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72 少女に踊りを習う

 翌日。

 少女と二人部屋にいる。


 やる事が無い。

 流石に王宮の中を勝手に出歩く訳にも行かず。

 監視を伴い中庭などを散歩したが、やはり気になるのだ。

 恐らく歓迎されていないのもあるだろう。


 結局少女と部屋で紅茶を飲んでいる。


「そうだ。ダンスの練習をしましょう」

「あ、そうか……」


 少女が立ち上がり、手招きする。


「全く始めてで?」


 その少女の問いに頷き返す。


「では、一度見てください」


 少女はそう言って右腕を真っ直ぐ横に、左腕は軽く曲げ僅かに上げた姿勢を取る。

 そしてそのままステップを踏みながら部屋の中を優雅に一周。


「どうです?」


 俺を向き直り、微笑みながら問う。


「どうって……」


 無理だと思うわ。


「やってみましょう」

「ああ……」


 促されるまま、左腕で少女の右手を取り、そして右腕を少女の背に添える。


「行きますよ」


 そう言って少女は俺の左腕を引きながら、後方へステップを踏む。

 それに合わせ、左足を大きく前に出す。


「そう。次はステップ」


 軽く跳ね右足を左足の元へ。


「そう。これを続けて行けば良いのです」


 いや、軽く言うけどさ。

 スキル、スキルを買わせて下さい。


 ◆


 イテッ。

 足に軽い衝撃。

 動きが止まる。


「すまん」


 広いとは言えやはり居室。

 置かれたテーブルに足をぶつけた。


 少女にダンスの手ほどき受け暫し。


「お上手ですよ」


 本当か?

 何とか様にはなっているのか?

 それでも大分ゆっくり動いている様に思うが。


「でも、やはりここだと狭いですね。

 そうだ、ホールに行きましょう。

 誰も居ないでしょうし」


 王宮の空気に昔を思い出したのか、少女が積極的に動き出す。


 止める間もなく、そして、止める理由も無く、監視の人に案内され、共に明日、舞踏会の会場となるホールへ。


 誰も居ない、と言う事は無かった。


 ホールに入る前から弦楽器の音が耳に入っていた。


「あら。楽団の人達でしょうか」

「王宮自慢の弦楽四重奏団の皆さんですね」

「ハルシュ、音楽付きで練習出来ますよ」


 嬉しそうに言う少女。

 それは、華やかな暮らしへ回帰する喜びからだろうか。


 突然の闖入者に演奏を止める四人組の楽団。

 現実の弦楽四重奏と同じくヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの様だ。

 そちらに駆け寄り何やら話しかけている少女。

 そして、小走りにこちらに戻って来る。


「初めは静かな曲をお願いしました」


 そう言って俺の前に立つ。


 やがて十六本の弦が雄大な音を、人の居ない体育館ほどのホールに響かせる。

 少女に促され、右手を差し出す。

 軽く礼をして手を取る少女。

 そして、ゆっくりと先程習ったステップを踏む。

 少女にリードされながら。

 二人の為に奏でられる音に乗って。


 曲が変わり、少しテンポが上がる。

 少女の顔が少し上気し赤くなっている。

 ……そう言えば随分と体力がついたな。

 少女を引き受け、もうそろそろ二カ月。

 思えば毎日の様に共に散歩をしていたか。


 音に合わせ、だが、大分拙い足つきのパートナーにも少女は嬉しそうに笑顔で踊る。


 やがて、曲が変わる。

 穏やかなテンポ。

 自然、ステップが小さくなる。

 それに合わせ、少女が体を寄せて来る。


「結婚を申し込まれてしまいました……」


 音に消え入りそうな程小さな声で、少女がそう告白した。


「そう……」


 獅子王は宣言通りに事を進めたか。

 しかし、少女は意外な事実を続ける。


「レオンハルト二世……私の夫になる人でした」

「……それは」

「二代目レオ王国国王です」


 なんと。

 三百年掛けてなお、この少女を迎え入れようと言うのか。

 この国は。


「顔を見た事も無かったのですが」


 そこまでの執念があったと言う事だろうか。

 いや、ただの偶然。


「そうか」


 曲に合わせ足を小さく運ぶ。


「不思議ですね。あの人は、その方の子供の子供の子供の……」


 それは、少女が世界から失われた時間。


「君はここに居る。

 世界は変わったかもしれないが、そんな事は関係ない。

 君の思うままにすれば良い」


 大食いの女王でも、何にでも。

 多分、あの自信満々の獅子王も尻に敷けるさ。

 魔王の弟子なのだから。

 ……でも、月に飛んで行くのだけは止めてね。


「はい。

 ハルシュはそう言ってくれると思ってました」


 なんだろうね。

 娘が嫁に行く見たいな感じか。

 たった二カ月だったけど。


「だから」


 曲が終わった。

 足を止める。


「断りました」


 え?


「そうなの?」

「はい」


 え?


「どうして?」

「まだ世界を見終わってません。

 一緒に回りたいです。

 それに、この国にずっと住むのは……その、食事が……」

「口に合わない、か」


 思わず苦笑する。


「……はい。

 だから、一緒にいます」


 そう言って少女は俺の胸に額を押し付ける。

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