86 獅子王を襲撃する
出航を確認して暫し。
タウラスの島が見えなくなった頃合いで甲板に降り立つ。
左手に銃を、右手に槍を。
「獅子王を出せ!」
狼狽える船員達に怒鳴りつける。
何人かが慌ただしく船内へ消えて行く。
ややあって、獅子王が姿を現す。
その前を護衛の人を盾にする様に伴いながら。
「落ち着け、友よ」
静かに獅子王は言うが、その表情は殊更険しい。
それを守る様に立ちはだかる護衛の人は剣に手をかけている。
「場合によってはこの船をアルデバランに落とし、そして真珠の下に付く」
銃を王に向け言い放つ。
◆
闘技大会が終わった後の話。
真珠姫の一団が金牛王へ型どおりの挨拶をし、そして辞去しようと向けた背に、こう投げかけたそうだ。
「邪の力を持つ娘よ。お前の配下は死んだそうだぞ?」
姫の友人、と言う名目で護衛を兼ね真珠姫に付き従っていたジルヴァラに対して。
足を止め、素早く仮想ウインドウを展開し、そこに変わらず俺の名がある事を認めた後に振り返り、金牛王を見つめ言い放つ。
「それは、私の事かしら?
であるならば、配下の者とは先程ご自慢の自由騎士の方を瞬きする間に打ち倒した者の事かしらね」
怒りを押し殺した静かな声。
「いかにも。
汚らわしい紋を持った家畜の事である!」
反対に心底嬉しそうな金牛王。
「ハルシュが死ぬなどあり得ない事だけれど、本当ならば殺した者を見つけ出し焼き尽くして上げますわ。十度死んでも足りない程に。
例えそれが、浅ましい王だとしても」
ジルヴァラは、口許に笑み浮かべそう言い返す。
しかし、握り締めた拳は微かに震えていたらしい。
「金牛王よ。我の眼前での我が友、そしてその友人への侮辱は、我らへの侮辱と見なすぞ?」
真珠姫がジルヴァラの前に立ち塞がりそう宣言する。
場を収めようと。
「何、事実を教えたまでの事。
そこに意味などあらぬよ」
そう言って豪快な笑い声を城内に響かせた。
あるいは、下品な笑い声とも。
「では、覚えおきなさい。王よ。
私とハルシュは世界を燃やし尽くした後にでも二人で生きると」
聞く人が聞いたならば、戦線布告、そう取られてもおかしくない言葉だ。
◆
これが、俺が空を落下している間の出来事。
そして、こうして獅子王の船が飛び立つのを待つ間に怒りを含ませたリーザと僅かに鼻声のジルヴァラからそれぞれ通信で聞かされた話。
汚らわしい紋、それは、死んでなお子を思う親の身勝手。それ故、少女は今を生きている。
それを嘲笑う国があるならば、そんな国、野に帰してしまおう。
修羅と共に。
世界がそれを許さないと言うならば、そんな世界、燃やし尽くしてしまおう。
魔王と共に。
◆
護衛の人から殺気が漏れる。
「不死者と関わるものは即ち悪か?」
獅子王に問い掛ける。
「であるならば、我らはこうして話などしておらぬ。
違うか?」
護衛の向こうで、憂いを含んだ表情で静かに言う獅子王。
直後、左手首に激痛が走る。
他者の攻撃……ではない。
左の手首に巻かれたスヤマンタカ。
……悪人を罰する……。
これは、罰、いや、警告か?
