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九〇話


 翌朝。


「すまないが、ここで降ろしてもらえないだろうか?」


 朝食を終え、食後のお茶を三人して啜っていたところ、突然イオスがそんなことを言い出した。


「どうした? 急に?」

「いや、大したことではなのだが、一足先に村へ戻って話を通しておこうと思ってな」


 イオス曰く。 

 おそらく、今、村ではソアラの失踪により緊張状態になっているのではないか、ということだった。

 突然村から、人が一人居なくなったのだ。住人に不安が広がっていだろうことは想像に難くない。


 だから、このまま俺達が事前の連絡も無しに村に入った場合、事情を知らない住人が困惑する可能性がある、といわけだ。

 当然ながら、村にソアラが無事であるということを知る者は誰もいない。

 スマホどころか電話すらない世界だからな。連絡手段といえば専ら手紙がメインだ。

 しかも、郵便なんていう概念そのものがないため、その頼みの手紙も行商だよりで、運良く届けばラッキー程度の物でしかないうえ、時間も掛かる。

 そもそも、今回に関しては色々とバタバタしていたため、安否を知らせる手紙すら送れていないような状況だった。


 まぁ、今回に限っていえば、事件が思いの外早く解決したため、直接イオスがソアラを村に送るということで話が落ち着いたため、手紙は送らないことになったみたいだけどな。

 

