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九二話


SIDE イオス その2


ドンドンっ ドンドンっ


「ノマド殿はご在宅かっ! 我は父ガゼールと母ガーラの子、イオスっ! 至急、知らせたい事があり参った!

 ご在宅であるならば、扉を開けられよっ!」


 イオスは扉を乱暴な程力強く叩くと、住人へと大声で呼びかける。

 扉を強く叩くのも、声を張り上げるのも、そうしなければならないからだ。それほどまでに、この建物は大きかった。

 大きさだけなら、おそらく村で一番大きな建物だ。

 ここは、村で唯一の診療所にして、ソアラの実家であった。

 生活するための居住区と、病人や怪我人を診る診療所、それに付きっ切りでの看病が必要な重傷者を看護するための専用施設などが一つにまとめられているため、ここまでの大きさになっていた。


 ドンドンっドンドンっと、しばらく叩き呼びかけると、少しして奥からパタパタと何かが走って近づいて来る雰囲気があった。

 それを察して、イオスは扉を叩くのを止める。と、ガタガタと音を立てて、木製の扉が横へとスライドして開かれた。

 そこから現れたのは、とても懐かしい顔だった。

 記憶の中のそれと殆ど変わってはいないが、少し(やつ)れているようには見えた。


「ご無沙汰しております。ノマド先生」


 姿を現したのは、一人の男性であった。名はノマド。

 村で随一の薬師であり、そしてソアラの実父である。


「っ!? イオスくんっ!? イオスくんなのかい!? 本当に久しぶりじゃないか! 

 それにしても、随分と立派になって……

 あれっきり、全然帰って来ないものだからみんな心配して……」

「積もる話もありましょうが、まずはこちらの要件を」


 そう言って、イオスはノマドの言葉を断ち切った。


「……ソアラを保護しました。現在、村に向かって移動中です。早ければ正午前にはここに着くかと」

「っ!! そっ、それは本当なのかいイオスくんっ!! あの子はっ! あの子は無事で、け、怪我なんかは!」

「落ち着いて下さい。大丈夫、怪我もなくピンピンしていますよ。

 ノマド先生の前で言うのも失礼とは思いますが、元気が取り柄のような娘ですから」

「……そ、そうか……よかった……無事でいてくれて、本当に、よかった……」


 イオスの話しを聞いて膝から力が抜けたのか、ノマドはその場で崩れ落ちる様に地面に膝を突いた。

 しかし、急に何かを思い出したかのように勢いよく立ち上がる。


「カテラに! カテラにもこのことを早くっ!」


 言うが早いか、ノマドは(きびす)を返すとあっという間にその場から走り去ってしまった。

 一瞬、家主の招きもなく家に上がるのもどうかと迷ったイオスだったが、結局話をするためには仕方がないと、ノマドの後を追うことにした。


 ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢


「イオスくん、あの子を、ソアラを助けてくれて、本当にありがとうね」


 ノマドから話を聞いたカテラが、ベッドの上で上半身を起した状態でイオスに礼を言う。

 その目は腫れ上がり、頬も幾分細くなったカテラを前に、彼女がどれほど我が子を案じていたかが痛いほど伝わってきた。

 そんなカテラに、やや苦笑いを浮かべながら、イオスも言葉を返す。


「実は、厳密には助けたのは私ではないのです。

 私はただ、保護されたソアラと、またまた出会っただけで……」

「それは……どういうことなのかな?」


 ノマドに問われ、イオスは現状を軽く二人に説明した。


「ふむ、そんなことが……」

「詳しくは後ほど。この後、族長にも報告に行くよう、おや……父にも言われておりますので」

「ん? もしかして、ガゼールにはもう会ったのかい?」

「はい。門前でたまたま」

「ああ、そういえば今日はガゼールとイオタくんが門番の日だったね。

 ……時の巡り合わせというのは、実に不思議なものだ。ソアラ然り、君然りな」

「そう……ですね」


 ソアラが賊から逃げ出すのが、一日前でも、一日後でも、おそらくスグミと出会うことはなかっただろう。

 あの日、あの時に逃げたからこそ、ソアラとスグミが出会い、そしてソアラが助かった。


 ソアラ程切実な問題ではないが、自分も同じような物だとイオスは思う。

 昨日でも、明日でもダメだった。

 今日という日だから、イオスは村に入るためには絶対に通らなければならない門前という場所で、父と再会を果たしたのだ。

 これがもし、父以外の誰かであったとしたら……


(俺は、自分の足で親父に会いに行っていただろうか……)


 と、自問する。

 答えは出ない。結局はその時の流れ次第なのだろう。だが……自分から進んで行けたような気はしなかった。


「それでは私は族長へ報告へ行きますので、これで」

「それなんだが、私達も同行しようと思う。母……族長も交えて詳しい話しを聞かせてくれないか?

