ルオン
「時価金貨五十枚は越えてるよそれ」
「げ」
「すごぉい、本物見たの初めて」
先日の講義でアランから貰った花の実、実というかもはや宝石のそれをルオンに見せて相場が分かるかと聞くと、しばらくそれを睨みつけた後、それがなんなのか分かったらしく目を輝かせて見せた。
花から宝石が取れることは知っていたらしいが、かなり貴重なものらしく、滅多に市場に出回らないらしい。彼女の実家の卸業は食品などに限らず、服飾類も取扱いされているため分かるかと思ったのだが。
「小粒のものでも金貨は越えるから、厳密な金額ってわかんないんだけれどね」
「そもそも商品で売り出してるの?」
「私たちの町ではまずないね。エーテルを扱える地域にしか咲いてない花からしか取れないもので、それが宝飾として使うにしても、装備として使うにしても都内でしかまず市場にあがってこないし」
花以外なら山中の洞窟から取れる鉱石にもエーテルが含まれていたりするのでないことはないらしいが、それもうちの地域ではまず取れないので、他の市内からの搬入品がほとんどらしい。
それでも小粒だ。大粒のものを回収できるところは権力者がその地域を囲って他の人間が入れなくしている状態のため、採取するのも買うのも限られた人間というわけだ。
ま、不正なことはどこでもあるらしいから、市場に出回っているものは雑多らしいけれど。
「それで、結婚するの?」
「しないよ!?」
ルオンがじっくりとそれをみて紅潮させた頬のままとんでもないことを言ってきた。
なんだそれは。
「上級の人たちはまず特定の人にしかプロポーズしないって聞いたんだけど。過去にも先生が生徒を嫁に取ったって話もあったあらしいし。まぁ私たちの地域と違って、愛人やら稚児趣味とかまぁ色々あるから」
「先生は花にしか興味なかったみたいよ……」
「あら残念」
やめろその考え方。いったいいつ時代だ、と言いたくなったがその世界ではまだまだ現役だ。
思えば日本はそうじゃなかったってだけで、国外ではまだまだ一夫多妻なんてのもあったもんなと冷や汗をかいた。
それにしたって、こんな高級なものをほいほい上げるなんてやっぱり私たちと金銭感覚違うから、勉強しなきゃと落とさないように私に返してきたルオンは溜息をつく。
想像以上の階級社会の格差に、ここ最近ちょっと悩んでいるらしい。
のし上がるためには知識が必要だと、ここのところ特に熱心に調べているのは各階級ごとのマナーであったり、常識だったりだ。
下級市民が使っているものに一部の中級市民や、上級市民は当然そもそも興味も持っていない。
勿論、彼女が目指す仕事を下級市民の町に絞ればいいのだが、それではいけないという。
「よくユラが言ってたでしょ、使わなくても知識は知っているだけで大事だって。それが最近よくわかる。仲良くしてくれる中級市民の子たちも、たまに会話がかみ合わないのね。これってお互いの常識が少し違ってるのが原因なことが多くて、それを埋めるためにはまずお互いがお互いを知る必要があるのよ。でも上の人たちって、別に知る必要はないって考えてるからこっちが知るしかない」
「うん」
「例えば私たちだと、自分達家族だけでは生きていけないから必ず何かあったら皆町を挙げて集まるけれど、あの子たちはそれが分からない。自分たちである程度のことが解決できるからなのね……」
例えばこの世界には四季はなく、言うならば二季だ。
春か冬か。春は程よく過ごしやすいが、その半分は自分たちの身長を越えるほどの雪が積もる。
そうなると家からでるのも一苦労で、雪かきから始まるのだが、まずたやすくはない。積雪のせいで人が無くなるなんていうのはどこかしらで聞いている。
いままで知らなかったからあまり気にならなかったのに、知れば知るほど悔しくなっちゃうと笑うルオンに私も苦笑するしかなった。
中級の地域になるとそもそもエーテル機がそれをある程度解決してくれるらしい。
積雪を自動的に溶かしたり、そもそもその地域の全て一帯を温めて雪が降らないようにすることも可能らしい。
規模が違う、とそれを聞いた時には二人で呆然とした。
ふいに窓の外をみると、白い鐘塔が見える。夜だというのに柱はほんのりと白く発光し、周りを明るく照らしていた。まるで月みたいだ。
一昨日までは夜になるとで歩けないほど外は真っ暗だったというのに、あれのおかげで生徒たちはこの時間でも外に出てそれを眺めに出ている。
「この時間にあんなにも明るいなんてすごいよね。今回の騒ぎはエーテルが良くわかんない私でも世界的に凄いことが起こったってわかるもん」
私が向けている視線を追って、ルオンも窓に近づいて塔を見上げた。
「聖女様が来ただけでこんなに世界って変わるんだね」
否定もすることが出来ず、かといってルオンに嘘もつきたくないから肯定も出来なくて空笑いで済ませた。
あの日のあの後、学校全体が騒然としており、誰もがざわめき続けて一日が経っていた。
あの後、弾けんばかりの光に包まれて、時間を知らせる時間でもないのに鐘が鳴り響いた。