 そんな状態で、この異様な姿の馬車が突然村に現れれば、流石にいきなり攻撃される、なんてことはないだろうが、無用なトラブルを引き起こす可能性が十分に考えられる。

 しかも、俺が人間であるともなれば尚更だ。

 ソアラやイオスが同乗しているので、そこまで大事にはならないだろうが、それでも説明にはいくらかの時間を要することは間違いない。

 そこで、イオスが一足先に村へ向かい、事前に村の人達に事情を説明して、受け入れの準備をしておく、ということらしい。

 流石、気遣いの出来る男イオスである。


 ここからなら、イオスが全力で走れば三〇分ほどで村に着くと言うので、俺は馬車を停め、一旦ここでイオスと別れることになった。

 目的地別にいくつか分岐していた街道も、ここからエルフの村までは一本道だと言うので、迷うこともないだろう。


「では、後ほどな」


 そんなわけで、キャリッジホームを一旦止めイオスを降ろすし、俺とソアラは走り去るイオスを見送った。

 そして、パッカラパッカラまた再度街道を行く。


 それから更に少しして。


 そわそわ……そわそわ……


 ソアラが窓の風景を見ながら、急に立ち上がっては座ったり、かと思ったら指をモジモジ視線はキョロキョロと、急に挙動不審な動きをし出した。

 最初は故郷に帰れるのが待ち遠しいのかと思ったが、どうにも違うようだ。


「少しは落ち着いたらどうだ? てか、なんで家に帰るのにそんなに緊張してんだよ?」

「あ……いやぁ……そのぉ……

 久しぶりにみんなに会うのが照れ臭いと言いますか、なんと言いますか……」


 たははは……と、ソアラは困った顔で力なく笑い、「それに、絶対大事になってそうですし……」とため息交じりに言葉を続け肩を落とす。

 なんとなく、その気持ちは分からんでもないな。

 これはあれだ。

 インフルエンザとか交通事故とかで、学校を長期間休んだ後に登校する時の気分に近いのだろう。

 夏休みなんかの長期休暇は、みんな休みなので条件は同じだ。

 しかし、病気や怪我は違う。みんなは普通に学校に通い、授業を受けているの間、自分一人が休んでいたのだ。

 仕方ない事とはいえ、そこにはどうしても若干の後ろめたさもあり、しばらく休んだ後にひょっこり顔を出す時のあの妙な気恥ずかしさといったらない。

 変に注目も集めるしな。

 気持は分かる。分かるが、残念ながら俺に出来ることはアドバイスの一つでも送ってやるくらいしか出来ない。


「耐えろ」

「はうぅ~……」


 それから冬眠明けのクマの様に、馬車内をうろうろうろうろするソアラを鬱陶しいと思いながら、馬車は着実にエルフの村へと向かって進んで行った。


 太陽が中天に差し掛かろうとした頃、それはようやく見えて来た。

 木々に囲まれた街道のその正面。丁度、木が途切れた辺りに見える大きな木製の門。

 その門の前には、多くの人影が見えた。

 今はまだ遠くてよく分からなかったが、ドーカイテーオーの視界の倍率を上げると、その中にイオスの姿を見つけることが出来た。

 その隣に若く見える男女が不安げな表情で寄り添うように立ち、更に隣に同じく不安そうな顔の小柄な少女が一人。

 男女の方はぱっと見、二十代後半。少女の方は十代前半、といった感じか。

 おそらく、この若い男女がソアラの両親で、隣にいる少女が話に聞いたソアラの妹だろう。

 あとは、その後ろに何人もの村人たちの姿が見て取れた。


 近づくにつれ、門の前には木製の橋が掛けられていることに気が付いた。幅は2メートル程度で、長さは3メートルといった感じか。

 どうやら跳ね橋になっているらしく、橋の端にはロープらしきものが括られており、それが門の両隣に併設された高い櫓へと続いている。


 一見、普通の馬車程度なら通れそうな造りではあるが、流石にこいつは無理だろうと、俺は橋の前でキャリッジホームを停車させることにした。

 なにせキャリッジホームはドーカイテーオーだけで軽く2トン、車体で3トン、合計5トンは軽くある。

 この木製の跳ね橋が、5トンもの重さに耐えられるとは到底思えないからな。

 キャリッジホームを止めると、俺はソアラに馬車から降りるように促す。


「ほれ、着いたぞ。さっさと降りろ降りろ」

「は、うぅ……分かってますから、そんなに急かさないでくださいよぉ……」


 まだ踏ん切りがついていなかったのか、ソアラは照れ臭そうにしながらゆっくりとした動きで馬車の出入り口へと向かう。

 その動きが何とももどかしく、イラっとした俺はソアラが馬車の扉を開いた瞬間、その背中を軽く突き飛ばし外へと強制排出する。


「とっとと、行けっ!」

「キャっ!! ちょ、ちょっと! 何するんですか、スグミさん!! 危うく転ぶところだった……」

「ソアラっ!」


 ソアラが馬車の外へと出た瞬間。

 ソアラが俺へと向ける抗議の言葉を遮って、橋向こうに居た女性がソアラの名を大声で呼びかけながら駆け出して出していたのが、ドーカイテーオーの目を通して見えた。


「お母……さん……っ!?」


 声のした方へとソアラが振り返った時、女性が力強くソアラを抱きしめる。そして、その目にキラリと光り、流れ落ちる物が一筋。

 これは俺が肉眼で見た光景だ。何せ目の前で起きてること事だからな。


「……良かった……無事でいてくれて、本当に良かった……」

「あ……ごめんなさい。心配かけて……」

「ううん、いいの。あなたが無事で居てくれたなら、それだけでいいのよ……

 おかえりなさい、ソアラ」

「……うん、ただいま」


 そう言うと、ソアラもまた母親の背に腕を回し抱きしめる。

 感動の親子の再会である。うむ、美しきかな親子愛。

 その光景に、俺も思わず流れてもいない涙をぬぐうために、目頭を指で擦る。

 なんて小芝居はどうでもいいとして、俺もまたタラップを下り馬車から降りる。


「お姉ちゃん!!」


 丁度そのタイミングで、母親の後ろを掛けていた妹ちゃんもソアラへと跳び付く。


「アイラにも心配かけたよね。ごめんね」


 ほほぉ、妹ちゃんの名前はアイラというのか。

 確かに雰囲気はソアラによく似ている、というか、二人とも母親によく似ているんだな。

 そういえば、ソアラがエルフの娘は母に、息子は父に似る、なんて話をしていたような気がする。


「ううん。それよりお姉ちゃんは怪我とかしてない? 酷いこととかされなかった?」


 アイラちゃんがソアラに抱き着いたまま、心底心配するようにソアラを見上げる。


「えっと……うん。大丈夫。全然怪我とかしてないから」


 そんなアイラちゃんの問いに、ソアラは一瞬言い淀んでから、そう嘘を吐いた。

 初めてソアラと出会った時、その腕にはざっくりと斬られた大きな刀傷を負っていた。

 あれは、決して軽い怪我と呼べるものではなかった。

 しかし、それも今はポーションのお陰で跡も残らず綺麗さっぱり治っている。

 なら、わざわざ心配させるようなことを敢えて言う必要はない、とソアラは嘘を言ったのだろう。

 

「酷いことは……まぁ、うん。いろいろされたけど……」

 

 そう言って、ソアラの視線が俺を向く。


「ギリギリで、本当にギリギリで大丈夫だった……かな?」

 

 その視線たるや、途轍(とてつ)もなく恨みがましいものを秘めていたが、俺は何食わぬ顔で真正面からそれを受け止める。


 なんだ? 俺が何をしたと言うのかね? ん?


 別に言葉に出していたわけではないが、視線がぶつかるとソアラの目がキっと吊り上がった。

 その目は然も「すべてがですよっ!」と言っているように思えた。

 あらま。何時の間にやら、視線だけで会話が出来る程のツーカーの仲になっていたとは、これは驚いた。

 これではまるで長年連れ添った夫婦の様ではないか、なんてくだらないことを考えていたら、「そんなわけないでしょ!」と更にソアラの視線のツッコミが飛んでくる。

 何この子? 人の考えてることとか心が読み取れるの? コワっ!?

