43 魔王と風呂に入る
「寒い……」
目的のポラリスまであと少し、なのだが。
寒くて飛んでいるのがしんどい。
顔が、凍る!
ジルヴァラが俺の首に回した両腕に力を入れ、更に体を密着させる。
その小さな体は微かに震えている。
「もう少しだから」
「着いたらまず、お風呂に入りたいわ……」
同感です!!
「一緒に入ろう」
「良いわね」
心から言ったその一言に。
天使の返答!
ありがとう! ギルド!!
◆
~【ポラリス】 エリア:ウルサ・ミノル~
年間を通して雪と氷の覆われた街。
冒険者ギルドの本部が置かれている。
邪魔者は居ない!
同意もある!
何より死にそうな程に寒い。
逸る気持ちと、震える体で飛び込んだ宿屋。
真っ白な世界が一面に広がる露天風呂に浸かり、その心地よさに、ここに来た目的を忘れそうになる。
「入るわね」
声と共に、浴室のドアが開く音。
恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは、当然魔王ジルヴァラ!
寒さから開放されたせいか、それとも、気恥ずかしさだろうか。
白い顔が上気して、仄かに赤く見える。
白く伸びた手足、そして、普段はケープの下にある肩。
その下に、湯衣。
……ですよね。
白い薄布で胸から腰までを包み隠したその姿に、俺は軽い失望を覚える。
その表情は、おそらく湯気で相手には悟られていないだろうが。
何で、風呂に入るのに、着衣何だよ!
その、心からの苦情を、しかし、口から出す前に涙と共に飲み込む。
ゾーニング。
十八才未満は、一部の行為、行動、機能に制限が有る。
具体的に何処までセーフで何処からNGなのかはゲーム次第なのだが。
このゲームは……アバターを全裸にすることがNGであり、そして、その先の行為も当然許可されていない。
今、俺と風呂に入らんとしている彼女は、ゲームの制限であの姿なのだ。その辺は、何故かヘルプで確認済み。
……十八才未満か。
一気に下がるテンション。
はあ。
世の中甘くないな。
とは言え、それは顔に出さず。
体を流し、そして湯に浸かるジルヴァラ。
「温かい。生き返るわ」
「眺めも良い。ここは今のところ三本の指に入る風呂だな」
「そんなにお風呂好きなの?」
「ああ。広い風呂で手足を伸ばして惚けるなんて、最高の贅沢じゃないか?」
そう言って、浴槽の縁に頭を乗せ、星空を見上げる。
同意は返って来ない。
まぁ、最高の贅沢なんて人それぞれだしな。
「ありがとう」
返ってきたのは予想外の言葉。
「何が?」
顔だけ動かし、いつの間にか浴槽の縁に腰をかけ、足だけ湯に入れているジルヴァラに問い掛ける。
「貴方のお陰で、今、とても楽しいわ。このゲーム」
その事か。
「それは良かった」
「リーザも、ウミもとても優しいし、アリアは可愛い。
それも、全部、あの日貴方が私に手を差し伸べてくれたから」
「君が、真摯に謝ったからだよ」
その所為でファンクラブが結成されつつあるみたいだが。
顔バレは本人の望む所で無いので、おおっぴらにやるなと釘を刺したりと、後始末に色々大変なのだ。
「早く、皆の邪魔にならないくらいに強くなりたいわ」
いや、既に十分なんですけどね。
「ま、焦る必要は無いよ」
あまり強くなられると、それこそ大変な事になりそうだし。
「いつか貴方にも勝ってみせるわ」
そう言って、魔王は悪戯っぽい笑みを見せる。
「そうは参りません。魔王様。私が貴女より弱くては、誰が貴女をお守りするというのですか?」
芝居がかった台詞を返し、二人で笑う。
さて、そろそろ、目的にギルドに行こう。
◆
冒険者ギルド、本部。
その建物は街の中心にあった。
三角形の高い尖塔を持つ白い建物。
地上の接する前に左右に広がりなだらかな曲線を描く。
その姿は、さながらスペースシャトルを連想させた。
受付で名と要件を伝え、そして、通された一室。
外から見た塔の四階。
窓から街が、眼下に一望できる。
二人がけのソファに魔王様と座って暫し待たされる。
扉が、ノックされた後、豊かな髭を蓄えた人物が入ってくる。
習い性で、椅子から立ち上がり、彼を迎える。
魔王様は座ったまま。
おそらく、ビジネスマナーなど知らないのだろう。
だが、逆にそれが、彼女を魔王として引き立てる。
いや、実に偉そうだ。
「はじめまして。ギルド長をしているタレスと申す」
「はじめまして。ハルシュです。こちらはジルヴァラ」
部外者では有るが、同席しているので一応は紹介。
「まあ、座りなさい」
「はい」
勧められるままに腰掛ける。
「で、資格凍結の理由が聞きたいと、そういう事であるか」
「はい」
「その為にわざわざこんな僻地まで来るとは」
「他に、行くべきところが分からなかったもので」
「簡単に来れるところでは無いのだがな。寵愛を受けしものには関係無い話であったな」
その言葉に、笑みで返答を返す。
「では、疑問に答えるとしようか。
理由は単純。
御主が、不死者と契約を交わしているからである」
「不死者と契約……?」
「何でも魔王の力を持つ者の配下になったと喧伝しておるらしいな」
そう言って、髭はジルヴァラに視線を移す。
彼女には、事前に何も言わないでと頼んである。
「そんな噂が。それは何かの間違いです」
ひとまず、誤魔化す。
「魔王の力を持つものよ。御主、不死者か?」
俺の適当な誤魔化しを無視し、髭はジルヴァラに問い掛ける。
「いえ? 何をおっしゃっているのかしら」
「ふむ。では、その紋様、説明せよ」
再び、俺に向き直る髭。
さて、どうしたもんかね。
「この紋様にどんな不都合が?」
俺は、ローブを脱いで隠した首の入墨をさらけ出す。
「不死者は、この世界に破滅をもたらす存在。その配下となれば、放ってもおけぬであろう」
「只の入墨ですよ」
「その紋はな、命を捧げる紋だ。禁忌に値する。不死者と契約した者にしか得られぬものだ。それがこの世界に有ることは許されるものでは無い」
「私が与えたものです」
突然にジルヴァラが割り込む。
何で?
