181 エポナを救いに行く
爆発の炎が上がる。
そこか!
方向を修正しつつ向かう。最短距離で。
左手に銃。
高度を下げた所為で木の枝と葉が顔を叩く。
しかし、そんな事を厭わっては居られない。
美人のピンチなのだ。
「無事かぁ!?」
視界が開けると同時に叫ぶ。
「おおお!!」
歓喜の声……。
そこに居たのは……フレアグレイただ一人。
「助ぁすかったぁ!」
「……他は?」
嫌な予感がする。
周囲のゾンビを燃やし尽くしたであろうフレアグレイに近寄る。
「いや、みんな馬に乗って行くって言うからさ」
周囲から物音。
ゾンビ共が寄ってきている。
「じゃ俺も! って、一緒に行った訳」
人……いや、獣の気配が多いか。
「よく考えたらさ! 俺! 馬、乗った事ないじゃん?」
戦うのは時間のロスだな。
「あっさり振り落とされてやんの!」
先を急ごう。
一気に空へ。
「ちょー! 置いてかないで! マジで!!」
「足を! 掴むな!!」
「俺くらいになると、あー、話聞き流してるなー……てのは!
百発百中で看破出来るんだぜ!」
「うるせ! 急いでんだよ! 落ちろ!!」
俺の右足にしがみつくフレアグレイの頭を左足で押し払いながら速度を上げる。
「一人は! 嫌だ! マジ怖かったんだからな!!」
クソ!
こいつと下らない争いをしている時間が惜しい。
速度を上げよう。
勝手に落ちろ!
◆
田園風景を貫く街道を飛ばす。
見えた!
集落!
あちこちから煙が上がっている。
「アンドレイが見えたら落ちろよ!」
「ら、らじゃ!」
背中にしがみつくフレアグレイを振り落とす準備をしながら槍を手に全速で飛ばす。
遠目に見てもゾンビの数はそれ程多く無いか?
フレアグレイの言う事を信じるならばまだ騎馬隊は着いたばかりのはず。
犠牲が出る前に薬を。
一気に速度を上げる。
「うぇぇぇぁぁ…………」
背中が五月蝿い。
「ロック! アンドレイ! エポナ!」
騎馬隊の一団の上から二人を探す。
既に住人を一箇所にまとめ、それを守る様に取り囲んでいる。
「ここに!」
巧みな手綱裁きを見せる涼しい顔が答える。
「状況は?」
「奥の墓地から這い出して来てるようです。幸いまだ被害は無いです」
「そうか。いい加減落ちろ」
背中のフレアグレイを振り落とす。
「エポナは?」
「ロックさん達数名を引き連れて墓地へ」
アンドレイはそちらを剣で指し示す。
「僕達は村人の避難誘導です。
それもあらかた終わりました。
呼びに行ってもらえますか?」
「わかった」
◆
墓地で戦う数人の姿。
魔導短銃で援護しながらそこへ下りる。
「来たのか!」
俺に気付いたロックがゾンビを薙ぎ払いながら声を上げる。
「避難は終ったそうだ。引き上げの準備にはいってくれ」
「そうか」
全員に聞こえる様に声を張り上げる。
「英雄殿!」
「何だ!」
甲冑姿のNPCが俺に声をかける。
「エポナ様が奥に居る。どうか」
「奥? ……連れ帰る。引き上げを」
「お願いします!」
エポナの姿を探し墓地を飛び越える。
その先には小さな教会が見えた。
二体程ゾンビを薙ぎ払いながら、教会の前へ。
開け放たれた扉。
僅かに争った様な跡。
「エポナ!」
扉をくぐるとそこは礼拝堂。
そして中央に何故か兜を脱いだエポナと、それに取り付く一体のゾンビ。
「貫く投槍」
俺の放った槍がまさに今、エポナに噛み付いたゾンビの頭を砕く。
そして、粒子になるゾンビ。
崩れ落ちるエポナ。
「しっかりしろ!」
駆け寄り、その背を受け止める。
目を閉じた、その顔は死んだ様に青い。
そのまま床に横たわらせる。
「エポナ!」
「……アク……タ……」
微かに目を開け、そして、何かをつぶやく。
感染している。
スズメから受け取った試験管を取り出し、コルク栓を外す。
「飲め!」
それを無理やり口に突っ込み流し込む。
この場合、口移しで飲ませるのが正解だと思い至ったのは、全てが終結してからである。
僅かに口の端から零したものの、何とか薬を飲ませると、僅かに顔色が戻る。
「キュア」
回復魔法を施し、そして、意識を失ったエポナを抱き上げる。
急いで引き上げだ。
◆
「起きたか」
静かな足音に振り返り、物憂げな表情をしたエポナにそう声をかける。
そして、再び視線を眼下に広がる町に戻す。
日の暮れ掛けた町。
今朝、村から避難してきた連中のキャンプも増えた。
そして、相変わらず元気に走り回る子供達。
一人、長い木の棒を持って塀の上から飛び降りた。
ヒーローの真似だろうな。
「何故助けた?」
横に並ぶエポナから、礼より前にそう言われる。
「借りを返しただけだ」
「そうか」
「助けない方が良かったか?」
その問いに答えが無い。
まさか、死ぬつもりだったのか?
