四七話
「そうだな。ちと話は変わるが……いや、まったくの無関係というわけでもないんだが、スグミ。お前、自由騎士になるつもりはないか?」
なんだかよく分からない前置きをしつつ、ブルックがそんなことを言って来た。
「そうだな……身分証明などの問題もあるから、近いうちに自由騎士に登録しようと考えてはいたけど……
どうしたよ突然?」
少しばかり唐突な勧誘に、少々戸惑う。
「まぁ、理由はいくつかあるが、一番は礼だな」
「礼?」
「実は昨日。夕暮れ時にセリカがここへ来てな。お前がいろいろと手を貸してくれて大変助かっていると話していた。その時、指輪の話しも聞いた。
これはまぁ、姪が世話になった礼の様なものだと思ってくれ」
昨日。話し合いの解散後、全員帰ったと思っていたが、どうやらセリカはブルックの下へとやって来ていたらしい。
で、あの作戦会議でのことを色々話した、と。
しかし、俺が自由騎士になるのと、その礼とやらにどんな関係が?
ブルックに詳しく話を聞いてみると、なんでも自由騎士になるには、本当なら実力を測るための試験や、私はどこそこ村の出身者です、みたいな紹介状の提出が必須なのだそうだ。
試験はどうにか出来ても、紹介状を俺が用意するには偽造でもしない限りは無理な話だった。
つまり……それは俺が自由騎士には絶対なれない、ということを意味してた。のだが、今回は特別にそれらの試験や書類を全面免除してくれると言うのだ。
「身分証明なしじゃ、これから先、何処へ行くにしても辛いだろ? 街門一つ通るだけでも一苦労だからな」
「それは俺にとってはありがたい話だが……いいのか? そんなことして?」
職権乱用とかにならないのだろうか?
「構わん。そもそも試験は実力を知るための実技がメインだ。今更、お前の実力を測る必要がどこにある?
書類は過去に犯罪歴がないか、身元が保証出来る人物か調べる為のものなんだが……
言い方は悪いが、よそ者のお前の犯罪歴やら身元を証明出来る奴なんて、この国にはいないだろ?
だから、代わりにオレがお前の身元保証人になってやるっつー話だ。
そうでもしなれりゃ、お前がこの国で自由騎士になるのは無理だからな」
「いや……でも、本当にそれでいいのか? 自分で言うのもなんだが、俺なんて何処から来たかも分からん流れ者だぞ?」
「本当に自分で言うことじゃないな……だが、まぁ、構わんよ。組合としても、腕の立つ自由騎士が増えることは望ましいことだ。
俺だって納得した上で、こうしてこちらから勧誘しているわけだしな。
ただ、お前が悪さをすると、保証人である自由騎士組合長としてのオレの信用に傷が付く。そこは弁えてくれ」
「そりゃ、まぁ、世話になった人に、恩を仇で返すような真似はしないけどさ……」
「そうしてくれや」
“冒険者”というと、誰でも簡単になれるイメージがあったので、その疑問をそのままブルックに尋ねたら、身元も分からないような者をホイホイと自由騎士にはしないのだと、そう言われた。
もしそいつが犯罪者だったり、敵国の間者だったらどうするつもりだ? と逆に聞き返されたくらいだ。
言われて、そりゃそうかと納得する。
まぁ、そういうことならと、ブルックの申し出を快く受け入れ、用意されていた登録用紙にサラサラと必須事項を記入して行く。
こうして、俺はとんとん拍子で自由騎士になることが出来た。
ただし、自由騎士であることを証明する組合証……ギルドタグというらしいが……を貰えるのは後日となり、それまでは自由騎士の仕事も受けられないし、自由騎士と名乗ることも出来ないとのことだった。
「今すぐ何か依頼を受けないといけないほど金銭に困ってるわけでもないし、それは別にゆっくりでもいいさ。
逆に、今すぐ受け取っても依頼を受けられるわけでもないしな」
エルフ拉致事件に、ソアラの付き添い、仮に自由騎士として依頼を受けるとするなら、それらが終わった後だ。
それに、カネに困る様ならアンリミ硬貨をまた換金すれば済む話しだしな。
「ああ、それと話しが少し戻るんだが、自由騎士になればその白金貨、組合で買い取りが可能になるぞ。
ただし、現金払いではないがな」
「ん? どういうことだ?」
っと、随分と話が戻ったな。
詳しく聞くと、自由騎士として自由騎士組合に登録すれば、お金を預かる銀行のようなサービスを受けられるらしい。
このサービスを利用すれば、違う街に行っても自由騎士組合を通してお金の出し入れが可能になると、ブルックが説明してくれた。
なんでも、依頼達成帰りの自由騎士を襲って金品を強奪するという事件が頻発したことで、その対応として導入された制度なのだという。
自由騎士とはいっても、全員が全員戦うことを生業としているわけではないので、戦えない者達に関しては
組合側で守ることにしているらしい。
「へぇ~そんな制度があるのか。確かに便利だな。それじゃ、先にこいつを預けておくから、登録が終わったら俺の口座に入金しておいてくれよ」
と、俺は手の中で遊ばせていたアンリミ白金貨を、ブルック同様指で弾いて放り投げた。それを、今度はブルックがパシリと受け取る。
よし。これで自由騎士に登録さた段階で、自由騎士組合がある街なら自由にカネが使えるようになるはずだ。
「分かった。ならば今から預かり証文を制作するから少し待っていろ……」
「別に、んなのいらねぇよ」
と、席を立とうとするブルックに俺が待ったをかける。
正直、なんだかんだで長時間こうして話し合っている所為でいい加減腹も減って来たところだった。
出来ることなら、早々に切り上げたいというが本音だったりする。
「会って間もない人間に、こんな大金を証文もないしに預けるとか……お前は正気か?」
「それはあんたも同じだろ? それとも、自由騎士組合長様ってのは、誰とも知れない輩の保証人にホイホイなったりするものなのか?」
「そんなことはないが……お前は、俺が白金貨ネコババするとは考えないのか?