チラと手首に巻かれたアクセサリーに目を落とす。
元々は数珠の様な宝石の繋がった物であったが、ウミの手により黒い鎖に生まれ変わっている。
若干バチあたりじゃねーかなと受け取りながら思ったものだ。
今、手首を締め付けるその鎖が『バカじゃないのー』と、そう言っている気がした。
脳裏にヴリトラとの激闘、勝利の後胸に飛び込んで来た少女の顔、そしてピエラのパンチラ、パンモロが走馬灯の様に蘇る。
少し、冷静になる。
ここで獅子王を殺し、この船をアルデバランに落とした所で事態は好転するだろうか。
それはそれで面白そうではあるんだが。
ただ、あの街にはまだ少女も残っている筈だ。
流石に巻き込むのはマズイな。下手したら死んでしまう。俺もろとも。
左手の銃を下げ、右手の槍を甲板に突き刺す。
「確かに言うとおりだ。済まない」
頭を垂れ、非礼を詫びる。
「同じ全天二十一の王として、金牛の無礼は詫びる」
頭上から掛けられる獅子王の言葉。
出来た人物だな、と思う反面、出来すぎて裏を勘繰らざるを得ない。
「中で話そう」
そう言って、王が船内へ消える。
俺は槍を引き抜き、その石突を未だ剣に手を掛けている護衛の人に向ける。
小さく眉を跳ね上げた後、剣から手を離しそれを受け取る。
次いで、銃も。
非礼に対するせめてもの詫び。
そう言えば、左手首の痛みは無くなっていた。
◆
「相変わらずだな」
船内の一室。
椅子に座った獅子王が呆れた顔で言う。
その表情に笑みは無い。
「……殺されかけたからな。
その上、知り合いを侮辱されてはな」
「真珠の客人と騒ぎになった話か」
「見てたのか?」
「いや、後から伝え聞いた。ヴァルゴも女王が来ていればこんな事に成らなかったろうに」
「悪いのはあっちだろ?」
「……そうだったな」
喧嘩を売られて、買うほうが悪いと言う理屈は許しがたい。
「それと国外追放だったか」
「ああ。空に放り投げられた」
「それでも生き残るか」
「まあな」
「このまま王宮に来い」
「断る」
「その方が身の為だ」
「何故?」
「直ぐに世界中で手配されるだろう。
そうなったら町にはもう入れん。
匿うなら今しか出来ないからだ」
最悪だ。
裏に続き、表でも手配者。
「それは取り消せないのか?」
「発起人の金牛王にしか出来ぬ。
もしくは全天二十一の王、その半数が反対すれば無効となるが」
「そうか。それを掛け合ってもらう訳には行かないだろうか?」
「無理だ」
「無理か」
「掛け合った所で何もせぬ王ばかりであるからな。
ただ静かに終末を受け入れる者たち。
他者の言葉に反抗など望むべくもない。
そういった意味では金牛王のほうがいくばくかマシなのだよ」
つまり獅子王や、金牛王が異端という訳か?
何にせよ、どうにも成らない事情がありそうだ。
「その手配は何時からかかる?」
「明後日には主要な都市には入れないと、そう思っていたほうが良いだろうな。
行けるなら南方の小さな集落にでも身を寄せろ。それとて安全とは言えぬだろうが。
ま、我の街には入れるようにしておく。
ただし、港ではなく門から入れ。
王宮の門は何時でも開けておく」
「……助かる」
が、あまりに話が美味すぎる気もする。
少女も連れてこいと、暗にそう言ってるのだろうな。
「出来ればしばらく王宮内で大人しくしていてほしいものだが」
「いや、それは断らせてもらう」
メシが、不味い。
「不死者が立て続けに現れる今、戦争などしている余裕は無いのが本音なのだよ。
それを、世界を燃やし尽くすなどと」
「別に戦争をしたい訳じゃない」
一方的にあの国の王を蹂躙できればそれで事足りる。
世界がそれを黙認するならば。
しなければ、まぁ、戦争だろうね。
「その言葉、信じるぞ?」
とびっきり爽やかな笑顔を一つ返す。
心底嫌そうな顔が返って来る。
「ここで手足をもぎ取って監視下に置くが正しいかと」
護衛の人の物騒な提案。
「それがどう言う結末を迎えるのか、興味はある。やって見るか?」
国が一つ壊滅するのかしないのか。
するならば、怒りに身を任せた何人かが俺を助けに来る訳だ。
そこで、動けなくなった俺と感動の再会。
悲劇のまま、物語の幕は下りる。
あるいは、誰も来ないのかも知れない。
いやー、一人くらい来るだろう。
来るよね?
「代償が大き過ぎるな。
それに出来るなら共に戦って欲しいのだよ。
この先の世界の為に」
首を横に振りながら獅子王が答える。
「一時でも、味方でいる事は感謝している。
だが、先の事は断言出来ない」
四方、敵だらけらしいから。
取り敢えず、あの牛は殺す。
「結局、縛れぬか」
「何故俺に拘る?」
「自由だからだろうな。俺には無い物だ。見ていて飽きない」
「それは、お前の側に着いたら無くなる物じゃ無いか?」
「そうであるならば、それはそれで心地良いであろう。
卑しいか?」
「いや。全うだ」
他人を羨み、引き摺り下ろす。
人間臭い。
ただ、普通はそれをひたすらに隠そうとする。
「そうか」
俺の答えが気に入ったのか声を上げ笑う獅子王。
それを合図に護衛の人がドアを開ける。
帰れ、と言う事をだろう。
「今度、美味い店を紹介してやる」
「ほう?」
「二人でこっそり来るんだな」
椅子から立ちながらそんな軽口を叩き、護衛の人が視線でだけで早く出ろと促すのに従う。
◆
甲板で槍と銃を受け取る。
「お前が居るといつも王は楽しそうで困るのです」
護衛の人がポツリとそう呟いた。
それに小さな笑みを返し、俺は飛空挺から飛び立った。




