182 死の王と戦う
アダーラで夜明けを待つ。
馬に乗るロックとアンドレイと共に。
二人にはガスマスクを渡してある。
試した後、アンドレイが顔を顰めたのを俺は見逃さなかったが。
しかし、既に俺の目的は達せられないだろうとそう思っている。
女神は既に居ない、エポナが言った意味。
「行くか」
ロックが静かに言う。
「ええ」
他の面々は留守番、と言うか、アダーラの護衛。
外のゾンビは一気に増えた。
「ねーさん、こっちも準備出来た!」
「変なとこ触ったら放り投げるからな」
「ひえーくわばらくわばら。でも、大丈夫す!」
「何が?」
何が、でも、で、何が大丈夫なんだ?
返答次第ではその命、ここで終わるからな?
「俺、紳士すから!」
「お前と同じ言語でコミュニケーションしている気がしない」
そんなフレアグレイを背負い門を飛び越える。
「業火の双璧」
フレアグレイの放つ魔法がアダーラの門に群がるゾンビを焼く。
それが二つ、壁の如く聳えゾンビの群れを割り街道に一筋の道を作る。
「開け!」
俺の声に合わせ、門が開き中からロックとアンドレイが飛び出して来る。
炎の壁にも怯まないエポナ御自慢の駿馬。
二騎が最初の関門としたここのゾンビの群れを抜けた事を確認しフレアグレイを放り投げる。
「ええええぇぇ!?」
「鼻息が! 荒い!」
気持ち悪い!
町の中へ投げ飛ばしたのはせめてもの温情だ!
「しっかり守れよ!」
そう言って二人を追いかける。
新しくなった銃を手に。
◆
エウリノームは滅んだ後、死の王として帰還する。
その一節は、スズメ達が文献の中から発見した。
つまり、エウリノームの後、さらなる敵が居るだろうと言うのが、オミとアンドレイの攻略組としての共通意見。
その正誤を確かめる為にもまずはそのエウリノームと言う不死者を倒さねばならない。
「行きますよ」
くぐもったアンドレイの声。
それに頷きを返す俺とロック。
既にガスマスクを装着し、毒霧の前。
一拍置いてアンドレイが走り出す。
それを見失わない様に追いかける。
道案内が居て良かったな。
濃い霧、そして、ガスマスク。
かなり視界が制限される中、アンドレイは一度来た遺跡を最深部まで正確に走り抜けていく。
生者に取っては命を奪う毒の中にあっても、亡者はそれを全く意に返さない。
道中、何度か現れたゾンビは全て俺が引き受けた。
じゃじゃ馬、シルバリー・ビューグル。
その威力は、ゾンビを一撃で葬る。
精度もそこそこ。
では何がじゃじゃ馬なのか。
射撃直後の反動、跳ね上がりが凄い。
連射に向かない……。
しかも、その跳ね上がりが一定でなくムラがある。
この辺が気まぐれなのだろう。
面倒なお嬢さんに拍車が掛かった訳だ。
ま、使いこなしてみせますけどね。
ツンはデレさせるから……これ二回目か。
そんな風に、半分デート気分で遺跡を駆け抜けあっという間に最深部。
やや開けた空間。
その中心に……小さな影。
「エウリノーム……イベントボスです」
識別かな?
アンドレイがその正体を告げる。
その声に振り返るエウリノーム。
しゃがんでいたその不死者は頭に二本の角を生やした醜悪は男の顔。
その手足は骨のように細い。
「悪いが……俺にやられてくれ」
ロックが俺達の前に進み出る。
「負けんなよ」
今回の事件、切っ掛けは彼らだ。
ここは譲ろう。
俺とアンドレイは一歩下がり、壁際に立つ。
ロックはそのままエウリノームに殴りかかって行った。
上段から叩きつけるような拳を振り下ろすロック。
突然の敵に、目を見開きながらもそれを避けるエウリノーム。
敵を捉える事が出来なかったロックの拳は床の石畳を叩き……砕く。
すげー威力。
「ロックって、剣士じゃなかった?」
闘技大会の記憶を頼りにアンドレイに問う。
「大熊座で武術を会得したんですよ」
「大熊座?」
「ええ、北斗流神拳と言う」
それ、アウトじゃね?
