62 牡羊座を一周する
少女が、手にした細い細い木剣を振り下ろして来る。しかし、僅かに戸惑いの見えるその太刀筋を俺の長めの木の棒が弾き返す。
「そんなんじゃ、ずっと留守番だぞ」
挑発を含んだその一言に、少女の目から迷いが消える。
小さく息を吐き、そして、全身を使った鋭い突き。
半身になりながら避ける。
「動作が大きい」
偉そうに指導する程の実力で無いのは自覚しているが、それはそれ。
思った事は言う。
そんな打ち合いを、十分ほど。
「思ったより動けるな」
正直な感想。
誰かは知らないが、この少女に稽古を付けていたのだろう。
父親か、もしくは月に消えた英雄かが。
「少しくらい、当てられると、思ってました……」
肩で息をしながら少女が言う。
まぁ、レベル差とかも当然あるだろうしな。
「ジルヴァラよりよっぽど強いんじゃ無いか?」
ここにいない師匠を引き合いに出す。
「それ、ジル姉様の前で言わないで下さいね」
褒められたと思ったのか、少し嬉しそうに答える少女。
「突きで前に出る時は、少し飛行で勢いを付けても良い。あと、守る時は魔王の盾も使えるだろう。
新しい力ばかりだが、少しずつ、自分に合った使い方を探して行けば良い」
「はい」
ただ、一つ注文があるとすれば、剣は持たない方が良い。
止めを刺された時の怨みのこもった目。
それを間近でこの子に向けさせたく無い。
そう、心に浮かんだが、口に出す事は無かった。
そこまで気にする事も無い、そう、思い直した。
少女がその力をどう使い、そして、その結果何に苦悩するかなんて関係の無い事だ。
少なくとも、俺には。
◆
~【メサルティム】 エリア:アリエス~
牧草地帯に囲まれたのどかな町。
レンガ造りの二本のサイロが名物。
夜、アリエス島三番目の町へ。
心なしか、夜のほうがワンコが活発だ。
と言うか、日一日と大きくなっている気がする。
召喚した時の倍くらいになってるんじゃないだろうか。
顔つきも、なんとなく狼っぽくなってきた。
吠えたりしない賢いワンコ。
なんか、少女をライバル視しているよな素振りが見えるが気のせいだろうか。
明り取りでガラス張りになっている天井。
今は星の煌めきが見える。
そんな風呂に浸かりながら、この珍道中はいつまで続くのだろうかと答えのない問を月に投げかける。
ウサギからも、英雄からも返答はなく、仕方なく、自分の胸に問い掛ける。両手で包み込みながら。
◆
~【ボテイン】 エリア;アリエス~
肥沃な牧草地帯。
よく肥えた羊の料理が名物。
アリエス島四番目の町。
牧羊が居て、そして、牧羊犬とワンコが戯れる。
その横で、少女が羊たちに囲まれ身動き取れなくなり、涙目になる。
そんな些細な事件が起きる。
飛べば良いのに。
ワンコがまたちょっと大きくなった。
少女の魔法は狙いを違わない。
精度は師匠以上の様だ。
センスかなぁ……。
◆
計四日をかけ、アリエス島を一周。
爽やかな風が、緑の絨毯を揺らす、そんな島。
◆
次は、タウラス島。
アルデバランは何度も訪れているが、他の場所には訪れたことが無い。
恒例となった散歩。
既に何度となく歩いた街並み。
「うーん、こうやって一つずつ歩いて島を回っていくつもりなのかな。ジルヴァラは」
「そのつもりだと思いますけど?」
だよなー。
フィールドを歩き、次の街に宿を取る。
ワンコと少女のレベル上げも兼ねてのこと、それは理解しているのだが、あまりに退屈になってきた。
かと言って、ギルドで仕事を請ける、何ていうのは論外だ。
俺のギルド資格が凍結されているし、下手に調子に乗ってミノタウロスの二の舞いは避けたい。
特に、守らねばならないものが増えた今は。
そして、早くも明日から次の降臨イベントが始まる。
ただ、見送りかな……。
今回は。
「退屈ですか?」
あっさりと少女に見透かされる。
「そうだなー。ちょっと」
「そうですよね……」
しかし、少女から目は離したくない。
ジルヴァラに預けっぱなしにするのはどうも心許ない。
「俺も何か楽しみ方を探そうかな。ウミの食べ物ガイドや、ジルヴァラの薬草集めみたいな」
あまり、気乗りしないが。
居なくなって改めて思い知らされる、ウミのありがたみ。彼女が少女を気にかけていたのに甘え結構好き勝手やっていた。
まあ、良いことじゃないんだけど。
他人に自分のペット預けてるみたいなもんだから。
「私と、ウミさんやリーザさん。何が違うのですか?」
まとまらない思考のままに歩く俺に少女が、小さくそう言った。
「……何が?」
少女が何を問いたいのかが理解できない。
「ウミさんやリーザさんとは、危険なところへも一緒に行きますよね?
どうして私は駄目なのですか?
