28 少女を連れ帰る
日付が変わり、日が暮れると同時にログイン。
長椅子の黴の匂いが俺を迎える。
さ、さっさと帰ろう。
そして、風呂に入って落ち着こう。
俺は溜息を一つ吐いて、中庭へと向かう。
◆
空に何羽か鳥が飛んでいるのが見える。
スケルトンの話ではハーピーらしい。
睡眠の状態異常を使う。
一昨日手を出さなくて正解だった。
その鳥の向こうには、星々の瞬きが見える。
「待たせたな」
スケルトンの声に振り返り、思わず天を仰ぐ。
「おい。何のつもりだ」
「何か?」
連れてこられた、無表情の荷物。
華美な紫のドレスを身にまとっていた。
そして、大量の持ち物。
「取り敢えず、ローブかなんか羽織らせろ。目立ってしょうがない」
「ふむ。ではこれを」
そう言って自らの身が身にまとっていたローブを剥ぎ取り、無表情の荷物に被せる。
持ち物は俺のアイテムボックスに突っ込む。
これで嵩張ることはない。
無いのだが、重量は加算される。
「これで良いか?」
「ああ」
いっそ、アレもアイテムボックスに仕舞えてしまえば楽なのに。
「では……どうか、宜しく頼む」
骸骨が娘の背中を押す。
無表情のまま、こちらに歩いてくる。
そう言えば。
「こいつの名前を聞いていなかった」
「アリアシア。アリアシア・ロル・ワンドランスじゃ」
「では、アリアシア様、外界に参りましょう」
と、声を投げかけるが全く反応が無い。
動こうともしない荷物を背中に背負い、空へ。
「達者で。星々の導きのあらん事を」
骨だけの姿になったスケルトンの声がしたが、構わず俺は加速して一気に島から逃げ出した。
視界の端が、飛んでいたハーピーが粉々にされていくのを僅かにとらえた。
◆
臭い。
背中の荷物から異臭がする。
火が扱えないということは、風呂など入っていないだろう。
二年間、水浴びもしなかったのか?
ローブはローブで、埃と黴の入り混じった匂いがするのだが。
俺は盛大な溜息をつきながらコル・カロリを目指した。
◆
プレイヤーは居ない。
そう決めつけ、多少危険と自覚しつつ、宿の目の前に下りる。
背中から荷物を下ろす。
かなりの距離を高速で飛んできた。
少々、疲れがある。
さて……これからどうしようか……。
ひとまず宿に入り、カウンターの前の椅子に荷物を座らせる。
「女将さーん」
すっかり馴染みになった、NPCに声を掛ける。
「あいよー」
奥から、大声で返事がある。
そして、恰幅の良い女将が姿を見せる。
「アンタ、何やったんだい?」
俺の顔を見るなり、怪訝そうな表情を浮かべこの一言。
「何って、あー説明が面倒だ。取り敢えず、もう一部屋借りたいんだが」
「もう一部屋?」
俺は、後ろ、荷物を置いた辺りを振り返りもせず指差す。
「……面倒事はゴメンだよ」
溜息を吐きながら、台帳を開いて部屋の手配をする。
「そういや、ウミは?」
「さっき出かけていったよ」
そうか、居るのか。
「アンタの隣の部屋。これ、鍵ね」
「ありがとう」
鍵を受け取り、荷物に向き直る。
「行くぞ」
無反応。
仕方なく、荷物の所まで行き、手を引き部屋まで連れて行く。
◆
新しく借りた部屋の椅子に荷物を座らせ、そして、スケルトンに持たされた服やら書物やらの荷物をテーブルに乗せる。
ウミに通信。
『はいはーい』
「スマン。助けて欲しい」
『はぁ? 何? いきなり! 今どこにいるの?』
「コル・カロリの宿屋。緊急事態なんだ」
『はぁあ? 傭兵雇っちゃったんだよねー』
「それは、俺が肩代わりする。……ジジイか?」
『うん』
「そしたら、切り上げてすぐに宿屋に来てくれないか? 二人で」
『二人で?』
「そう。頼む」
「……分かったよ。ご飯奢りね」
『助かる!』
これで良し。
窓際に立ち、待ち人を待つ。
◆
「何なのよー。いきなり。昨日は何してたの?」
顔を合わせたウミが不満げにそう言う。
「すまん。後でゆっくり説明する。俺の部屋の隣の部屋に先に行っててくれないか?」
そう言いながら鍵を渡す。
「はぁ?」
盛大に眉間に皺を寄せながら、鍵を受け取るウミ。
「俺はジジイと話がある」
そう言って、外で待っている傭兵のジジイの元へ。
「なんじゃ? 用とは……お主、何をした?」
ん?
