第五話 母と天使と父とどらごん
鈴木家の母は、名前を呼ばれることに抵抗がある。
ジョージアという名称はキリスト教における竜退治の聖人に基づく有難い名前ではある。が、日本という国においてその名は缶コーヒーのブランド名であり、略してジョージと呼ぼうものなら男だと誤解されかねない。
実際問題、婚姻届を役所に提出する際に戸籍課の若い公務員が実に気の毒そうな顔でこちらを見ていたのを鈴木母は今でも覚えている。
「申し訳ありません、日本では同性同士の婚姻はまだ」
あくまでも善意から来る言葉ではあった。
だからこそ度しがたいのではあるが。
仕事の邪魔になるからとばっさり切ったピンクブロンドの髪がいけなかったのか、それとも日本人女性よりも慎ましい胸部が彼女を女性として認識させなかったのであろうか。
彼女の名誉を守るために記述するならば、ジョージア・A・エンジェルは幼年学校でもハイスクールでもカレッジでも、間違いなく第一級の美女として扱われてきた。
特に家名の影響もあってか幼年学校時代に所属していた聖歌隊ではソプラノでのソロを任されるほどの見目麗しさと甘く美しい声をもって知られるほどであった。
もっとも。
『天使の歌声をもつ少女よ、今こそ聖ゲオルギオスの名のもとに東洋の竜を倒して神の威光を知らしめるのです!』
ジョージアの青春を歪ませたものがあるとすれば、聖歌隊に所属した頃より出没するようになった自称天使共であった。
我々は天使です。
あなたの家名は天使ではないですか、すばらしい。まさに同胞。
同胞ならば我々の目的を共に叶えてくれますよね。
叶えるために全てをかけて戦ってくれますよね、ありがとう!
ある時はアフロのアフリカ系シスターとして。
ある時は全宇宙に君臨する歌って踊るスーパースターとして。
ある時は一部のファンが熱狂しているアニメのヒロインとして。
ある時は屈強な傭兵部隊の一員として。
天使を名乗る者たちは、どういう訳か特別な力をもつ訳でもないジョージアに竜を討てと囁き、勧誘し、脅迫した。
カレッジを卒業した彼女は胡散臭い関西弁を操る日本人とトナカイのコスプレをしたフィンランド人の薦めで日本に生活拠点を移し、そのついでに天使を自称する怪しげな集団と縁を切ることに成功したのである。
「いやあ、ワイもな。嫁が三人いるって事実をマイサンが学校でいつ暴露せんか心配で心配で仕方ないんや。とりあえず、無駄に厳しい戒律を無関係の人間に一方的に押し付けんな」
翼が生えて歌ったり踊ったりビームを撃ったりする自称天使達をコンクリ詰めにした挙句に大阪湾に沈めていくエセ関西弁の男。
沈めても燃やしても旧時代のTVゲームのように復活してくるため遂には上級天使ごと封印をかまされ、最上位の存在が菓子折り持ってアジア諸国に土下座行脚する羽目になったのだが、そんな四文字熟語の愉快珍道中が裏でそのような事態が進行していたなど想像もせず、ジョージアは日本の商社でスーダラ課長専属の通訳を兼ねた社員として採用された。
「その後は、取引先の重役さんのご紹介でお父さんとお見合いして。いい人だったからとんとん拍子に話が進んで今に至るわね」
やだー、もう今更はずかしいじゃないのー。
年相応に老けてはいるが、穏やかに歳月を重ねたであろうジョージアは幸せそうであった。
「お母さん、その」
「なあに、花子ちゃん?」
「伝説の剣とか、宿命の血とか、超能力とかそういうのは?」
「ええと――そうそう。うちの実家はイギリスなのに料理上手だって
御近所で評判だったわ。代々レストランのシェフが勉強しに来るほどだって」
なるほど、そら特異能力だわなあと。
鈴木ドラゴン京一郎は納得し、一縷の望みを賭けて母の話を聞いていた鈴木花子は力なく項垂れるのであった。
【登場人物紹介】
・鈴木ジョージア
鈴木ドラゴン京一郎の養母であり鈴木花子の実母。
イギリス出身だが料理上手。歌も上手。胸は慎ましいが婚活には何の支障もなかった。ピンクブロンドの髪。来日した後は横浜にある仙刻商事に就職し営業第二課の通訳スタッフとして活動していた。
・胡散臭い関西弁の日本人
SS掲示板に掲載していた別の物語の主人公。カレー屋の同業者。異世界の魔王姉妹と腹心を嫁にした男。生まれた息子に幼馴染なんて存在しない(歴史修正)。この説明に深い意味はない。
・トナカイのコスプレをしたフィンランド人
胡散臭い関西弁の男と組んでこの世界で色々な悪と戦った男。日本で発生した大災害時に救出した少女に逆レかまされるような歴史は存在せず、生まれた娘が関西弁の男の息子と幼馴染になるような世界線は念入りに消滅させられた(歴史修正)。この説明に深い意味はない。




