登山
グランオニオンの冒険者ギルドの訓練所で、布の服に木剣を装備した俺は気合いを入れて魔力を高めた。
「スキル・エッジラッシュっ!」
連打技だっ。突進してきた訓練用のトレーニングゴーレム6体を次々と打ち据えてブッ壊してやった!
「よ~しっ、習得できたんじゃないの?」
一息ついた俺は少し離れたコートでトレーニングゴーレム2体と対峙した、布の服と木短剣を装備しているマミの様子を見た。
「スキル・ファストビーっ!」
マミは魔法を使わずに加速して、襲い掛かってきたトレーニングゴーレム2体の立て続けに突いて駆け抜けた! 機能停止して倒れてゆくトレーニングゴーレム2体っ。
2体とも胸の中央からやや左に印されたマークに一定以上の衝撃をピンポイントで受けると停止する設定にされている。
「ふっふっふっ、スキル完成なんよっ!」
得意の片手の掌で木短剣を回転させるポーズを取るマミ。あっちも上手くいっているな。
「おーい、マミ~。いい感じだな! 午後のスキル認定試験揃って合格しようぜっ」
「勿論です! というかテツオ、昼、食堂で何食べます?」
「ん~、ここはガッツリ! 衣で揚げた系かなぁ」
「いいですねぇ!」
俺達はナリテェ郷のレイス騒動の後、郷を間接的に治める領主から48万ゼム(!)もギャラが払い込まれていたっ。大金だぁ~。
さらに俺は銅の剣が折れてしまったので逮捕されたゴロツキから没収された鉄の剣-1もギルド経由で『特別手当て』として支給されていた!
粗悪品で手入れも必要だったが鉄製だ。銅の剣より強力っ。
しかし俺もマミも、レイスとブラックドッグとの戦闘や焼け出されたお陰で装備やポーチに入れて持ち込んだ道具類を結構損耗、消費していて補修や補充なんかに結構掛かり、差し引くと26万ゼムになっちまった・・
山分けすると13万ずつだ。
レベル認定が変わった最初のクエストで微妙に地力不足を感じた俺とマミはこれまでのように『好みの装備』に注ぎ込むのではなく(この件、酒場で2時間は話し合った!)、それぞれ5万ゼム支払ってギルドの訓練所で新しいスキルを覚えることになった、てワケだ。
マミには正直、現状使えない『回復魔法』の魔法を覚えてほしかったがまぁそこはしょうがない。あんま言うと、イ~ッてなるからな・・
ともかく、昼食に揚げ物の定食を食べた俺とマミは午後の試験でサクっとエッジラッシュとファストビーの習得をギルドに認定された。
素行の評価に難のある俺達だが、レベル10台前半の冒険者の中での実力者とギルドも認めざるを得ないところだろう! ふふふっ。
で、3日後、俺とマミはグランオニオン北のトロテ山に来てきていた。
「はぁはぁ、テツオ。休憩しましょうか」
「またか? 荷物、ゴーレムが持ってるだろ?」
俺達は一定間隔で魔除けの石の置かれた古びた登山道を延々登っていた。
マミの荷物はマミが召喚したスモールゴーレムが担いで後ろからついてきている。
「私が針使いであると共に魔法使いであることを忘れないで下さい」
「わかったよ、そうだな・・」
俺は登山道のマップを確認した。
装備の補修と補充、新スキル獲得の住んだ俺達はヨイヨイさんから紹介で、『トロテ山の東面の管理用登山道の1つの点検をする』クエストを受注して来ていた。
通常の往来、観光用のルートは別にあるがそれ以外のエリアも定期的に調査調整する必要がある。今回俺達が担当したルートもその目的で通された物だ。
このルートは他の2つの管理用ルートに挟まれているのと10年前の大雨で近くで土砂崩れがあった以外は大きな変化がなかった為に放置気味で、ルートの劣化が近年問題になっていた。
それでトロテ山を共同管理している周辺領主達と、関連の商会や宗教関係者なんかが費用を出して全面補修が決まり、その前の事前調査と応急補修、ルート周辺の目立つモンスターの駆逐が行われることになりクエストが発注された。
登山道脇まで魔除けが少し拡張された平たいスペースで休憩を取る。
マミはポーションを飲んだり、スモールゴーレムに魔力を充填したり、魔法石の欠片で自分の魔力を回復させたり、酸欠対策で皮袋に気泡の魔法で濃いめの空気を詰めたり、日焼け止めを改めて塗りたくったり、干しプラムの塩漬けを口に入れたり、日射しと気温の低下対策に早くもフード付きマントを取りだしたり、少しでも座り心地のいい場所を探した挙げ句強烈な日射しと地面の小石の不快さに「好き好んで山に登る人達の気が知れんのよっ! イ~ッ!!」とブチキレていたりして忙しそうだった。
余計なことは言わなかったが、クィックの魔法使ってないのに倍速で動いてるみたいで中々の見物だったぜ。
それから俺達は登山道の崩れかけてる箇所や、植物避けの護りの劣化は破損で植物の浸食のある箇所をチェックしたり、魔除けの不全箇所に持ち込んだ魔除けの杭を打ち込んで応急処置をしておいたり、登山道内に入り込んでるモンスターの始末をしながらグングンと山を登っていった。
出現したモンスターは、土属性の『ブラウンスライム』、刃のような尾羽根を持つ『ブレイドテイル』、触手と本体に無数のトゲを持つ『スパイクプラント』の3種。
