9話 それまでに
「それで攻略するというダンジョンはどんなところなのか、詳しく聞かせてください」
何の事情も聞かされないままダンジョン攻略を手伝ってほしいといわれているので、当然ながらアレットは今回挑むダンジョンの情報は何一つ持っていない。しかし、ある程度の推察はしていた。おそらくは強力な魔物が出現するか、罠や謎かけなどの特殊なギミックがあるダンジョンだろうと。
話を持ち掛けてきた二人は自分と同程度の実力者だ。模擬戦では二人で自分一人と互角であったが、一対一でも負けずとも勝てると言い難い実力だった。その二人が協力者を求めているのだから、そんな二人でも倒すのに苦戦するほどの魔物が出てくるのだろうと考えるのが妥当だ。
しかし、ダンジョンの難易度は周囲の汚染された魔力に応じると、船にいた時に聞いたことがある。ならば汚染された魔力がほとんど無いこの島では、強力なダンジョンは生まれないはずだ。
確か平均的に、ダンジョンの周囲に出現する魔物と比べて2ランク高いらしい。この島では遭遇した魔物は総じて弱く、低くて1ランクのゴブリンにホーンラビット、高くても3ランクのヒュージボア程度だ。ならばダンジョンボスであっても高くて5ランクの亜人型か獣型といったところだろう。この二人なら相性がよほど悪くても勝てるはずだ。
ならば、罠などの特殊なギミックがあると考えることが正解だろう。
そう考えていただけに、ソフィアの言葉にはとても驚くことになった。
「いや、実は攻略自体は終わっているのよ。」
ソフィアとモアナがそのダンジョンを見つけたのは、二人がこの島にたどり着いて半年ほど経った頃だった。家を作り食料を安定して確保できるようになり、島を本格的に探索していると、島の中心にある岩山の頂に奇妙なものを見つけた。
「これって……祠ってやつかしら?」
「社のはず、たぶん。」
二人が見つけたものは、しいて言えば神社の鳥居の様なものだった。石の通路が奥まで続いている。地球の神社で言う境内にあたる空間には音一つ無く、生き物の気配もない。危険は無いと判断して最奥まで進んでみた。
そこには神様がまつられていたような神棚が腐り落ちたような状態で放置されていて、その奥にはしめ縄で区切られた洞窟の入り口が見えていた。
「「洞窟……?」」
それは境内以上に命の気配が感じられない、まるで空間そのものが切り取られているようだった。入る前から人間が踏み込んではいけないような雰囲気を感じたが、調査に来ておいて不明瞭だから行かないということはあり得ない。
不安を誤魔化すように手をつないで、洞窟に足を踏み入れた。
「洞窟なのは最初だけみたいね。……ってなにここ。人が住んでいるのかしら?」
「これって……お寺?お堂?………かな?」
二人が足を踏み入れた洞窟は一本道であり、下に続く道しかなかった。そこをしばらく下っていくと、ありえない風景が広がっていた。それは、前世である地球の知識を持つアレットであれば、仙人が住んでいそうな山奥の隠れ里というだろう風景だ。
真っ直ぐに道が続き、その周りには木で出来た家々が立ち並んでいる。日々の糧を得るための畑が広がっている。それは、ざっと見た限りでは100人にも満たないであろう山奥の村のようだった。
ただ一つおかしいのは、住民の気配が全くしないことだろう。
「明らかに人里って感じだけど、人がいないわね。廃村なのかしら」
「…いや、まってソフィア。そもそもおかしい。私たちは島にいたはずだし、ここは山頂の洞窟から入ったのだから山の内部のはずだし…………。
っ!ソフィア!ここはダンジョンだよ」
「へ?きゅ、急にどうしたのよ。モアナ。そんなにたくさんしゃべるなんて初めてね。
で、ダンジョン?なんで?」
「……上を見ればわかるよ」
「上?」
人間としては頼れる人物であるが調査員としては三流のソフィアは、今まで見たことがないほど鋭い顔つきをして聞いたことがないほど流暢に言葉を続けるモアナに言われるがままに上をみた。そして絶句し遅れながらに理解した。
洞窟に入ったにもかかわらず、そこには青空が広がっていたのだ。
「……なるほど、確かにこれはダンジョンでもない限りあり得ないわね」
山頂の洞窟に入り下っていくと、そこには青空が広がっていた。これに説明をつけるには、いつのまにか空間転移を仕掛けられたか、洞窟だと思ったものはダンジョンだったかだろう。
ダンジョンは周囲とは隔絶された異空間だ。前後上下左右共に、一枚の絵のように世界の壁が存在しそこから先に行くことはできない。そのため、ダンジョンの内部では各階層ごとに空や海があるものがあるのだ。
