四六話
「そう言えば、買取の話しだったな」
正体不明だった硬貨の出所が判明したところで、ブルックが遅ればせながらに買取りについての話を始めた。
「先ほども少し話したが、買取の有無に関しては可能だ。ただし、組合で出来るのは金属としての買取だけだ。
多少は色を付けられんこともないが、美術品として売りたいってんなら、他所に持って行ってくれ。
ただ、先に提示した銅貨一枚一万ディルグってのは、そのバカみたいに高い純度込み込みでの価格だ。
組合以外で精度の高い品質鑑定が出来るとも思えねぇから、下手に買い叩かれたくなきゃ組合に卸しておいた方が無難だな。
勿論、テメェの足で一軒一軒聞いて回るってなら止めはしない。ただし、厄介事に巻き込まれる覚悟だけはしとけよ?」
「厄介事?」
ブルックが何やら物騒なことを言うものだから、咄嗟に聞き返してししまった。
「当然だろ? 人の口に戸は立てられねぇし、何処に人の目があるかも分からねぇ。
そんな中、テメェがのこのこと金目の物あちこちに持って回っていれば、知らず知らずのうちに嫌でも知れ渡るってぇもんだ。
そうなりゃ……」
「殺してでも奪い取る、という物騒な選択肢を選ぶ奴が現れないとも限らない、と……」
「まぁ、そういうこった。その点、組合は信用第一。顧客情報の機密は徹底しているからな。
絶対、とは言い切らないが、他所よりかは信頼してもらって構わない」
むしろ、ここで絶対大丈夫と言わない所が、信頼出来るというものだ。
絶対とかいう奴ほど、信用できないからな。
まぁ、襲われたところで大して脅威にはならないだろうが、明日にはエルフ救出作戦も控えていることだし、変な騒ぎは起こさない方が吉だろう。
「分かった。んじゃ、硬貨はブルックに任せるよ」
「では、任されよう。だがな……」
そこで一度ブルックは言葉を言い淀むと、今まで手の中でクルクルと弄んでいたアンリミ白金貨を、ピンと指で弾いて俺へと放った。それを、俺は空中でキャッチ。
「白金貨は無理だ。組合の有り金全部集めても、到底買取金額に届きゃしねぇ」
3000万だもんね……まぁ、そりゃそうなるよな。
ソアラの話しじゃ、小白金貨すら一般人では生涯お目にする機会がないってのに、その大が三枚分だ。
1ディルグ一円以上二円未満、間を取って一.五円で換算すれば四五〇〇〇万円相当になる。
こんなん、小さな銀行じゃ連絡なしに一括で降ろしたいと言ったら、即待ったを掛けられる金額だ。
「確認の為に聞いておくが、それはお前の国で使っていた通貨だと言っていたな?」
まぁ、実際は国ではないのだが、そこを蒸し返しても話が進まないので、俺は黙ってブルックの言葉に頷いた。
「ならば一枚ずつしか持っていない、ということはあるまい?
なんなら、組合でまとめて引き取っても構わんが……どれくらい持っているんだ?」
と言うので、ステータス画面を広げ所持金の確認をする。
「そうだな。銅貨三五枚、銀貨一二枚、金貨五三枚、白金貨が……」
そこで俺は一旦言葉を区切ると、一つ二つ三つ、と指折り数え、七のところでカウントをストップ。
「七枚も……だと……」
で、ブルックは何を勘違いしたのか、一人何かに驚愕し顔を青くしていた。
「いや……今、数えていたのは桁の数な」
KとかMとかGという単位の接頭辞を頻繁に利用していると、いざ、桁に戻す時にぱっと思い浮かばなくなって困る。
だから、一桁ずつカウントしていたのだ。一、十、百、千、万……といった感じでな。
俺が所持している白金貨の枚数は、約1.5M。
で、Kは十の三乗で一〇〇〇、1Mは十の六乗で一〇〇万。つまり、俺は今、大体一五〇万枚程の白金貨を所持していることになる。
「桁? ならばお前は一体何枚この白金貨を持っているというのだ……」
「……一五〇万枚くらいかな」
「…………」
「…………」
お互い、暫しの無言。そして、訪れる静寂。
今までまったく気にならなかった扉越しに聞こえる外の喧騒が、今はやけに大きく聞こえるような気がする。
つまるところ、俺の現在の財産は3000万ディルグ相当の白金貨が一五〇万枚で、45T(45兆)ディルグあることになる。
日本円にしたら、六七兆円くらいの額だ。
なにこれ? ちょっとした国家予算並みにあるんですけど?