「……そうか」
まあ、強そうな名前ではある。
見てても実際強いし。
「許せないんでしょうね」
「ん?」
鬼神の如く拳を振るうロックを見ながらアンドレイが呟く。
「宿屋の子供、覚えてますか?」
「ああ」
「彼には……兄弟がいました」
「まさか……」
「ええ……僕達の目の前でゾンビになりました。
助けられなかった。
その事を悔やんでるんでしょう。
悔やんでも、悔やみきれないのでしょう」
「……そうか」
「強い男が打ち拉がれる姿……良いですよね」
……最後の本音は聞かなかった事に。
そんな全く戦いに集中していない外野を尻目に確実に不死者を追い込んでいくロック。
俺が、槍で真っ当に組み合ったら負けるかも知れないなーなどと考える。
やがて、戦いは一方的になる。
はじめこそ、跳ね回り、ひっかき噛み付く攻撃を見せていたエウリノームだがロックの猛攻に次第に防戦一方になる。
そして、今、ロックの残像すら見えるようなパンチの連打を浴び、その体を宙に浮かせたままサンドバッグと化して居る。
止めだろう。
すくい上げるような一撃が、エウリノームの腹にめり込み、その体を高く跳ね上げる。
そして、そのまま落下すること無く、粒子となり消えて行った。
<ポーン>
システム音。
<イベントモンスター・エウリノーム討伐おめでとうございます>
<特別フィールドを通常フィールドに復旧します>
「終わった」
すかさず、オミに連絡を入れる。
アンドレイもアダーラに残った仲間に連絡を入れているだろう。
『こっちにもインフォがあった』
「そうか。状況の変化は?」
背後が騒がしい。
しかし、歓声の様だ。
『フィールドから、ゾンビが全部消えたよ』
「そうか」
その歓声か。
『待って』
「ん?」
『次のお出ましっぽいな。ここから西の方角に黒い光の柱が現れた』
「メインディッシュだな。すぐに転移で飛ぶ」
通信を切る。
「シリウスの西に本命」
そう、アンドレイに伝える。
頷き、そして、そのままアダーラの連中も呼ぶのだろう。
「先に行ってる。転移、シリウス」
エウリノーム討伐で転移が使えるようになった。
この状況なら、どんな敵でも大丈夫だろう。
◆
「さあ、最後、きっちり締めるよ!」
シリウスの西のフィールド。
総勢十九人のプレイヤーを前にオミが気合を入れる。
その姿を見ながら今回は完全に脇役だったな、とそう思う。
死の王。
今やシリウスの目と鼻の先。
なだらかな丘の上でまるで俺たちを待つかの様に動きを止めた。
目測20メートル超の黒い塊。まるで山。
その頂上付近に申し訳程度に骸骨の様な物が嵌められて居る。
ボロ切れの様な繊維が垂れ下がる腕を何本も体から生やして居る。
まるで蜘蛛の様に。
その周囲に、夥しい数のゾンビとスケルトン。
「行くぞ!」
オミの号令と共に全員が駆け出した。
◆
「凄いですね」
攻略組、その戦いを目の当たりにしたピエラの感想。
「割り込む隙も無いかな」
連携が取れた六人組が三つ。
それぞれ競い合う様にゾンビ、スケルトンを掻き分け死の王へと向かって行く。
俺達は後方支援としてまずはその様子を眺める。
「ハルさんなら飛び越せるんじゃないですか?」
「そんな事したら、オミに後ろから射られそうだ」
「オミはそんな事しませんよ。ハルさんじゃ無いんでぇす」
「そうかい」
あぶれた奴らがこっちにも向かって来たな。
槍を構え、ピエラの前に立つ。
「ま、主役の出番は最後だよ」
そう言いながら向かい来るゾンビの群れを薙ぎ払いに行く。
◆
結局彼らは個別の侵攻を諦め協力して攻略する事を選んだ。
何人かのプレイヤーが死の王の周囲でその注意を引きつける。
他方で、強力な魔法を放つ面々は離れた場所でその機会を伺う。
取り巻きのゾンビ共を倒しながらそれを守る面々。
俺は空を飛び回り、その両方をフォローする様に動く。
幸いプレイヤーが固まってくれたお陰でじゃじゃ馬にも活躍の場が出来た。
「光差す白銀の雨」
武器に合わせ、より強く、より、長い名前に変化した武技……。
その煌めく魔導弾の雨が亡者の群れを消し去って行く。
……成仏しろよ。
死の王へとびっきり巨大な火球が炸裂する。
直後、フレアグレイの高笑い。
更に、それを掻き消す様な、炎すらもまとめて凍らせるかの様な冷気の吹き下ろし。
フレアグレイよりも甲高い高笑いが響く。
ちぐはぐな攻撃だが、確実に死の王を痛めつけて居る。
一瞬、その魔法使いを睨みつけた死の王の顔をロックの放った気弾が直撃する。
よし!
