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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
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炎の記憶

「ここまで来たら、私、引き下がるつもりはない。」


そう言ってじっと柊を見据える綾子。

「わかってます」柊は答える。

「だからあなたはここに来た。あの人⸺旦那さんに気づかれているかも知れないことを承知の上で。」

コクリ、と綾子が頷く。その目には迷いなど一切ない。


柊は手袋を外し、差し出されたその手にそっと手を乗せる。歪む景色。

気がつくと柊は燃え盛る炎の中に立っていた。

一瞬吃驚したが、すぐにその炎が熱くないことに気づく。めらめらと燃え上がる炎はまるでイミテーションのように、ただ静かにその熱を消していた。


「ようこそ。また来たのね」

幼い姿をした綾子が炎の影から出てきた。

「ちなみに綾子ならいないわよ。今日は私だけ。」とその小さな手を広げ指をフッと吹く。

小さな小さな爪には、綾子と同じ色のネイルが塗られていた。


(来たよ。俺は、そして綾子さんはどうしても君が隠してる過去を見たい。一つ、質問に答えてくれるか?)


柊は心の中で幼い綾子に語りかける。

「なぁに?退屈な質問なら帰ってもらうわよ。私だって綾子を消耗させたくないんだから。」


柊には目も向けずその小さな爪に塗られたネイルを見つめながら幼い綾子が答える。


柊は意を決すると、

(綾子さんを護ろうとする君も、彼女の一部なんだろう?そしてそれは彼女が夢遊病を発症した3年前じゃなく、ずっとずっと昔から⸺おそらくは今の綾子さんが君の姿をしていた頃から、彼女の中にいた。違うかい?)

そう告げる。


自分の爪から目を離して、幼い綾子がじっと柊を見据える。ほんの10秒程度⸺だがとてつもなく永く感じる時間。柊もまた幼い綾子を見つめ返す。


と、幼い綾子が突然「きゃははっ」と笑い声をあげた。

「そうよ。わたしは綾子が5歳の頃からここにいる。この子の心が壊れてしまわないために。綾子が何をしているときもずっと、ずっと一緒にいたわ。ずっと⸺」

幼女の綾子が遠い目をする。


そして再び柊の方に向き直ると「ねえ、前にあなたにあげたヒントは調べたの?」と柊に詰め寄る。


(調べた。崎山こども園、今は聖マリアンナこども園として存在しているね。ここから随分遠いG県に。27年前の火事もG県の地方紙をwebで調べた。橘部品工場、小さな工場の全焼火災の記事を見つけたよ。綾子さんの⸺つまり君のご両親はその火災で⸺亡くなっているね?)


「そうよ。」

幼い綾子が短く答える。

「パパもママも、私を置いて行ってしまったの。」

寂しそうに微笑むと幼い綾子はパチン、と指を鳴らした。


「今日はここまでよ。戻って。これ以上は綾子が消耗しちゃう。」そしてひらひらと手を振ると

「蓋が1枚剥がれたわ。お願い、綾子のそばにいてあげてね。」そう言って、燃え盛る炎の影に消えていった。


目の前の景色が元に戻る。喧騒。パスタやピザの香り。

戻ってきたか、と思い綾子を見ると、綾子は顔を真っ青にして息を荒くしている。

「綾子さん」

そう声をかけたが、綾子は虚ろな目をして「そう、そうだわ…パパもママもあの火事で…死んだ…」とうわ言のように呟く。

「綾子さん、しっかりしてください。今あなたの前にいる俺は誰ですか?」

その声に綾子は「柊さん…わたし…」とか細く呟いた。

「落ち着いて。以前も言いました。大切なのはあなたが今ここで生きていること。違いますか?」

そこまで言うとやっと綾子の目の焦点が合う。

「わたし…わたしは…生きているのよね…?」

先程まで柊の手が重ねられていた自分の手を見つめながら震える声でひとつ、ひとつ確かめるように言葉を紡ぐ。

柊はホッとして、「帰りましょう。今日はここが限界だ。あなたも消耗している。そして俺も。あとのことは俺が調べます。」


先程コーラを注いだグラスが、カラン、と音を立てた。

それにハッとしたかのように綾子はピクッと体を震わせると「分かりました。帰りましょう。」そう言って席を立った。


カバンの中で口紅や柊との専用端末とともにしまいこまれた家の鍵⸺黒猫のキーホルダーがカチャリ、と音を立てた。


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