後で入金されていなくとも、証文がない以上、お前が何を言っても通らんのだぞ?」
「そん時はそん時だな。俺に人を見る目は無かったと、諦めるさ。
まぁ、ブルックという男が、実はちんけな子悪党だった、と思うくらいだな」
「はっ! 言うじゃないか」
俺の安い挑発を、ブルックが鼻で軽く笑い飛ばした。
「それに、一五〇万枚もあるからな。一枚くらい無くなっても、俺は痛くも痒くもない」
「はぁ、豪気と言うか豪快と言うのか……分かった。これは、俺が責任を持って預かっておこう」
「手数料っつーことで、ちょっとくらいならチョロまかしてもいいからな?」
「……んなことするか」
「お? 今、ちょっと迷ったな? 迷っちゃったな?」
「迷ってねぇよっ!」
「元王国騎士団とは言え、ブルックさんも所詮は人の子。カネに目がくらんでも、それは仕方のないことだから安心しろ」
「だから、迷ってねぇって言ってんだろうがっ! 人の話しを聞けコラァ!」
俺がそう囃し立てると、ブルックの奴、年甲斐もなく顔を真っ赤にしてムキになって否定して来た。
おや? これは……図星だったか?
「いいやっ! 今の間は、本気で迷う絶妙な間だったぞ?」
「うるせぇ! そこまで言うなら、証文書かせるぞっ! なに、半刻(一時間程度)で済むから手間は取らせんっ!」
「うわっ、なにそれめんどくせー」
しまった!
俺がそうぼやいた刹那、ブルックの瞳がギラリと光るのを見た。それは遥か上空から獲物を狙う、猛禽類の目に似ていた。
やべぇ……こりゃ、今ので俺が証文を書きたくないのが、単に面倒だからというのがブルックにバレたな。
昨日手合わせした時もそうだったが、ブルックという男は、些細な切欠から本質見抜く目がスバ抜けているのだ。
案の定。
「……と、思ったが額が額だ。貴様には飛び切り上等の証文を用意してやろう。
なに、素材の用意に一刻、製作に一刻、たった二刻(四時程度)もあれば済む。まぁ、それまでここでゆっくりして行け」
ブルックは、勝ち誇った様に嫌らしい笑みを浮かべそう言った。
「嫌だよっ! てか、製作時間伸びてるじゃないかっ! 半刻じゃなかったのかよっ!」
「内容が内容だ。最上級の素材を用意して、ゆっくり丁寧に作った方がいいだろ?」
攻守が逆転したことで気を良くしたのか、ブルックの顔がドヤっていてうざい。
「余計なお世話だっ! てか、こちとらいい加減腹も減って来たし、午後からはソアラと店を回る約束もしてんだっ! んな時間掛けられるかっ!
ああっ! 変にからかって悪かったよ! だから証文は勘弁してくれ……」
面倒事は嫌いなので、ここは素直に俺から折れてアンリミ白金貨を証文なしでブルックに預かってもらうことになった。
「ったく……食えねぇ男だなお前は……毒になるのか薬になるのか分かりゃしねぇ……」
最後に、ブルックがそう言葉をこぼして、この話し合いは終了となった。
まぁ、なんだかんだで色々とあったが、俺にもブルックにも実のある話し合いだったと思う。で、俺達は組合長室を後にする……っとその前に。
「ソアラ。ソアラっ! いい加減魂戻ってこ~い!」
「……はっ!? あ、あれ? わ、私は一体……?」
そう呼びかけながら、ぷにぷにとしたソアラのほっぺたをペシペシ叩いていると、何処かに飛んで行っていたソアラの魂がようやくご帰還なされた。
ソアラの反応から見るに、どうやらソアラは魂が飛ぶ直前のことをあまり覚えていないようだった。
「俺とブルックの話が詰まらな過ぎて、寝てたんだよ」
なので、意識を取り戻して辺りをキョロキョロしているソアラに、俺はそう嘯く。
人間……まぁ、ソアラはエルフなんですけど……精神的にショックなことを見聞きすると、自身の精神の安定を図るために、敢えて“忘れる”という行動を取るのだと何かで見た覚えがある。
きっと、ソアラに取ってアンリミ白金貨一枚三〇〇〇万ディルグというのは相当ショッキングなことだったんだな。
それこそ、記憶が飛ぶほどに……
「そ、そうなんでしょうか? なんだか凄いことを聞いたような気が……」
「気のせい気のせい。夢でも見たんじゃないか?」
「そう……なんでしょうか……?」
俺の話が腑に落ちないのか、ソアラは人差し指をほっぺたに押し当てて小首を傾げる。
「それより、食堂で飯でも食おうや? 腹減っただろ?
それに、飛び切り上等な肉を用意してもらってるはずだし、すげー美味いって話だぞ?」
「おいしい……お肉? 行きますっ! 行きましょうっ!」
俺がそう言うと、ソアラはシュっと立ち上がり、気づいた時には部屋を出て行った後だった。
なんと単純な……食い物にすぐ釣られるとか、チョロ過ぎやしませんかソアラさん?
そんなことを思いつつ、俺もソアラの後を追って食堂へと向かった。