「お前が槍で貫いたのは……私の夫だ」
……ゾンビだったけどな。
「助けない……その方が良かったかもしれない。
お前が来なければ、そうなっていた。
そう……それでも……良かった」
「もう直ぐ薬が届く。そうすれば、もう亡者は恐れる必要はない。
この異変は、直に終わる」
スズメもソビエスキ連合もフル回転で薬の作成に取り掛かっている。
そして、遺跡にこの異変を終わらせる鍵がある。
それは何ら根拠のない話では有るが、しかし、そう確信している。
ダメなら次を探せばいいだけの話だ。
「何故助けた?
お前に私を助ける義理があったとは思えない」
再び、エポナから同じ問い。
「知り合いに、似ている。それだけだ。十分だろ?」
理由としては。
そう言って、エポナを見る。
「そうか。……十分だな」
そう言って、静かな微笑みを浮かべた彼女の顔には以前の影は感じられなかった。
そして、似ていると思ったのは気のせいか、とも。
……そうか。
ゆったりとしたガウンを羽織った彼女の……体つきが女性のそれだったからだ。
普段は甲冑を纏うためにコルセットなどで締め付けているのだろう。
今はそれが無い。
それだけなのに印象がまるっきり違う。
いや、それだけでは無いのかもしれない。
「島は救われるか?」
町に目を落としながらエポナが問う。
「その為に皆動いている」
「そうか」
「生きる気になったか?」
「そう……だな。
あの子らの為にも、そうしよう……」
そう言って塀の上から必殺の槍捌きを披露する未来の英雄たちに柔らかな眼差しを送るエポナ。
「遺跡にはエウリュノメーの女神は既に無く、不死者エウリノームが居るはずだ。
くれぐれも、気をつけよ」
「……ああ」
エポナの口から語られたその言葉を、俺は受け入れることは出来なかった。
◆
武器屋の親父から連絡を受け、そして、ガスマスクも出来たと言うので取りに行く。
まずは、武器屋。
「来たか」
「来たぞ!」
早速、親父がブツをカウンターの上に置く。
「ん? 随分変わったな」
銃口が広がる形はそのままだが、今までより一回り小さくなって、そして、黒くなった。
「強度と軽さ。突き詰めるとこうなる」
「成る程」
手に取る。
今までと変わらぬ重量。
手に馴染む。
「威力は?」
「跳ね上がってると思うぞ。
魔導コアが変質してたからな」
ん?
何だそれ?
「解説だ」
仮想ウインドウに銃の説明が浮かぶ。
アイテム【???】ランク:9
銃把部に埋め込まれた黒の魔結晶で魔導弾を生成、発射する
性格はとても気まぐれ
数多の戦いの記憶が刻み込まれた品
……何だ? この説明。
性格は気まぐれって、じゃじゃ馬に拍車が掛かったのか?
いや、武器の性格ってそもそも何だ?
あと、魔結晶も黒になってるな。
これ、ジルヴァラの影響か?
「名前が無いんだが」
「最早、一品物。好きに付けて良いぞ」
へー。
そんなシステムなのか。
……名前、ねえ。
何だろうな。
「うーむ」
これは、意外と難しいな。
素直に上司の名を頂くか。
じゃじゃ馬だし。
「シルバリー・ビューグル」
銀のラッパ。
壊したらすんげー怒られそう。
ま、壊すだろうけど。
「いいんじゃねーか」
「よし、じゃ、そうしよう!
壊したらまた来る!」
「大事にしろっての!」
次は盾座だ。
◆
盾座の工房でボストークから出来上がった薬を受け取る。
「精算は要らないんだよな?」
「ああ。全部オミと話が付いている」
「じゃ、貰ってこう」
試験管が五百本超。
ま、アイテムボックスに入れてしまえばなんて事は無い。
「で、これがガスマスクだ」
「作者は?」
「文句言われるのが嫌で顔出さないんじゃ無いか?」
「言わないのに」
アイテム【ガスマスク】ランク:7
毒性の外気から顔を守る全面マスク
毒の種類にも寄るが連続使用時間は概ね4時間
鎧特製のガスマスクを受け取り、装着してみる。
言われたように視界が遮られる。
特に横。
そして。
「匂うな」
微かにゴムの様な匂いがする。
「ほら、文句言うじゃねーか」
「素直な感想だよ」
しかし、これは我慢するしか無い。
ボストークに提示された代金を支払い、三つのガスマスクをアイテムボックスへ。
これで準備は全て整ったか。
「でな、その巨犬座なんだが」
「ん?」
「連れてけって奴が居てな」
その言葉にボストークを睨みつける。
「……随分と俗ボケしたもんだな。獲物を渡すわけないだろ」
逃げ場の無い島で何日も踏ん張ってきた連中の見せ場を他人に渡す訳が無い。
「そう言うと思ったよ」
なら初めから断れば良いのに。