しかも聞いたことのない鐘の音。それがすべての世界で鳴り響いたのだ。
抱きしめていたあの子は、私からの力が無事に渡ったのだとすぐに分かった。成長して、成人近くの見た目に変わっている。
女性とも男性とも分からないほどの美しい姿をしたそれは、とろけんばかりの金色の目を薄めて、私を力強く抱きしめてきた。
細い腕なのに、今度は簡単に私が包まれてしまった。
『なんという僥倖……』
欲しいだけ、好きなだけ持って行ってと出したつもりだったのだが、疲れなどがないため、それだけで足りるのかと抱きしめてきた背に手を当てて言うと、初めてくつくつと笑いだした。
『なんて方だ…そんなことをおっしゃっては私たちは際限なく甘えたくなりましょうて』
泣いていたのだろう、目じりに僅かなしずくを残してほほ笑んだまま私の額にその額を当てて、また笑う。
両手で私の頬を包みながら、また『僥倖』とだけ呟いた。
なんにせよ、喜んでいることが分かって私も少し笑い返せた。
そこからはメティが今の鐘の音で学校内に残っていた人が集まり始めていると声を掛けてくれたので、名残惜しい気もしたが慌てて引き上げることとなった。
人が近寄らないようにしてる道を作ったので、そこから引き上げるようにと優しく背を押される。
「また、逢える?」
『ああもう、なんと嬉しいことを』
いつでも、貴女のそばにと頬に触れた唇と共に鈴の音が聞こえたと思ったら塔の外に出ていた。
くるりと、視界を白いものが横切ったので目で追うとかつてみたあの白い鳥が道案内をしてくれるようで私の上をくるくると回っていた。
遠くから先生や生徒たちがどういうことだとざわついている声が聞こえたが、確かに行ってくれたように誰とも会うことなく無事に部屋にたどり着いたのだった。
そうして次の日、急遽授業は休講。
先生たちの会話を盗み聞きした生徒たちから話はまわり、鐘の音が全国で鳴り響いたことと、見るものが見れば分かるほどの力に満ち溢れていると騒ぎになっているということだった。
塔の力が強まり、国の防御の力も、ありとあらゆる生物や植物へのエネルギーの向上も見受けられたらしい。
そして、国が出した結論が『これも聖女のお導き』ということだ。
一応言っておくが、これに関してはラッキーぐらいにしか思っていない。私が原因だなんてバレたくもないし、彼女には悪いがおそらく体裁的にもそれが一番自然。
おそらく彼女も世界の仕組みもまだわかっていないため、自分の存在が影響しているのか否なのかなんて判断もつかないだろうし、それに驕るタイプでもなさそうだ。
クリアは少々姉さんのおかげなのにとぷりぷりと怒ったが、メティは逆に喜んだようで悪目立ちをして人に祀り上げられたり利用されたりなんてことになったら私たちは人からマスターを取り上げますからと笑った。
聞かなかったことにした。
力の使い方が正しかったかどうかなんてわからないが、こんな騒ぎになるとは正直考えが至ってなかったので、わりとまだドキドキしている。
まさか私が原因だと思っている人はいないだろうし、聖女に関しては急遽国に呼び戻されているらしい。
教授たちは植物園などの薬草たちが明らかに成長していることを確認したり、生徒たちはこれまでただの石柱にしか見えてなかった鐘塔が、神々しく発光しているのを見に行ったりと忙しい。
まぁそれを見て、ルオンは改めてメーテルの有無による地域格差を思い知ったと頭を抱えていたのだけれど。
国自体が騒ぎになっているからまだ授業の再会の目途も経っていないが、ある程度したら落ち着くだろうとメティが教えてくれた。
人は慣れることにも早いですからとのことだ。
「慣れる、か……」
「?何か言った?」
デートでもしているのか、若い男女の生徒が手をつなぎながら光り輝く塔へと寮から出て歩いていくのが見えて、溜息をつく。綺麗だなと思う人は多くて、誰もが聖女の奇跡だと聖女をさらに崇め始めていた。
人の騒いでいる様子を見れば見るほど、気持ちが冷めてしまうのはあの子の力が奪われていたということがどうしても頭の隅から離れないからだ。
私の持っているものをあげるくらい、有り余っているのだから構わない。それであんなにあの子が幸せそうにしているのだったら私は満足だ。
なんでもないよ、私たちも見に行こうかとルオンを誘うと、いろいろ考えていたらしいルオンも綺麗なものは綺麗だしねと気持ちを切り替えたらしいので、少し冷え込み始めたから上着を取って部屋を二人で出る。
先生から貰った花の結晶は貴重品扱いになったので小さな袋を縫い、首から紐で下げるようにして服の下に隠した。これならまず他の人にみつかることはないし、ルオンも言いふらすことがないので問題ない。
彼女も他人の物を強請る様な性格じゃない。
「ねぇルオン」
「なあに?」
「私、ルオンと友達でよかった」
私たちの生活に、エーテルはほとんどなかった。
それで足りていた。
それがなくても、幸せだった。
私も、と笑って手を取ってくれる友達がいる。
私にとっての幸せって、いまはそれで十分なのだ。