ちなみに、日本の国家予算は一般会計で一〇〇兆円くらい、特別会計で二〇〇兆円くらいだといわれている。
誰しも、一度はゲームのカネを現実でも使えたらなぁ~、と夢想するものだが、実際そうなると実感がまるで湧かない。むしろ引く。
てか、もう乾いた笑いしか出てこない。
「ははっ……これだけあれば小さな国の一つくらいなら買えそうだな」
「……やめろ。冗談に聞こえん」
「なんなら現物見せようか?」
「見せるなっ! 砂山のように詰まれた白金貨なんぞ見た日には、目と頭がおかしくなりそうだ……はぁ~」
取り敢えず、買取はアンリミ金貨を九枚追加し、計一〇枚300万ディルグで買い取ることで話しは落ち着いた。
ただ、用意するのに少し時間が掛かると言うので、支払いはロックリザードの分とまとめて、食堂で飯を食った後に引き取ることにした。
ロックリザードは50万で売れたので、買取の合計は350万ディルグ也。
これで、当面の活動資金に問題はないだろう。
銅貨と銀貨の分に関しては、全体額からしたら大した金額ではないので、換金手数料としてブルックに譲ることにした。
とはいっても、たったの3030ディルグぽっちだけど。
「豪胆だな。粗悪品を、1ディルグでも高く買い取らせようと、受付でゴネるようなちんけな自由騎士共に見習わせたいところだ。ああ、それとだが……」
ブルックは、そこで一度言葉を止めると、何か言い難そうに俺へと視線を向けた。
「今回の件、スグミ、お前には悪いが、上にだけは報告させてもらうことになる」
「報告?」
どういうことだろうか?
「自由騎士組合はあくまで民間の組織だ。まぁ、多少国のカネが入っちゃあいるが、国の犬ってわけじゃねぇ。
だから本来なら、犯罪を犯したわけでもない奴の情報を、他に故意に漏洩するようなことはしない。そもそも、それは自由騎士組合としては明確な規約違反になるからな。しかし、お前はあまりに埒外に過ぎる。
お前がここにいる経緯、他にもお前の力やあの人形、アイテム、勿論、この硬貨など諸々。
こう言ってはなんだが、正直、得体が知れん。
お前のすべてを疑うわけじゃないが、すべてを信じることも出来ん。分かるだろ?
元とはいえ、オレも王国騎士団に所属していた人間だ。そんな奴を、見す見す野放しにしておくことなど出来んのだ。
その辺りを理解してくれると助かる」
勿論、ブルックの言いたいことは理解出来る。
「要は、不審者に自宅の庭先をうろつかれて、悪さでもされてはたまったもんじゃない、ってことだろ?
そのために、規約を無視してでも広く情報を共有する必要がある、と。まぁ、あんた達にとっちゃ、俺なんて完全に異質な存在なわけだからな。
安全を守る側としては、それくらいの対処はして当然だろうよ」
ブルックの言う上というのがどの程度なのかは分からないが、おそらく自由騎士組合の本部だとか国の騎士団、もしかしたら国王……確か、マリアーダ女王とか言ったかな?……なども含まれているのかもしれない。
「理解が早い上に寛容な対応、痛み入る」
と、ブルックは俺に向かって頭を下げた。
しかし……だ。
「んなこと、わざわざバカ正直に俺に言わずに、こっそりやればいいものを……」
と、思ってしまう。
「オレは別にお前と敵対したいわけじゃねぇからな。とは言え、お互い信じ切れていないのはお前も同じだろ?
