第九話 どらごんといもうととサンドイッチ
鈴木ドラゴン京一郎は佐藤京平という男を知っている。
「とーちゃんの先輩から、名前を一文字もらったんだ」
かつて妹の花子が父親に兄の出生の秘密について訪ねた折、そんな返事があったと記憶している。キョウヘイという名前から文字を貰ってキョウイチロウと名付けられた兄。
「あの人が、とーちゃんにお見合いを受ける事を勧めてくれた。かーちゃんと出会った時にもな、こんな素敵な人を逃がすんじゃないぞって言ってくれたんだ」
見合いの席にまで卵を大事に抱えてきたとーちゃんを見てかーちゃんは爆笑しながら『ああ、この人とだったら大丈夫。素敵な家族になれる』と思ったらしい。
「とーちゃんに仕事を教えてくれて、かーちゃんにプロポーズする決心つけさせてくれた。鈴木家にとっては大恩人だよ」
仏壇に飾られている写真に手を合わせ、父親はしみじみと言った。
「佐藤先輩が亡くなった晩に、京一郎が卵から孵ってね。とーちゃんもかーちゃんも偶然とはとても思えなかったんだ」
ドラゴンの卵は滅多なことでは孵化しない。
日光東照宮には産み落とされたまま四百年目に突入したドラゴンの卵が今も安置されているという。イタリアやフランスあたりでは、水道工事や地下鉄工事の度に一千年物の半ば石化したドラゴンの卵が発見される。
鈴木父の偉業は、北関東におけるドラゴン孵化までの最短記録を実に74年8ヶ月も短縮し世界ランクでも10位圏内に食いこんでいる。
「京一郎が生まれた時は、とーちゃんもかーちゃんも大変だったよ。色んなところで聞いて来て用意したミルクには目もくれずにブロッコリーの芯と聖護院大根にかじり付くんだから」
たんぱく質も大事だよと必死に説得して大豆製品も食べてくれるようになったと鈴木父はしみじみ語る。
「佐藤先輩も大の偏食家でね。肉や魚が苦手な人だったんだ」
奇妙な偶然もあるものだと鈴木父と母は話し合い、京一郎と言う名をつけて育てる事にしたという。
「つまり」
今までの話を辛抱強く聞いてから、鈴木花子は父を見た。
「ひょっとしてとは思っていましたが」
「うん」
「──まさか、私と京一郎お兄様は血がつながっていないのでしょうか」
沈黙が生じた。
耐えがたい静寂であった。鈴木父は手にした古いアルバムを落としそうになり鈴木母は今日のお昼はサンドイッチじゃなくて御赤飯ねと献立の変更を考え始め、当の鈴木ドラゴン京一郎は
『花ちゃん、人間同士からドラゴンは生まれないんだよ』
なにしろドラゴンは卵生だからね。
と、至極どうでもいい解説をして妹から尊敬されていた。
【登場人物設定】
・佐藤京平
第0話に出てきた人。鈴木父の職場の先輩。病に倒れた。故人。鈴木父にとっては人生を左右する助言をくれた人であり、結婚の後押しをしてくれた恩人でもある。大の偏食家であり、肉と魚を受け付けない体質を自覚してもいた。生涯独身だったが「モテなくて当然」と笑い飛ばす人物でもあった。彼が没した日の晩にドラゴン京一郎は孵化した。
・ドラゴンの孵化
真なるドラゴン種は世界に存在を許された数が決まっており、出生数が限界に達すると卵は孵化能力を凍結され休眠する。現存するドラゴンが減らない限りは卵は決して孵化しない。卵が選ばれる基準は不明瞭で、消えゆくドラゴンが指名するとも言われている。