「何故その様な嘘を?」
バレてるぞ。
「御主が不死者であり、そして、魔王の力を持つなどと思われると、世界から居場所が無くなるぞ?」
「構いません」
え?
「この方の隣こそ、私の居場所です。
この方を、世界が許さないというのであれば、その世界全てが私達の敵です」
いやいやいや。
魔王様?
なんで、そんなデカイこと言っちゃってんの?
「小娘、調子に乗るな? お主ら二人をここに閉じ込めるなど訳の無いことだ」
魔王の挑発に、微かに敵意を漏らす髭。
「彼女は無関係です。俺が巻き込んだ。悪気はない。許してあげて下さい」
深々と頭を下げ、場を修める。
「ハルシュ」
「ジルヴァラ。今は話を聞いてもらいに来たんだ」
抗議の声を上げる魔王に、諭すように言う。
てか、世界を敵に回すとか、勘弁して下さいよ。
「これは、俺の意志と関係なく与えられた呪いです。もし、解く方法をご存知ならご教示願いたいくらいです」
「ふむ。それを信じよと?」
「信じられませんか?」
「信じられんな。誰から与えられた?」
言って良いものだろうか。
「言えぬか」
「ジルヴァラ。さっきの言葉、信じて良いかな?」
「何?」
「世界を敵に回してもって奴」
「当たり前じゃない」
言うと少女の事も明かさねばならない。
ジルヴァラが側に居れば、少女も少しは安心するだろう。
結果、世界が敵になるなら、とことんやるのも面白い。
魔王許した団のクズ共も巻き込んで。いや、いっそ、全プレイヤーを巻き込もう。出来るかわかんないけど。
髭に向き直り、その目を見て、一息入れた後に続ける。
「ワンドランス」
その名に、髭の表情が微かに揺れる。
「なるほど。彼奴か」
え。
「ご存知で?」
「昔の仲間だ」
は?
「えっと、ギルド長、お何歳で?」
「さて。四百までは数えておったが」
はぁ?
こいつの方がよっぽど化けもんじゃねーか。
「そうか。あの賢者が……。代償に何を得た?」
「……生き残った娘を託されました」
「なんと! 娘が生きておるのか。今度連れて来なさい」
「いや、寒いんで嫌です」
「じゃ、儂が行こう」
「教えませんよ?」
「ぬ。取引しようとしておるな?」
「そうですね。俺が困るとその娘も飢えますんで」
「だがな、その取引は残念だが応じられぬ」
「何故です?」
「儂の決定ではないからだよ。御主の不死者の紋は、世界の王たちに知れ渡っておる。この先、何か悪事を行えばすぐさま手配され身柄を確保されるぞ」
マジか!
そんな崖っぷちに立ってたのか! 俺は。
「そんな状況だったとは」
「とは言え、その実、寵愛を受けしもの。まだ、その評価は揺れておる。世界に仇なすものでないと自身の行動で示すことも出来よう」
「面倒なことになったな。次から次へと……」
つい、本音。
「その紋を人前でさらけ出す方が悪いんじゃ」
「はあ……」
「よりにもよって、魔王から不死者の力を得たなどと。その力に良からぬ印象を与えるでないわ!」
「面目ない」
「それは、私のためにして下さったこと!」
まぁ、善意だけじゃないんだけどね。
「俺の事は、まぁ良いです。そこの誤解だけギルド長の方で解いておいて下さい。魔王は関係ないと」
「ハルシュ!」
「わかった。それとなく取りはかろう」
さーて、色々わかった。
取り敢えず、ギルドはどうにもならなそうだ。
じゃ、どうしよう。
一人で貿易でもするかな。
「そうそう。忠告じゃ」
髭が、立ち上がろうとした俺に言う。
「その力でな、一人で商売をしようなどと考えぬほうが良いぞ」
「え」
「例えば、あちらで希少な物をこちらで売る、とかな」
今まさに、考えてたんだが。
「何故?」
「既存の商圏を荒らされては黙っておれぬ輩が居るじゃろうからな」
そういう事か……。
「よく覚えておきます」
そう言って、ジルヴァラに目で合図をして、立ち上がる。
頭を下げて、辞去しようとする俺達に髭が声を掛ける。
「今度、遊びにいくぞ」
「手ぶらで来ないでくださいね」
そう言って、部屋から出た。
出来れば、現金持参で来てください。
◆
「ジルヴァラ。ありがとう」
「別に」
「後で、アリアシアの事、説明するよ」
姉様と慕う少女の事を。
「そうね。少し買い物して帰りましょう。話はそれから。
コートとか売ってないかしら」
そう言って彼女の雪の街へ飛び出して行った。