私が弱いからですか?」
「いや……」
どう言ったものか。
彼女たちはプレイヤーであり、その生命は一つではない。
対して目の前に少女は違う。
そして、都合の悪いことにそこに俺の命もおまけされている。
「彼女たちは……自分の身は自分でも守れる。そして、死んでも良いと覚悟がある。
でも、君は違う」
「何が違うのですか?」
「俺は自分の命を守るためなら彼女達を切り捨てることを躊躇わない」
だって、そう言うゲームだから。
少女は少し、複雑そうな表情を見せる。
「でも、アリアシア、君は違う。
自分の為に君を切り捨てはしない。
俺は君を護る騎士だ。そう父君に誓った」
強制的に、だが。
「……でも、置いていかれて待つのは嫌です。私も側で戦いたい」
俯いて、そうつぶやく少女の言葉は、俺に向けたものだろうか、とそんな風に思った。
「もちろん、君が戦える所なら一緒に行こう。でも無理だと思うところには連れて行けない。
わかるね?」
言い聞かせるように言った言葉に少女は、小さく頷く。
そして、少女は顔を上げ、右手の小指を差し出す。
「約束、して下さい。絶対に帰ってくる。黙って居なくならない、と」
俺は、その小指に自分の小指を絡める。
「ああ。約束だ」
そんなに心配なら通信機で連絡取れば良い、と言いかけて止めた。
とても面倒なことになりそうだと思ったからだ。
なんだろう。
いきなり、でっかい娘が出来たみたいだ。
それで、幾分かは安心したのだろう。
少し、笑顔になった少女と散歩を再開。
「おや、チャンピオン。子連れでお散歩?」
大通りですれ違ったプレイヤーが、笑いながらそう声を掛けてきた。
誰だろう?
見たことある気がする。
白いTシャツが、はち切れんばかりの胸を主張している。
下はカーゴパンツ。
そして、頭にえんじ色のバンダナを巻いている。
巨乳のロリっ子……。知り合いなら忘れるはず無さそうな個性なのだが……。
あ!
闘技大会で見たネカマだ。確か、配管工。
変なやつに声を掛けられたな。
どうしようか。
「アンドロマリウスの攻略情報、提供してくれたんだって?」
アンドレイに送ったやつか。
「ん、攻略と言うほどの物じゃないよ」
「次は、要らないから。ダンタリオンは私らが最初に倒す。もはや、ランク10なんてトップじゃないんだよ」
何でいきなり煽られてんだ?
「ダンタリオンはタウラス自由騎士団が打ち倒す」
「タウラス自由騎士団?」
「そう! アンドロマリウス討伐の功績が認められた一部のプレイヤーはこの国の騎士団として取り立てられたんだよ」
「へー」
ゲームの中でも、組織の一員になって嬉しいのかね。
嬉しいんだろうな。
目の前の配管工が下品な笑みを浮かべる。
「ま、今だけせいぜいトップ気分を満喫してな」
何だろう。
この人に煽られる覚えが全く無いんだよ。
「貴女、一々言動が下品ですよ? まるで、粗野な男性みたい」
「んな、なんだと!? テメェ……失礼なこと言わないで下さる?」
「思い過ごしですかね? では、ごきげんよう」
そう言って、早々に立ち去る。
面倒事には近寄らない。
てか、やっぱり俺も話し方気をつけようかな……。
「アリア、どっかでお茶しよっか?」
ウミの様に上ずった声で言ってみたのだが。
「どうしたんですか?」
なんとも微妙な顔をされた。
「いや、なんでもない。休憩しよう」
ジルヴァラがバイトしていた店で。
◆
「また、不死者が現れるのですね?」
コーヒーショップで向かいに座る少女が、先程のネカマの言葉の意味を確かめるように問う。
「うん。そうらしい」
その言葉に、少女はアイスティーのストローを口にしながら暫し考える。
「ハルシュは、行くのですか?」
ややあって、俺の顔を正面から見据えそう尋ねてくる。
「どうしようかな」
また、離脱不可エリアの可能性もある。
それに、少女が連れて行けと言い出したら面倒だ。
とは言え、多少後ろ髪惹かれる部分が無いわけでもない。
「不死者は、倒すべき敵です……。
でも、私にはまだその力は有りません。
姉様とハルシュ様の力をいただいたのに……」
「うん……」
たかが運営のイベント。
の筈なんだがなぁ。
「ハルシュ、私の代わりに行ってくださいませんか?」
「ん?」
「もう、勝手に行ったりしません。
ですから、私の代わりに不死者を倒して、そして……ちゃんと戻ってきて下さい。
駄目ですか?」
俺は、少し考え、その少女の提案に乗ることにした。
「よし、わかった。そうしよう」
アンドロマリウスはサクサク行けたんだから、大丈夫だよな。きっと。
ま、駄目なら逃げ帰ろう。
「でも、いつか、私も一緒に行かせて下さい」
「そうだな。
……そんな日は来ないほうが良いけど」
そう付け加えた言葉に、少女は複雑な表情を浮かべた。
表情から滲み出る不満を、受け流し、仮想ウインドウを開く。
「ダンタリオン……ロブル・カロライニアン……か」
「ロブル・カロライニアン?」
「知ってるのか?」
「ええ。ジェミニから陸続きの島ですよね?」
「え?」
俺は、仮想ウインドウの地図を展開する。
「ここが、ジェミニだろ?」
「はい」
「そんな島、無いぞ?」
その問いに、少女は青ざめる。
「え、本当……じゃ、落とされた……んだ……」
少女の知る世界には存在していたのか。
「それは、何処に在ったんだ?」
「この……辺りです」
少女は、地図の一点を指差した。
その指先は、微かに震えていた。