だからまずは腹を割って話そうやっつーこった」
なるほど。信頼を得る一番の方法は誠実であることだ。
黙ってこっそりやって、それが後でバレれば当然ながら心証は悪くなる。
ならば、最初から本来は禁止されていることを敢えて行うということを宣言することで、ブルックは俺からの信用を得られ、で、俺という存在の情報を流すことを受け入れることで、俺がブルックからの信用を得られる、というわけだ。
そもそも、ブルックは俺がこの国の常識に疎いことを知っている。
ならば、アンリミ硬貨を安く買い叩くことだって出来たはずだ。しかし、そうはしなかった。
ブルックが言っているのは、お互い一歩ずつ歩み寄って、まずは信用出来る素材を増やしましょう、ということなのだろう。
そして、その一歩目はブルック側から歩み出してくれた、と。
「分かったよ。俺だってあんた達と敵対したいわけじゃないからな。お互い仲良くやろうじゃないか」
それに、ブルックのような自由騎士組合の組合長という大きな存在とコネを結べるのは、俺としても大きなメリットがある。
俺はこの世界のことを何も知らない。それを知った上で、一方的に利用しようとするのではなく、協力してくれるアドバイザーが居てくれれるのは心強い。
うまくすれば、元の世界に帰るための方法を探す一助になるかもしれないしな。
「そうしてくれると助かる」
「まぁ、俺としては四六時中監視を付ける、なんて言われなかっただけマシだと思うことにするよ」
「いや、監視は付ける。……そう嫌な顔をするな」
顔に出ていたのか、ブルックが苦笑を浮かべながらそう言った。
「別にずっと貼り付けようなんて気はない。少しばかり話に聞いた限りだが、お前はしばらくはセリカと行動を共にするのだろう?
だったら監視役はあいつに任せる。あの娘が拾って来た男だ。あいつが面倒を見るのが妥当だろう」
「人を犬みたく言うなや」
「迷子のところを捕獲されたんだろ? 似たようなもんだ」
捕獲、ではなくこちらから協力ほ申し出たのだ。
「つっても、誤解だけはしてくれるなよ? オレはお前が何か悪さをするような奴だとは思ってねぇ。
つか、あれだけの力を持っている奴が、今更ちんけな悪事に手を出すとは考えられんしな。
さっきも言ったが、一応の保険みたいなもんだと思ってくれ。
それに……」
そこでブルックは意味ありげに言葉を区切ると、これ見よがしに不敵な笑みを浮かべて俺を見た。
「セリカは身内のオレが言うのもなんだが、美しい娘だ。騎士なんぞをやらせるには勿体ないくらいにな。
そんな見目麗しい娘を傍に置けるんだ。お前も悪い気はしないだろ?」
「……まぁなっ!」
俺は、ブルックの言葉に胸を張って同意した。
この世に可愛い子を傍に侍らせて、嫌な気分になる男が居ようか? いや、居まい!(反語)
「……がはははははっ! お前も好き者だなっ!」
「俺だって男だからなっ! 女の子は大好きだ!」
「ちげーねぇ。なんなら今度、綺麗な姉ちゃんが揃ってる良い店があるんだが、一緒に飲みに行かねぇか? 勿論……宿付きだ」
レッツ、飲みニケーションである。
苦手な上司なんかとの飲みニケーションはご遠慮被りたいところだが、友好の為の飲みニケーションなら大歓迎だ。
俺は割とそういうのは嫌いではない。
しかし、飲み屋に宿付き……それってまさか……
「……そんな店が、あるのか?」
「あるぜ?」
俺の思考を呼んだのか、ニヤリと下卑た笑みを浮かべるブルック。
隣に年頃の女の子がいる前で、下世話な話をするのもどうかと思ったが、チラリとソアラの様子を伺えば、未だに超高額査定のショックから立ち直っておらず、魂ここにあらずといった状態で放心していた。
これなら、こちらの話など耳に入っていないだろう。
行くか? 行っちまうのか? ソープなランドでもなく、特殊浴場でも高級サウナでもない特別なお宿にっ!
だが……
「いいねぇ。けど、今はいろいろと立て混んでるから、手が空いたまた紹介してくれや」
明日はエルフ奪還作戦があり、その後はソアラを村に連れ帰ると、これでもやることは意外と多い。
心から残念ではあるが、お楽しみは先送りにすることにした。
しかし、その時が来れば、少しくらいは羽目を外してもいいかもしれない。
なんの因果か、こんなわけの分からない状態になっているのだ。日本では出来なかったようなことにチャレンジするのも悪くないかもしれない。
「そうか。お前とは旨い酒が飲めると思ったが残念だ」
「俺もだよ。まっ、手が空いたらその時に、な」
“その時”が少しでも早くやって来ることを、今はただ願うばかりである。




