表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の監獄  作者: 杜 妃湖
48/59

要塞、或いは城壁

「すごい…」

綾子は聖マリアンナこども園の中を案内されて誰に言うともなく呟く。


白。とにかく白一色の壁に、大理石の床。

「綾子お姉ちゃん、こっち。こっちが礼拝堂よ」

と導かれて目にしたのは、磔刑に処されたイエス・キリストの像。その左には受胎告知。そして右には幼いキリストを抱く聖母マリアの宗教画。そして遥か上には両手を広げこちらを見据えるキリストのステンドグラス。

そして、黒壇の説教台には叶恵よりやや重厚な修道服に身を包んだ初老の女性が立っていた。


女性は綾子たちに気づくとニコリ、と微笑みかけこう言った。

「ようこそ。私達はあなた方を歓迎します。全ては主の御心のままに。私は叶恵の母、大村由紀子と申します。叶恵から全て聞いております。この子が幼い頃あなたは叶恵にとても優しくしてくれたそうですね。」

そこまで言うと由紀子は説教台から降りてきて、綾子に歩み寄る。

「綾子さん。あなたの優しさがこの子にとってどれだけの救いになったか…。感謝してもしきれません。私達がこの子を引き取ってから、いえ⸺引き取る以前からこの子はとても素直で優しく⸺それが子を授かることの出来なかった私にとってどれだけ救いになったか…」

由紀子は震える手で綾子の手をとる。


「お母様。綾子さん困っていらっしゃるわ。そんなに一度に言われても吃驚してしまうわよ。」と叶恵が言うと由紀子は顔を上げて「そうね」と短く答えたあと続けた。

「年を取るとどうしても感傷的になってしまうわね。綾子さん、そして後ろのあなた。ここには気が済むまでご滞在ください。全ては主のお導きのままに」

そう言うと「では、私はこれで。叶恵、あとのことは頼みましたよ」と礼拝堂から去っていった。


後ろのあなた、と言われた柊は少し狼狽えながら綾子を見る。

それに気づいた叶恵が「ごめんなさい、私てっきり綾子お姉ちゃんだけ来るのだと思って…お母様に柊さんのことお話してないの。あとでちゃんと説明するから」と頭を下げる。


綾子はふと視線を感じて礼拝堂の入り口を見ると、そこには2.3人の子どもたちが興味深げに綾子たちを見ていた。年の頃は、10歳程度であろうか。


「こら、お前たち。」洋平が軽く窘めるように子どもたちのもとへ向かう。「就寝時間は何時だった?ん?」

「20時です、洋平お兄ちゃん」その中の一人がおずおずと答える。

洋平はその子どもの頭を優しく撫でると「そうだ、で今は何時かな?」と問いかける。

礼拝堂の入り口にかけられた時計は19:45ちょっと過ぎを指していた。

「ごめんなさい、洋平お兄ちゃん。すぐに着替えてベッドに入ります」とその子が言うと洋平は

「よろしい。素直な子のことを、主は見ておられるよ。おやすみ」と子どもたちを送り出した。


「綾子お姉ちゃん。」叶恵が綾子の名を呼ぶ。

「わたし、ピアノを習わせてもらえたの。だけどお父様とお母様の力になりたくて⸺こうして今はシスター見習いをしてるの。それに、ピアノを習わせてもらえたおかげで賛美歌の伴奏は一通りできるし」と照れ臭そうに笑った。

「でね」とさらに叶恵は続ける。

「洋平は、私のフィアンセなの。私がシスター見習いを始めたと聞いて自らここにやってきてくれたのよ。」


洋平に視線を送ると照れ臭そうに笑っている。

「叶恵はおっちょこちょいだからな。俺がいてやらないと」と洋平が言うと叶恵は頬を膨らまし、「そういう一言が余計なのよ」と少し照れたように睨む。


(そうか…二人とも幸せなのね…)

綾子は微笑みながら思う。

(何もかも変わってしまったとおもったけれど…変わらないものもきちんとあるんだわ)

そんな綾子を柊は黙って見つめていた。



一方、関越道を降りた隆弘はかつてのこども園を目指していた。下道を猛スピードで走り抜けて行く。

と、信号無視のバイクがぶつかりそうになり、すんでのところで止まった。バイクは転倒。乗っていた若者は隆弘の車に歩み寄り「おい、出てこいよ」と凄んでいる。

隆弘は車から降りると若者を見据え、

「何か?」と一言だけ答える。

若者はカッとなって隆弘の胸ぐらを掴むと、一気にまくし立てる。

「何か?じゃねえよおっさん。何バカみたいな速度出してんだ!あ~痛え、転んだときに打ったみたいだ。痛え〜。おっさん、分かってるよな。大事にしたくなければ…」

そこまで言うと隆弘はふぅ、とため息をついて一言。

「離してくれないか?」

若者は今にも殴り掛からん勢いで、「てめえ!!穏便に済ませてやろうとしてるのに何だその態度…は…」

尻切れトンボのように小さくなる声。若者の首筋にはアルミ合金の警棒が添えられていた。

「生憎と、君のような羽虫に構っている暇は無いんだよ。もう一度だけ言う。その手を離せ。」

冷たく黒光りする警棒を見て怯んだ若者が反射的に手を離すと隆弘は再び車に乗り込み、夜の道を疾走していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