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食堂娘の神様革命  作者: 春樹
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茶葉

 


 真剣な表情をしながら、制服の裾が汚れないようにしつつ一生懸命に取り組む姿は誰がみても好ましいだろう。

「なんかタンポポに似てる……」と呟いている声が聞こえて、私も懐かしいあの太陽のような花を思い出す。

 昔、お母さんに花冠を作ってもらった思い出がある。


「花冠を作るにはそれ、棘があるから難しいよ」

「え!?あ、ほんとだ……痛そう」


 私が敬語を辞めたからには、当然そちらも辞めてくれと言ったらこれまた嬉しそうに頬を赤らめながら分かったと大きく頷いた。

 今も前も妹はいなかったけれど、妹がいたらこんな感じなのかしら…。


「でも、その花を干して乾燥させて飲むお茶は美味しいらしくて美容にも良いんだって」

「そんなの講義で言ってた?」

「ほらここ、図書館あるでしょ?卒業した後、本なんて高価なもの読めないだろうから今のうちにと思って手当たり次第に読んでるの」


 ぷつり、と棘を避けながら採取した花をケースに入れる。

 大体8割ほど埋まってきたし、遠い所から順に戻るようにして採取しているのでもう間もなく終わる。

 意外と広い範疇で、今回たまたま効率よく回れているが、他の生徒たちは流石に苦戦しているのか偶にすれ違う人のケースを見ても半数位しか埋まっていなかった。


 聖女に気付いた人がふらふらと寄ってきて話しかけようとするも埋まったこちらのケースを見て悔しそうにしながら、下級市民に教えを乞うのは嫌なのか走り去っていくのを何度も見た。

 聖女様は聖女様でそれに気づいているのかいないのか、頑張ろうねーと穏やかに手を振っている。

 いつもこんな感じなんだろうか。


「全然詳しくないんだけれど、食べられるものとかあったり、料理に使えたらいいなって」

「料理……」

「学校の料理は、まあ割と食べられるけれど地元の食材はここよりやっぱり味が落ちるから」


 料理と聞いた瞬間に強張った顔をした彼女の様子に食事が口に合ってないかったんじゃないかと思っていたのは間違いじゃなさそう。


「口に合わなかった?」

「いただいている立場で……そんな我儘を言ってはいけないんだと思うんだけれど……」


 すこし、と苦笑した様子に後ろに立っていたエンヴィーが珍しく口を出す。


「美味しいとおっしゃっていたので、お口に合っているとばかり……気付かずに申し訳ありませんでした」

「違うんです!けして美味しくなかったわけではなくて……食べ馴染んだものと違うだけで……」

「いいえ、それを言っていただけない状況を作ってしまっているのは私たちです。どうか遠慮なくご希望をおっしゃってください」


 遠慮をしようとして首を振る彼女に、強く首を振って彼は「まずはお口に合いそうだったものから教えてください。私から伝えますから」とほんのわずかに口角を上げてほほ笑んだ。

 普段真顔の人間がほんの少し笑うだけで、こんなにも雰囲気が変わるのか。

 元の顔が良い分、それだけで緊張感が一気に和らいだ。


「ぜ、ゼリーとか……」

「”ぜりー”?」

「ぷるぷるした、あの……透明な」

「”ヴーロン”のことじゃない?果物の蜜を掛けて食べる」


 彼女に料理人たちも料理名伝えているのかもしれないが、あれやこれに似ているとは言えても知ったばかりの料理名はすぐには出てこないのは当たり前だ。しかもその例えも相手には伝わらないのがまたもどかしい。


 ゼラチンや寒天の類で固めたそれと似た食べ物であればこちらの世界ではヴーロンと呼ばれる。

 製造方法も異なるが、無色透明なつるりとしたほんの少し甘みのあるそれはゼリーの感触とよく似ていた。


 こちらの世界ではヴーとよばれるライチのような見た目の植物の実の果汁を絞り、レモンのような酸味の強い果汁を混ぜてやると不思議と固まり、柔らかな状態となる。それがヴーロンだ。

 酸味の果汁の多さを増すとその分強く固まるため、好みに合わせて製造方法を変えるのが一般的で、下級市民の家庭料理でも普通に出てくる。


「甘味がお好きですか?」

「甘味も好きなんですけれど、あれぐらいさっぱりしたものの方が好きです」


 そういって彼女が順番に上げるのは果物だったり、サラダだったりとシンプルなものばかり。

 恐らく、エンヴィーはそれを聞いて味の薄いものが好きとか考えているかもしれないが、それはややずれている可能性がある。

 でも、この様子だと次から彼は彼女の食事の様子をよく見て観察するだろう。


「最後の植物、あれですね」


 少し湿気た、苔の広がった場所にとても細い糸のような軸を持った白い花の群生が、太陽の光を反射して眩しい。

 ほんの少し触れただけであっさり潰れてしまいそうな小さな花は、寄り集まって咲くことでその存在感を増している。


「可愛い……これも薬草なんですね」

「私が住む町の近くの森にもたくさん生えてたよ。結構どこでもあるのかもね」


 ナイフを使うまでもない花は、素手のまま力をいれるまでもなくあっさりと苔の間から引き抜くことができた。

 いくつか抜いてケースにしまうと、薬草だと言われていなかったら綺麗なお花のケースみたいだ。


「貴女のおかげであっという間に収集終わってしまったね」

「たまたま覚えていただけだから、次同じことあっても期待しないでね」

「じゃあ次ある時は、恩返しができるようにしておかなくちゃ」


 はたと、彼女が立ち止まり驚いた顔をして「私名前聞いてなかった!」と言ってきたので名前を教えると、ユラさんと呼ばれてむず痒い思いになる。

 多分、年齢は私の方が上なんだろうけれど、この世界で立場的に上だろう彼女に言われると周りに人がいる時にはなるべく呼ばれたくない。

 たった数時間の間で随分懐かれたものだ。でも不思議と嫌悪感はない。


 提出したら終わりだからと戻り、滞りなく無事に提出が終わったのであとはお別れってだけの時にあまりに彼女が寂しそうな顔をするもんだから……思わず同情心というか、姉心のようなものが湧いたのかもしれない。


「あの……」

「?なんだ」


 多分彼女に直接渡したところで、彼が警戒するだろうから彼に渡すことにした。

 小さな両端を縛っただけの、キャンディのような包みをいくつか手のひらに置いて、彼に差し出す。


「大したものではないんですけれど、薬草で作った茶葉です。よかったらお二人で」


 この学校で学ぶ前から、この茶葉は個人的に作っていたものだ。

 決してうちの食堂やルオンの店で売られているものではなく、この世界の人間にはおそらくなじみのない味になる。

 私がこれを作れたのも、いくつか試してみた中でたまたま見つけたものだった。


「香りだけでも楽しめるんじゃないかなって思うの。今日採取した薬草をいくつか合わせて、蒸したあと乾煎りしたもので、そのままお湯を注いで色と香りが出たら召し上がってもらったら」


 エンヴィーの方を見て、受け取っていいかと伺う顔に喜色と期待が滲んで、彼も駄目だとは言えなかったのだろう、割と素直に受け取ってもらえた。

 大したものではないけれど、もし本当に彼女が日本から来ているなら喜んでくれるかもしれない。


 そういえば彼女の”名前”、聞かず終いだったが、まぁいいだろう。

 どうか、これからもこの世界に翻弄されるだろう彼女の気休めになればいい。


 どこか日本茶に似た、あの懐かしい甘い茶葉の香りに笑ってくれたらと思うぐらいには聖女革命に感謝しているのだ。





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