その静かな顔を覗き込んだ。

「お前、肉弾戦だと人が殺せねぇんだってな?」

「……目の前に人がいると、手が震えます」

レオンは淡々と答えた。

「だが、スコープ越しなら呼吸をするように殺せる。そうだな?」

レオンの黒く冷たく沈んだ瞳を見て、ガルドはニヤリと肉食獣のように笑った。

「お前が欲しい。俺の部隊に来い、坊主。お前みたいな逸材に、泥まみれの突撃なんてさせるつもりはない」

ガルドは葉巻の煙を空に吐き出した。

「俺の描く『戦術(盤面)』と、お前のその『神の指』があれば、あのクソ忌々しい帝国の将校どもを、チェスの駒みたいに端から一つずつ消してやれる。……復讐、したいんだろ?」

その言葉に、レオンは入隊して初めて、生気のある瞳で顔を上げた。

「俺に旧式の銃(モシンナガン)をください。大尉」

ここから、破天荒な天才戦術家と、復讐に燃える伝説のスナイパーによる、始まる苛烈な戦争が幕を開けるのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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