二十一話 どらごんと道草の達人
SS掲示板時代の投稿はここまでです(最後書き足してますが)。
ひとまず本エピソードで完結扱いにして、気が向いたら適当にエピソードを追加していければと考えております。
あるとき鈴木ドラゴン京一郎は夢の中で見知らぬ草原に立っていた。
地平線の彼方まで広がる膝丈の草原は潮を含む風に揺れ、昇る陽を受けて黄金色に染まっている。金色に染まる草原に照らされてか、薄墨を流したような夜闇は西の奥にと押し込まれ、金と黒のまだら雲が空の蒼に色彩を与える。
美しい光景だ。
京一郎は息をするのも忘れて景色を見る。
この草原はどこまで続いているのだろう。あの地平線の向こうには、潮風の源があるのだろうか。
どんな海だろうか。
穏やかなのか、激しいのか。魚はいるのか。同族の竜は。
夢であると自覚しながらも、ドラゴン京一郎は前に進もうとして、気付く。
目の前に並ぶ、朽ちた杭。
周りには羊の群れ。草の色と同じ金毛の羊たちは、杭のこちら側で草を食む。杭は低く羊を止める役目をはたしているとは思えない。それでも羊たちは大人しく、こちら側が世界の全てだと言わんばかりである。
「見に行けばいいじゃないか」
羊と共にいた牧童の少年が、ドラゴン京一郎を見て笑い、背丈よりも長い杖を杭の向こう側へと指し示す。猫妖精の飾りのついた小さな短剣を腰帯に差し、碧色の瞳が畏れもなくドラゴンである京一郎に向けられる。
「ここは村の境。羊たちにとっては世界の果て。こっち側が世界の全て」
『うん』
「でも、君はドラゴンだろう?」
『そうだよ』
「君には翼がある」
『うん』
「君には力強い手と足がある」
『うん、うん』
「ちなみに僕の妹もドラゴンなんだけど、いま君の背後で食欲を抑えきれずにいるから早いうちに飛び出してくれると嬉しい」
牧童の少年が呟くと、ドラゴン京一郎の背後であんぎゃーという咆哮と共に空気が震え周囲に紫色のプラズマがまき散らされた。
『あ、ありがとう。命の恩人だよ、えーと君の名前は』
「ニコ。時の果てでまた迷うことがあれば此処においで」
道草の喰い方くらいなら教えてあげるからさ。
牧童がはにかむ。
慌てて翼を広げ飛び上がった京一郎が見たものは、彼の十倍ほどはある紫に輝く美しいドラゴンが羊の群れに踏まれて身動きできない姿だった。
牧童の少年は京一郎が海を目指して飛んだのを見届け、足元の草を一枚毟って草笛を鳴らした。
冥鳴と、竜をねじ伏せる羊が吠える。
竜はしばらくあんぎゃあんぎゃと鳴いていたが、やがて五歳ほどの童女に化けると牧童に抱きつく。童女は飴玉ひとつで機嫌を直すまで泣きじゃくり、牧童は小さく小さく息を吐いた。
▽▽▽
鈴木ドラゴン京一郎が目を覚ますと、そこは学校の前庭だった。
天気が良いからと芝生の上で仰向けになって昼寝していたのだ──と思い出したのは、腹の上に覆いかぶさるように抱き着いて寝ている制服姿の妹と、両腕にしがみつくようにして狸寝入りしている幼馴染と後輩の姿を確認したためだ。
傍らには、丁寧に折りたたまれたドラゴンの革。
(ねえニコさん)
身動き取れない己の状態を確認しつつ、ドラゴン京一郎は空を見上げた。
(ドラゴンの翼も手足も、こんな時はなぁんの役にも立たないものなんですね)
僕はこの人たちを振り払って行くことなんて到底できそうにありません。
諦めたような、それでいて少しだけ気恥ずかしそうに頬を緩めると、ドラゴン京一郎は再び夢の世界へと旅立った。
【登場人物紹介】
・ニコ
牧童の少年。道草の達人。金毛の羊を従えしもの。魔法猫達の友。竜を母とし竜の兄となった者。いつの日か冒険の旅に出ることを運命付けられている。5歳の時に72歳のハーフエルフにガチ求婚された。
・紫の竜
宵の魔女、おしまいの魔女、サージェリカの名を有するドラゴンの娘。兄離れが出来ないが同族の友達も欲しくて京一郎を夢の中で喚んだ。愛情と食欲の区別が曖昧。でも羊には勝てない。
・金毛の羊
魔女の島固有種とされる。ドラゴンでも勝てない。こいつの毛糸で編んだぱんつは最強の防御力を誇るため冒険者の女性が見栄えと女子力を犠牲にしてでも手に入れたいと願っているほど。