「何ってどういうことだよ。まぁいい、何だっけな。ワンド、ワンドランス。知ってるか?」
「ワンドランス? 奇跡の大賢者と呼ばれた者じゃ。まぁその最後故、記録はほとんど残っておらんだろうがな」
「有名なのか?」
「言ったろう。記録に残ってないと。儂の様に魔法を学んだ古い者しか知らんだろうよ。どこでその名を」
そこに、ウミから通信が入る。
『すぐ来て説明して』
「あいあい」
そりゃそうか。
「スマン。爺さん。また今度ゆっくり聞きに行く」
「ああ。酒が入ると舌の周りが良くなるぞ」
「……知ってるよ」
何故か最後に憐れむような視線を寄越したジジイと別れ、荷物を置いた部屋へ。
ドアを開け放ち、その前に怒りを浮かべたウミが腕組みをして立っている。
「何、あの子」
軽く横目で荷物の方を見て、そして、俺に冷たい視線を投げ付ける。
「……妹」
「馬鹿じゃないの?」
「拾ったんだよ」
「はぁ? 誘拐よ?」
「親に託された」
「アンタなんかに? その親は?」
「死んでる」
「……何があったのよ」
「言える範囲で説明するよ。それよりさ」
「何?」
「アレを風呂に入れてくれないか? 非道く臭うだろ?」
小さく溜息を吐いたウミが荷物に歩みより声を掛ける。
「風呂に入って着替えようか。こっちおいで」
ウミが声を掛けるが、やはり何も反応しない。
何なのだ? この娘は。
ウミが目で俺にそう問いかける。
「アリアシアって言うんだ」
そういう事を聞いてるんじゃない、と言わんばかりに眉根に皺を寄せた後、テーブルに置かれた荷物を適当に漁り、そして手を掴んで風呂場まで連れて行った。
荷物は手を引かれるままに大人しく付いて行った。
◆
食堂に座り、置かれている奇妙な状況を整理する。
俺は、荷物を預かった。
その荷物を無くすと俺は死、つまり退場だ。
荷物の届け先はどこだ?
人並な暮らし?
そんなの何処にあるんだよ……。
あの貴金属を全部渡せばそれなりに暮らしていけるだろう。
その前に、俺の呪いを解く方法を聞き出さないと。
それか、それ以外の方法、例えばスキルとか……。
「はい。おまたせ!」
テーブルの木目を見ながらあれこれ考えていたところにウミが戻ってきた。
「どう? さっぱりしたよ!!」
ウミが得意気に言った。
そこには相変わらず無表情ではあるが、汚れがすっかり落ち真っ白な肌をして髪を綺麗に梳かされた少女が立っていた。
白のゆったりとしたワンピース。その、裾から覗く手足は、骨の様に細い。
荷物から、人形に格上げだな。
「ありがとう。助かったよ」
「何か食べるでしょ? ほら、座って!」
ウミが俺の向かいに人形を座らせる。
グラスに水を入れてその前に置いてやる。
「出来れば暖かいものが良いかな。シチューなんかどうだろう?」
ウミの提案に、しかし、人形は無反応。
「女将さん、シチュー三人前!」
構わずウミが注文を伝える。
「それにしてもガリガリじゃない。一体何を食べてたの?」
ウミが俺に尋ねる。
「……虫」
ウミは、俺の返答に心底嫌そうな顔をした後、哀れみの目を人形に向ける。
「こんな小さな子が……。まさか奴隷だったって訳じゃないよね?」
「奴隷は、俺の方だ……」
そう呟いた俺に、シチューを運んできた女将が声を掛ける。
「アンタが何やったか知らないけど、それ見せびらかしながら歩くもんじゃないよ」
そう言って、テーブルにシチューを並べていく。
優しい匂いが立ち込める。
「それって?」
俺の問に、女将は自分の首筋を指差す。
肥えて段になっている太い首。
人形と対照的だ。
しかし、意味が分からない。
「何?」
「ここ、奴隷紋が刻まれてるよ」
「ハァ!?」
そう言えばあの城に鏡は無かった。
自分の姿を確かめて居ない。
呪い……奴隷……そういう事か……。
それならば今までのNPCの反応に、納得が行く。
後で風呂で調べよう。
「はい。ゆっくり食べな」
そう言いながらウミは人形にスプーンを手渡す。
人形は、スプーンを受け取り、その皿をじっと見つめ……そして吐いた。
と言っても、出てきたのは胃液だけだが。
「……いやああぁぁぁぁぁああああぁぁ」
人形は、頭を抑えながら叫び声を上げ、床に倒れ込んだ。
突然の出来事に、呆気にとられる三人。
「大丈夫なのかい? この娘は?」
女将がボソリと尋ねてくる。
知るか。
「すまない。部屋に寝かせてくる。片付けをお願いしても良いか」
「良いよ。酔っぱらいに比べればまだマシだからね」
「すまない」
そう言って、俺は床に倒れた人形を担ぎ上げる。
思った以上に軽いその体を抱いて、二階に上っていく。
その後をウミが付いてくる。
思い出したんだろう。
何を思い出したのかは分からないが。
ひとまず人形をベッドに横たえ、毛布を掛ける。
暫くは目を覚まさなそうだ。
「取り敢えず、ちゃんと説明してもらいたいんだけど。色々と」
俺と、人形を交互に見ながらウミがジト目で言う。
「軽く、風呂に入らせてくれ。鏡で自分の格好が見たい」
突き刺さるウミ視線から、逃げるように俺は部屋を出た。
いや、事実逃げたのだ。