 その方が、君も手間が省けるだろ?」

「私はそれでも構いませんが……」


 ノマドの申し出を容認しつつ、イオスはベッドの上のカテラへと視線を向けた。


「あら? 私のことは大丈夫よ? 別に病気を患っているわけではないですもの」


 そう言って、カテラはベッドか降りる。その際、ノマドが何も言わず、黙ってそっと手を差し伸べた。


「あら、ありがとう。あなた」

「ああ」


 たったそれだけの短い会話。だが、そんな関係にイオスは憧れていた。

 ノマドとカテラは、村でも有名なおしどり夫婦であった。

 自身も、生涯を連れ添う伴侶を得た今だからこそ、イオスは自分も二人のような関係でありたいと強く思った。

 なぜなら、イオスの両親は……


(母が圧倒的に強かったからな……ウチは)


 何時も泣かされていた父の背中しか覚えていない。ああは、なりたくないものだ、と強く思う。


「それでは族長の家へ向かおうか」


 ノマドの言葉に首肯すると、三人は連れ立ってノマドの母であり、そしてソアラの祖母でもある族長の下へと向かったのだった。


 ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢


「人の言うことなんて何にも聞かずに村を飛び出して行った利かん坊が、随分と男前な顔になって戻って来たじゃないかい」

「その節は、大変ご迷惑をお掛けしました」


 そう言って、ノマドは族長に向かって恭しく頭を下げた。

 ここは族長の家であり、そして、目の前にいる一見中年の女性が、オファリアの族長にして、ノマドの母、ソアラの祖母であるオーラだった。

 エルフ故に(いささ)か若く見えるが、数えで五五を迎えている。

 今は、イオスが村に帰郷した挨拶も兼ねて、過去の行いについて詫びている所だった。


「ふむ。それに、外で少しは礼儀も学んで来たようだね。

 お前にとって、外での経験は己の血肉になったかい?」

「……はい。実に多くのものを得る機会となりました」

「そーかい、そーかい。なら過去の事は不問とし、水に流そうじゃないかい。

 我がオファリアは、ガゼールの子、イオスを許し、再び一族として向かい入れよう」

「ありがとうございます」


 そうして、族長から正式な許しが出たところで、イオスは今一度頭を下げる。

 オーラ自身、別にイオスが帰って来たからといって、何か罰するつもりなど毛頭なかった。

 そもそも、村から出て行くのを止めたのも、イオスの身を案じてのことでしかない。

 それが、男としても、そして人としても、一回りも二回り大きく成長して帰って来たというのなら、オーラから言うことは何も無かった。

 ただ、内心でどう思っていようとも、それが人に伝わることは決してない。

 ましてや、本人が気にしていることを、軽い言葉で流していいものでもない。

 だからこうして、正式に“許した”という形を作り、心に刺さったままの棘を抜いてやらなくてならなかったのだ。


(まったく、図体ばかりでっかくなっても、まだまだ童か……)


 オーラはそんなイオスに、心の中で苦笑を浮かべた。


「して? ガゼールから話しの頭だけは聞かされてるが、ソアラを保護したというのは本当なのかい?」

「はい。正確には、保護されている状態のソアラと出会った。と、いうのが正しいのですが。

 事の始まりは、アグリスタでソアラを見掛けたことからでした……」


 そうして、イオスはソアラと出会った経緯から、自分が知ることのすべてを包み隠さず周囲の者達に語って聞かせた。


「……ふむ。そのスグミという人間。信用に値するのかい?」


 オーラの何処か訝しむような声色に、イオスは迷わず首肯する。


「はい。少なくとも、我々エルフに危害を加えるような男ではないと考えます」

「その心は?」

「スグミの居た国では、エルフが存在していなかったと聞きます。

 物語にのみその姿を現す、伝説の存在。その所為か、エルフに対する悪感情は殆どないそうです。

 また、一部の人間の間では、エルフはある種の神格化がなされており、熱心な信者もいるのだとか……」

「がっはっはっはっはっ!

 何だいそりゃ? するってーと何かい? 儂等がその土地に行けば、神様として崇め奉ってくるってぇーのかい?

 それじゃ、急いで一族で移住する準備を進めにゃならんな」


 イオスの話しを聞き、心底可笑しそうにオーラは豪快に笑って見せた。そして、冗談めかしたことを言う。


「私も、一度この目で見てみたいとは思いますが、先ほども申し上げたように、スグミ自身、自分が何処から来たか分からぬ身なれば、彼の地へ赴くことは難しいかと……」

「何、クソ真面目に答えてんだい。冗談に決まってんだろうが」


 が、イオスが真に受けて言葉を返して来たので、オーラは呆れたように首を左右に振った。


「……左様でしたか。ですが、一度足を運んでみたい、というのは本心ではあります」

「儂だってそんな国があるってぇーなら、死ぬ前に一度は見て見たいもんさ……

 さて、何にしても孫娘の恩人さね。手厚く持て成すとなると……準備にどれくらいの時間が掛かるかねぇ?」

「明日の夜、といったところでしょうか。今からでは、今日の夕餉には間に合いますまい」


 おそらく同じことを既に考えていたのだろう。オーラの問いに、ノマドが淀みなく答えた。


「なら、そのようにしとくれ。

 となると、今日と明日、少なくとも二泊はオファリア(ここ)に泊まってもらうことになるが……そこはノマド。お前に任せるよ」

「承知いたしました」


 こうして、一先ずの報告を終え、イオス達は解散することとなった。

 そして、村中にソアラが無事である知らせが届くと、一人、また一人と門に人が集まり出したのだった。

 皆、帰って来るソアラを迎えるために……


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