第七話 どらごんと調理実習のカレーライス
第六話はデータ紛失のため欠番となります。
鈴木京一郎にとってカレー粉は禁断の調味料である。
かつて隣の大陸が今の二倍程度の面積を有していた頃、皇帝の象徴として招かれた竜がいた。
竜と言う生き物は地域によっては権威の象徴ではあったが、同時にその血肉は霊薬と考えられていた。新政権を肯定するために過去の権威を徹底的に破壊し毀損する伝統を持つ大陸の国家は、表向きは忌むべき旧弊の象徴として竜を討ち、その霊薬をもって不死を獲得しようと目論んだ。
結果、隣の大陸はエベレスト付近から東側が消失した。
東南アジアと呼ばれた諸国一部と極東の列島が辛うじて免れたが文化大革命だの東西冷戦だので終末思想が漂い始めていた当時の人類は、今更のように自らが霊長でもなんでもないと理解した。
西に拠点を構える二大宗教などはすわ聖戦かといきり立ちもしたが竜が言うには「カレー粉に酔っぱらってしまった。どこかの世界に吹き飛ばしてしまったが多分無事」と返答した。
直に戻るだろうという竜の言葉が世界中にアナウンスされてから三日後、確かに消失した大陸と人々は帰還した。とはいえ幾つかの国や地域では何者かの襲撃を受けて壊滅的な打撃を受けていた。
生存者や目撃者の話を総合すると、異世界に転移した彼らを出迎えて保護を申し出た亜人集団に対して婦女暴行や侵略行為を企てた結果らしい。
「おまえらコロンブスの真似事するんか、ええ度胸やな。ほな久しぶりに忍法サテライトキャノン(物理)でも見せたるわ」
略奪行為に走ろうとした集団は、人種国家思想に関係なく壊滅した。
以来、竜種がどうしてカレー粉で酔っぱらうのかの解明はともかくとしてできればカレーを摂取しないようにというのが暗黙の了解となっていた。
「先生、思うのです。あれは高度に政治的な配慮から来た発言であってカレー粉に非はないんです」
家庭科教師の竹田団十郎が教え子たちを前に力説する。
「そもそもカレー粉というのは概念的なものであり、その実態は複数の香辛料の混合物です。それら単品がドラゴンにとって無害である事は長年の研究で明らかになっているんですよ!」
『竹田先生、それで僕にどうしろと』
「今日はカリフラワーを鶏挽肉に見立てたドライカレー仕立てを作ります」
教師生活13年目に突入するアラフォー独身教師がくるくると回転しながら力説した。
『カリフラワー!』
「そう、鈴木君も大好きな野菜ベスト4に入っている事で有名な憎いアンチクショウなカリフラワーです! こいつを汁気のないドライカレーにすることで美味しく歴史の1ページを刻むのです!」
『凄いです、竹田先生!』
「さあ、それでは調理開始&試食でございますぞー!」
三日後。学校は無事に元の世界に帰還した。
その間に起ったことを学園関係者は決して口にしなかったという。
【登場人物紹介】
・竹田団十郎
学園教師39歳。家庭科担当で裁縫も料理も得意。自作の制服でレストランを開くのが夢。草食であるドラゴン京一郎のためにカリフラワーを挽肉に見立てたドライカレーを考案した。カレーの味そのものは非常に美味であったという。
異世界に飲み込まれたが帰還時に極上の香辛料詰め合わせを手にしていたという。
・カレー粉
仮説①ドラゴン種を酩酊させる魔性の粉末。
仮説②カレー臭のする何かがドラゴン種を遺伝子レベルで恐慌状態に陥らせ時空間を暴走させてしまう