 「スグミさんの考えてることが分かり易いだけです」と言わんばかりに、ソアラがあからさまにため息をついて肩を落とす。


 なんて感じでソアラで遊んでいたら、何時の間にやら正面に一人の男性が立っていた。さっき、ソアラの母親の隣で寄り添うように立っていたあの男性だ。

 ということは、多分彼がソアラの父親だろう。

 ソアラと同じ銀色の髪を短く切り揃えており、身長は大体俺と同じ180センチメートル前後といった感じか?

 しかし、俺と同じように線が細いやせ型のため、厳つい印象はない。

 むしろ、その柔らかな表情と相まって、ぱっと見の印象としては、物静かな好青年に見える。

 見た目だけなら、殆ど俺と変わらない。とはいえ、エルフであるため見た目通りの年齢、ということはないだろう。

 仮に、俺と同じ二七だとしたら、ソアラが一七なので一〇歳の時の子どもということになる。

 ありえんな。

 ソアラの年齢を考慮すれば、外見は二十代でも実年齢はおそらく三五から四〇といったところか。

 なるほど。これが、ソアラが言っていた老け難いというエルフの特徴か。

 なるほど。羨まれる理由がよく分かった。 


「初めまして。私はソアラの父親でノマドと申します」


 そう言うと、ノマドと名乗った男性はそっと頭を下げる。やっぱり、思った通りソアラのお父さんだったか。


「貴方がスグミ様とお見受けしますが、よろしかったでしょうか?」

「ええ、俺がスグミです」


 敢えて名字を出さずに名乗る。またぞろ貴族がどうのなんて話も面倒だからな。


「お話はイオスから伺っております。

 この度は娘ソアラのためにご尽力くださり、誠にありがとうございました」


 そうして、ノマドさんはもう一度、今度は深々と頭を下げた。


「お礼なんて後でもいいので、まずはソアラに会って来たらどうですか?」

「いえ、お心遣いは感謝しますが、娘と話すのはそれこそ後でも出来ることですので」


 ノマドさんが頭を上げたタイミングでそう勧めてみたのだが、丁寧に断られてしまった。

 ノマドさんはそこまで言うと、その視線をソアラへと移す。

 俺も釣られて視線を向けると、何時の間にやら門前にいた住人達もソアラを囲ており、何やら話し込んでいる様子だった。

 その様子を見て、ノマドさんに優し気な笑みが浮かぶ。


「まずは、娘の命の恩人たるスグミ様に感謝のお礼を申し上げるのが、父親としての礼儀というものです」

「あ~、いや、俺もたまたま助けただけなので、そこまで畏まられるとこっちが恐縮するというか……

 あと、様付けも止めてもらえると助かります。なんなら呼び捨てでも構いませんよ。なにせ、根が小市民なもので」

「喩え偶然だとしても、貴方が娘の恩人であることには変わりありません。

 その恩人に対して呼び捨てなど、流石に私としても気が引けます。なので、スグミ殿、と呼ばせて頂くと言うことでどうでしょうか?」

「まぁ、それが妥当なところですかね」

「それでは改めて。娘の命を救って頂いたこと、なんとお礼をもし上げたらよいか、感謝の言葉もありません」


 そう言って、ノマドさんがまたぞろ頭を深々と下げる。


「いや、それはもいいいですから……」


 イオスの時もそうだったが、最初はソアラのことを見捨てようとしていた手前、こう感謝されると罪悪感がハンパく、精神衛生上非常によろしくないのだ。

 ラッキー、良かった、助かった、くらいに思ってくれた方が、俺としては気が楽でいいんだけどね。


「只今、お礼の為の宴席を用意しておりますので、是非立ち寄って頂ければと思います。とはいえ、何分急な連絡でしたので、大した物はご用意出来なかったのが申し訳ないのですが」

「そんな気を使わなくても。ですが、折角なので喜んで参加させて頂きます」


 恩人だと恩着せがましくいうつもりなど毛頭ないが、折角用意してくれたものを無碍にするのは忍びないので、ノマドさんからの申し出を受けることにした。

 まぁ、もともとエルフの集落というものに興味もあったしな。


「そう言って頂けると幸いです。それでは村の中へどうぞ……と、言いたいところなのですが……」


 そこでふとノマドさんの言葉が途切れと、その視線がキャリッジホームへと向けられていることに気が付いた。

 ああ、なんとなく言いたいことは分かった。

 要は、そんなバカデカいサイズの馬車で橋を渡ったら、橋が落ちるわ。ここに置いて行け。でも放置されたら邪魔だから、適当なところに片付けろや。と、いうようなことを言いたいのだろう。

 俺だって、こんなん家の前に置かれたら邪魔でしょうがないからな。


「ああ。御心配なく。すぐに片付けるので」


 そう言って、サクっとドーカイテーオーとキャリッジホームを亜空間倉庫に収納する。

 これで綺麗さっぱり片付いた。


「っ!? ……イオスから話は聞いていましたが、聞くと見るでは大違いですね。

 それでは改めて、どうぞエルフの集落オファリアへ」


 そうして、俺はノマドさんの案内でオファリア村へと足を踏み入れたのだった。


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