第14話 市場を支配する天使
草原の丘の家から、街の門までは大人の足で歩いて約十五分。
だが、三歳児の短い足で歩かせると倍以上の時間がかかるし、途中で疲れてしまうだろう。
「ほら、乗れメリア。特等席だぞ」
「わぁい! たかいたかーい!」
俺はひょいっとメリアの脇に手を入れて持ち上げると、俺の大きな肩の上にポンと乗せ、肩車をした。
身長百九十センチ近い俺の肩の上は、メリアにとっては見晴らしの良い展望台のようなものだ。
メリアは俺の頭の髪の毛を小さな手でギュッと掴み、吹き抜ける草原の風を全身に受けてキャッキャとはしゃいでいる。
「落ちないようにしっかり掴まってろよ」
「うんっ! ぱぱ、おうまさんみたい!」
「おうまさんか。よし、じゃあ少しだけ走るぞ!」
俺は『身体強化』をほんの少しだけ使い、メリアが怖がらない程度の絶妙な速度と、全く揺れない完璧な体幹バランスで、丘を駆け下りた。
街の門をくぐり、王都の活気あふれる巨大な市場へと足を踏み入れる。
そこは、色とりどりのテントが立ち並び、新鮮な野菜や果物、香ばしく焼かれた肉の匂いが入り混じる、活気に満ちた空間だった。
商人たちの威勢の良い掛け声と、買い物客の喧騒が響き渡っている。
「いらっしゃい! 今日は新鮮な肉が入ってるよ!」
「そこのお兄さん、真っ赤なリンゴはどうだい!」
市場を歩き始めると、すれ違う街の人々や商人たちの視線が、次々と俺たちに集まってきた。
まあ、魔境を潜り抜けてきた俺の体格は、熊のようにゴツい。
誰が見ても「裏社会の用心棒」か「血の気の多い歴戦の傭兵」といった強面のおっさんだ。
だが、そんな恐ろしい「鬼神」のような大男の肩の上に――。
「わぁ……! おやちゃい、いっぱい! おはなもいっぱい!」
信じられないほど愛くるしい、青い髪をした天使のような幼女がちょこんと乗って、無邪気な笑顔でキラキラと目を輝かせているのだ。
「……ッ!!」
「な、なんだあのギャップは……!」
「あんな厳ついおっさんの肩に、あんな可愛い妖精さんみたいな子が……!?」
俺の強面と、天使のような笑顔のメリアの凄まじいギャップに、街の人々は一撃でメロメロになってしまったらしい。
道ゆく奥様方や、いかつい肉屋の親父も、足を止めて俺たちのほうを熱い視線で見つめている。
「こんにちはでしゅー!」
メリアが肩の上から、通りすがりのパン屋の女将さんに向かって、ペコリと頭を下げて元気に挨拶をした。
パン屋の女将さんは胸を押さえてその場にしゃがみ込みそうになり、慌てて立ち上がると、焼きたての甘いミルクパンを紙袋に入れて駆け寄ってきた。
「あ、あらあらあら! なんてお行儀が良くて可愛いお嬢ちゃんなの! これ、おばちゃんからのサービスだから食べてちょうだい!」
「えっ、悪いですよ女将さん。俺、まだ何も買ってないのに」
「いいのよお父さん! こんな可愛い天使ちゃんの笑顔を見せてもらったんだから、これくらいお安い御用よ! ほら、お嬢ちゃんどうぞ!」
「わぁっ! ありがとうございましゅ!」
メリアが両手でミルクパンを受け取り、満面の笑みでお礼を言うと、女将さんは「尊い……」と呟いて鼻血を出しそうな顔で戻っていった。
それだけでは終わらなかった。
「おいおっさん! そっちの嬢ちゃんに、うちの新鮮な甘いトマトを一つおまけしとくぜ! ほら、嬢ちゃん、いっぱい食べて大きくなりな!」
「このイチゴ、お嬢ちゃんに絶対似合うから持っていってー!」
八百屋の親父も、果物屋のお姉さんも、メリアと目が合うと次々とタダで食材をおまけしてくれたのだ。
「凄いなメリア……お前はパパの交渉スキルなんて遥かに凌駕する、この市場の最強の支配者かもしれないぞ」
「ぱぱ? しはいしゃ?」
「いや、こっちの話だ。みんな優しいな」
俺は両手いっぱいに抱えきれないほどの新鮮な食材をマジック・ポーチにホクホク顔で収納し、メリアのほっぺたを軽くつんつんと突いた。
そうして市場を隅々まで見て回り、必要なものをすべて買い揃えた俺たちは、夕日が空をオレンジ色に染め始める頃、丘の上の一軒家へと帰路についた。
家に帰り、買ってきたばかりの新鮮な野菜と、肉屋の親父が持たせてくれた極上の肉を使って、俺は腕によりをかけて夕食を作り始める。
メニューは、トマトと赤ワインでじっくり煮込んだ絶品のハンバーグと、シャキシャキの野菜スープだ。
「わぁーっ! お肉のおっきいお山だー!」
テーブルに並べられた湯気を立てるご馳走を見て、メリアは今日一番の歓声を上げた。
俺とメリアは向かい合って座り、手を合わせて、二人きりの温かい食卓を囲む。
「おいちい! お肉、じゅわってしゅる!」
「ははは、焦って喉に詰まらせるなよ。いっぱいあるからな」
ハンバーグを美味しそうに頬張るメリアの顔を見ながら、俺もスープをすする。
市場の人々の温かさに触れ、こうして愛娘と美味しいご飯を作って楽しむ。
血生臭い魔物の討伐も、理不尽な仲間の命令もない。ただ、穏やかに過ぎていくこの時間。
ああ、本当に。
あの時、雨の路地裏でこの子を拾って、俺は心の底から正解だったと思う。
これからの毎日が楽しみで仕方がないと、俺はメリアの笑顔を見ながら確信するのだった。
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