スライムはともかく、素早く飛び回るブレイドテイルや接近し辛いスパイクプラントは超近接突進タイプのマミと相性が悪い。
どうするのかと思っていたらブレイドテイルは器用に見切って刺しまくり、スパイクプラントは普通にファイアボールの魔法を連発して仕止めていた。
「そこは魔法使うんだな」
と俺が軽くツッコむと、
「はぁ? 燃すか燃さないかは心の問題ですよね? こんな延々傾斜で空気薄い、足腰ドゥルンドゥルンな場所であんなトゲまみれのヤツ相手にしませんよっ? 大体なんです? あの針の数! 針は1人1本だから尊いんよっ! あんなやたらめったらふしだらな! 生存戦略の主旨が一切噛み合わないっ。見てるとゾワゾワするから無理なんよーっ!!」
と、想定の5倍くらいの文字数で反論されたりした・・
なんだかんだで夕方、ようやく山頂近い目的の管理小屋にたどり着いた。早朝麓の郷を出発したから中々の実働時間だ。
ここまで来ると俺もフード付きマントを着込んで、妙に香ばしい匂いのする(マミが『美味しそう』と選んだヤツ)日焼け止めを肌の露出した所に念入り塗っていた。
「マミ、休めるぜ?」
「スコーっ、スコーっ・・」
返事代わりに濃い空気を詰めた皮袋を吸う青い顔のマミ。限界だな。ここまでにポーションを4本も空けてたから、ちょっとポーション中毒もあるかもしれない。水でも飲ませて休ませた方がいいだろう。と、
「随分掛かったな」
管理小屋から50代くらいの黒い肌のガッシリした体型の男が、右足を軽く引き摺って出てきた。
「トロテ山東面の管理人をしているエイサム・アーンデァだ。エイサムでいい。まずは中へ、お連れさんはとにかくクールダウンしないとな」
俺達は素直に従うことにした。
マミは長椅子に寝かされ、水を張り少し氷も入れた2つの桶に裸足で片足ずつ入れ、額に吊り具で吊るした氷嚢を当て、首の後ろにも小さな氷嚢を布で巻いて当て、左手に空気の皮袋、右手に麦の茎ストローを差した塩水と砂糖水を加えた氷水の入ったマグカップを持って交互に口に運んでいた。
氷のストックは管理小屋にもあったが、マミがフリーズの魔法で拡充させてる。そんなことは後でいいとエイサムさんは言ったが、マミは初見でお荷物な印象を持たれるのが嫌だったようだ。
「登山道はそれなりに荒れていましたが、モンスターの脅威はさほどではなかったですね」
俺は塩水入りだが甘いアイスジンジャーティーをもらっていた。安い葉だが実用本位で好きな味だ。
「ああ、まず餌も少ないし、麓近い方がむしろモンスターの脅威は大きいだろうね」
俺達が作った資料を見ているエイサムさん。
「君達は明日は内側の安全地帯を見るんだね」
内側、というのは東面の端から見て『内』という意味だろう。
複数本ある管理用ルートの間には魔除けの安全地帯が点在している。俺達は今日登ったルート側にある13箇所の魔除けの安全地帯を優先して見ることになっていた。
10年前の土砂崩れの影響で、どちらかというと内側の方が諸々の設備の劣化が激しいという話だった。
土砂崩れに完全に巻き込まれて後に復旧した設備はむしろ頑強とも聞いていたが、それ以外はかなりキているはずだ。
「はい、今は土砂崩れの影響」
資料だけではわからない、地形のコンディションを聞こうと思っていると、管理小屋に近付いてくる1人の気配を感じた。特に潜んではいない。
俺は一応、近くに立て掛けていた鉄の剣-1の柄を掴んで取った。
「誰か来ますね」
「ああ、下手くそな歩き方だ。私の後釜を狙ってる小僧だよ」
「後釜・・」
確かにクエスト資料に、管理人の交代に関し山の管理協会と齟齬有り、とは記載があった。
程無く、小屋のドアがノックされた。
「すいません! ネリ・グッドダッグですっ! エイサムさんっ、お話しを!」
「入れ」
エイサムさんが硬い調子で言うと、ドアが開けられた。外はもうすっかり夜になっていた。
入ってきたのは俺と同じ十代後半くらいの若者だった。一応武装はしているが基本的には登山装備をしている。
「この時間なら近くの小屋に追い払われないとでも思ったか? 姑息だな」
「違います! 冒険者が今日来ると聞いて、山の北面の作業補助を抜けさせてもらって慌てて駆け付けたんですよっ?」
「作業を抜けることはない。見習いなんだろ?」
「理屈はそうですね! ですが、エイサムさんっ、貴方は冒険者の調査に乗じてまた『喰らい谷』に挑むつもりでしょうっ? 行かせませんよっ?! そんな足で!」
「私の体のことは私が一番よくわかっているっ!!」
激昂するエイサムさんっ。俺は剣を置いて、慌てて間に入った。
「待った待った! なんな話ですか? クエストには何も記載がなかったようだが?」
俺はエイサムさんとネリという若者、どちらにでもなく聞いた。
「トラブルですかぁ? ワケありなら、話してもらいますよ? 明らかに私達の仕事に絡んできてますからねぇ?」
いくぶん顔色は良くなったが、大儀そうに身体を起こすマミ。
「・・わかった。食事の後に話そうと思っていたが、話そう。私はこれを東面管理人としての最後の仕事にするつもりだったんだ」
エイサムさんはとつとつと、話し出した。