そろそろ良いだろ!
俺も、行く!
「貫く投槍」
俺の放った槍は、しかし、死の王の骨の腕に弾き落とされた。
再び死の王の注意が周囲を取り巻く猛者に向く。
戦いは優勢だ。
◆
死の王が大きく腕を払う。
それに合わせ黒の火球が次々と生まれ、そして炸裂する。
避けきれず、爆風に吹き飛ばされるプレイヤーが数人。
「治癒・波動」
多分、間に合った。
周囲に亡者が居なくなり、そして、続け様に大技を放ち始めて来た。
戦いは次第に劣勢になって行く。
他の負傷者は?
空からピエラが急ぎ駆け寄るのが見える。
任せよう。
「振り下ろし」
俺は死の王の蜘蛛の如くその腕へと狙いを変える。
◆
「……ジュバ」
死の王から、低くくぐもった声が漏れる。
死の王を中心に、空間が歪みそれが波紋となる広がって行く。
歪みがフィールドを走り抜ける。
膝を折るプレイヤー達。
呪いの状態異常。
「「解呪」」
背に乗せたピエラと俺の声が重なり、再びプレイヤーを立ち上がらせる。
何度でも。
そう、何度でも。
◆
静寂の中、その矢は吸い込まれる様に死の王の額へ突き刺さった。
死の王がその動きを完全に止める。
そして、静かに末端より青い粒子になり、その巨体を消失させて行く。
死の王。
その最後の時。
それをもたらしたのはオミの放った矢。
粒子が完全に消滅し、その痕跡全てが消え去り、そして、歓声が爆発した。
シリウスの異変。
その全てが終わったのだ。
背でピエラが小さく安堵の溜息を吐いた。
◆
「あ、お帰りなさい!」
イピス王子へ報告に行くと言う一行と別れ、俺は転移でミモザへ飛んだ。
そして、寺田屋の店先で変わらず団子を頬張る笑顔に迎えられる。
「ただいま」
その頭に軽く手を乗せ、そして女将さんに風呂の準備をお願いする。
店先でお茶を啜りながら、アリアシアにここ数日の出来事を伝える。
そして、風呂へ。
◆
何日ぶりだろう。
こうして風呂に浸かるのは。
何かを忘れて居る気がするのだが、風呂で惚ける間にどうでも良い様な気がして来た。
いつの間にかそのままログアウトして居た。
◆
時間を置き、再び風呂へ。
少し手応えの変わった自分の胸を揉みながら考える。
呼び出された理由……。
男体化。
多分、もう無理だろう。
ま、後日もう一回あの遺跡に行って確かめよう。
そして、ピエラの約束。
背中を流す、と。
しかも、水着で無く。
……恥ずかしいなぁ……。
混浴、か。
……ん?
…………ん?
いやいやいや、良いんだよ。
あれ?
……ちょっと、一旦棚上げにしよう。
貸し一つ。
たっぷり利子がついてから取立てよう。
そう。
男になってから。
◆
暫くの後。
俺は再度遺跡を一人訪れる。
既に毒の霧も無く、もちろんゾンビの姿も無かった。
すんなりと最深部まで行って、そして、何も起きないことを確認してその場を後にした。
何故、エポナはエウリノームの存在を知っていたのか。
その答えは本人しか知らない。
聞くつもりも無い。
既に終わった事だ。
帰りがけに空から眺めた巨犬座はゾンビに襲われた町の復興が始まっていた。
アダーラには多くの子供達に囲まれたエポナの姿があった。
風の噂で孤児となった子供達を全て引き取ったと聞いた。
あれがそうなのだろう。
あの子達は将来、彼女を守る英雄になるのだろうか。
「あれ? 私、活躍しました?」
十分しただろ。
裏で聖水捻り出してたんだから。
「ちょ! 止めろ馬鹿! 誤解を招く様な言い方するんじゃ無いでぇす!」
そんな事より次回!
「あー、アレでぇすか」
そう!
遂に水着イベントだ!
C2で回収されなかった伏線が遂に!
「いや、それ、最早、伏線じゃ無いでぇす」
うっせ。
やりたいんだから良いんだよ。
「どうなることやら……」