「ダンジョンってことは、魔物も出るでしょうね。モアナ、すぐに気が付けなくてごめんね。ここからは気を引き締めるから」
「…気にしてない。それよりも先に進もう」
二人は緩みかけていた気を引き締めて、廃村の様な場所を後にした。
結論を言えば、簡単に最下層まで行けた。
魔物が出てくることもなく、道も一本道だった。
村の中心を通る道を進むと、最後にはさらに下の階層へ続く道があった。そして再び道がまっすぐ伸び、やはり最後には下へ降りる道がある。周囲の景色もさほど変わらない。村から村の裏、村のはずれの水辺、村の近くの森といった違いはあるが、基本的に雰囲気は変わらない。魔物が出てく風景であっても、結局は何も出てこない。
そんない道を歩き続け十階層目にたどり着くと、何やら行き止まりの様だった。
階段があった場所には見上げるほどの大樹がそびえたっており、そのくり抜かれた胴体には狐の像が祭られていた。その台座には同じく狐が書かれた扉があった。
「なんというか、これが『いかにも』というものなのかな」
「…うん。たぶん。ダンジョンボス」
扉を開けてみると、二人の予想したようにダンジョンボスの間であった。
そこは、木製の床が無限に広がっているような部屋だった。扉の反対側には、何やら豪華な装飾のされた扉があり、その前に、亡霊の様な男性が立っていた。
黒い道着に赤い帯、黒い髪を後ろで縛り、腕にはかぎ爪の様な小手を着けていて、扉を守るように立ちはだかっている。
「あれって…人間かしら」
「人間に見える。でも、ちょっと透けてる」
「じゃあアストラル系の魔物かしら…でも、アンデット特有の邪気を感じないわね。
どちらかというと、精霊に見えるわね」
二人が警戒しながら会話をしている間、その男性は虚ろな目をしたまま、微動だにしなかった。
二人はその後もしばらく様子を見ていたが、じっとしていても仕方がないと牽制として魔術を唱える。
様々な魔術を連発しても男性はじっと立ったままだったが、後ろの扉に魔術が着弾する寸前に、男性は動き出した。
「【振拳】」
そう呟き武技を発動させると、地面を拳で叩き衝撃で全ての魔術を吹き飛ばした。
ソフィアとモアナは驚愕のあまり動きが一瞬止まり、再び動き出す頃にはすでに男性は目の前にいた。
「【閃拳】」
閃くような拳が前にいたモアナに直撃し、そのまま後方の壁まで吹き飛ばし、その勢いのままソフィアにも蹴りかかる。
「モアナ!?このっ!」
ソフィアは瞬時に発動できる風属性魔術で回避し、モアナを回収に向かう。
「モアナ!大丈夫!?」
「……なんとか、とんでもなく速いけど、威力はそこまでじゃない。ちょっと腕がしびれるけど」
咄 嗟に両腕を十字に重ねて防御し後方に飛んだために目立った負傷はしていないが、それでもなお腕が痺れて使えなくなるほどの威力だった。ソフィアは風属性の回復魔術をかけてそれを治す。
「あれ、とんでもなく強いね。逃げたほうがいいね」
ソフィアは即座に撤退を考えたが、戦闘に秀でているモアナは違う考えを持った。
「…たしかに強いけど、攻略できるかも」
「え?ほんとに?」
「うん。ほら、追撃してこないで扉の前に戻ってる。それにさっきよりも体が薄くなってる。あれが何にせよ実体がないから、たぶん、武技で魔力を消費したせいで体を保てなくなっているのだと思う」
「じゃあ、魔力を使わせ続ければいつかは消えるのね。でもその前に私たちが死ぬだろうし、いったん撤退しましょう。今回はあくまで調査、ここは無理する場面じゃないわ」
「……わかった」
二人は撤退し、その後も定期的にダンジョン最奥の男性と戦い続けた。
「なるほど、事情と経緯は分かりました。でもそれは、俺が関わらなくても問題がないように聞こえるのですが」
アレットはダンジョンが攻略じたいは終わっているという意味は分かったが、ならばなぜ自分をダンジョン攻略に誘ったのかという疑問が沸いた。
その言葉にソフィアはバツが悪そうに口を開いた。
「ごめんなさい。最初にあったときの言葉は嘘……というか方便のつもりだったの。この限られた広さの島で見知らぬ人に関わらないでいると、いつか敵対する可能性もあるから、それを潰しておきたいなって思って、あなたに声をかけたのよ
最初から正直に言っても、たぶん信用されないだろうなって」
そういうことかと、アレットは納得した。
リアルの関係で次とその次も休むかもしれない。




