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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
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好機/亀裂

柊はその夜、自室で調べものをしていた。

先日長谷川が来訪したときに片付けた部屋は、またもとの通り散らかっている。

苦手なものは苦手なのだ。


パソコンで衛生地図を見る。

聖マリアンナこども園。それはG県の山間の片田舎にひっそりと建っていた。

そのまま衛生地図をナビモードにする。

赤い線がすうっと走り、ルートを示す。

(最短で3時間とちょっとか…)

行けない距離ではない。


そう考えていたとき、綾子との専用端末が鳴った。

ほぼ脊髄反射的に端末を手に取る。

メッセージを読む。

そこに書かれていることがにわかに受け入れ難く、今度はめがねを外して読む。

更には指でなぞる。


何をしてもメッセージの内容は変わることがなかった、

「主人が入院しました。暫くは会えません。ごめんなさい」

(入院…これはもしかしたら…)

そう思うと柊は手早く返事を返し、立ち上がり身支度を整えた。返信は未だない、がどうしても伝えたい。

それに行く道すがら返事があるかもしれない。

そして愛車⸺モノが溢れるそれは自室とそう変わらない⸺に乗り込むと、一路、綾子を降ろしたコンビニへと車を走らせた。


ふと綾子が目を覚ましたのは日付が変わる頃。

握りしめたままの柊との専用端末に通知が来ている。

ぼんやりとした頭でメッセージを読む。

それは19時ごろ送られていた。

「綾子さん、急ぎの話があります。今から会えませんか?先日のコンビニでお待ちしてます」


綾子は吃驚して急ぎ返事を返す。

「ごめんなさい、寝てしまっていました。せっかく来てくださったのに本当にごめんなさい」

すると間髪入れず返事が返ってくる。

「まだいます」


綾子は厚手のカーディガンを引っ張り出すとそれを羽織り、夜の闇の中を走っていった。


「…ッごめんなさい…!!私…疲れて眠ってしまって…相当待たせましたよね…」

息を切らして走ってきた綾子を見て柊はホッとした顔を見せる。

「いえ」と短く言うと助手席のドアを開け「冷えますから、どうぞ」と入るように促す。


「ごめんなさい…わたし、本当に…気づかなくて…」しきりに謝る綾子に柊は優しく答える。

「いや、俺の方こそ…思いつきで飛び出してきただけなんで。むしろこんな時間に来てくださったことがありがたいです。」


そして綾子の手を取るとこう告げた。

「綾子さん。俺と聖マリアンナこども園に行ってみませんか。」


しばしの静寂。

キョトンとした綾子に柊は続ける。

「あの人が⸺ご主人がいない今が好機です。あなたを探るちょっとした旅です。俺、調べたんです。ここから高速で3時間とちょっと。俺の方は2日くらいならなんとか有給も使えますし、それに」

そこまで話すと柊は綾子の様子がおかしいことに気がついた。俯いて、震えている。みるみるうちに目に溜まる涙。

「綾子さ⸺」

次の瞬間だった。

パシッという乾いた音が車内に響く。


柊は一瞬何が起きたのかわからなかったがすぐに自分の頬に走る痛みに気がついた。


「あなたは…何を言っているの…?」

綾子が涙をボロボロと溢しながら静かに口を開く。

「あの人が⸺弱りきってる今がチャンス?馬鹿にしないで!私、私は…っ、あんなに弱ったあの人を見捨ててまで自分を探ろうなんて思えない!!あなたにとってあの人がどんな人物に見えたとしても、私にとっては唯一の⸺大切な…大切な人なの…!」

綾子の眼差しはキッと柊を睨みつけている。

とめどなく溢れる涙。


「綾子さん…俺…」

柊がやっとのことで声を絞り出すと綾子はハッと我に返り、

「ごめんなさい…何も手を上げることじゃなかったわ…でも、もう今夜は…あなたとお話する気になれない」

ガチャリ、とドアを開けると綾子は「ごめんなさい…」そう呟いてハンカチを取り出した。

「濡らして、当てておくといいわ…本当にごめんなさい…」そう言って走り去っていった。


コンビニの薄明かりの漏れる深夜、柊はただ呆然とその後ろ姿を眺めていることしかできなかった。



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