177 脱出を図る
簡単な状況と方針の確認を済ませ、先程の部屋に戻る。
「イピス王子、私がシリウスまでお連れします」
青い顔で項垂れた王子に声を掛ける。
顔を上げた王子は、しかし、静かに首を横に振る。
「この惨状から私だけ逃げるわけには行かない」
そう、弱々しい声で言う。
そうですか。
肩をすくめ、ロックを振り返る。
「王子、イアンテ殿が待っています。お一人でも脱出を」
「ここの者達を見捨て行ける訳が無い」
「王子が脱出した後、我々もシリウスに向かいます。生き残った者全員を連れて」
「シリウスまでなんて行けるわけがない!」
ロックの言葉に宿屋の主人が声を荒げる。
「じゃ、ここで全員死ぬか?」
俺の問に、恨みがましい目だけが返って来る。
「アダーラであればここより一時間ほどだ。皆でそこへ向かおう」
「王子、それも危険だとお伝えしたでしょう。アダーラが無事だという保証もない」
王子の提案はロックに却下される。
「アダーラって?」
「ここより東にある都市です。この島でシリウスに次ぐ大都市。
城塞も備えています。
距離としてはシリウスに行くより近いですね。四分の一程」
「そうか。そこが無事ならそちらへ向かえば良い。良し、まずはそれを確かめよう」
「行ってくれるか?」
「ああ」
そうでもしないと話がまとまる気配が無いしな。
「では。イピス王子、そこへ道案内を願います」
「私……がか?」
「大丈夫、私の背に乗っていればそれで結構ですから」
男など、極力乗せたくないのだが仕方ない。
「あの……この子だけでも一緒に連れて行ってもらえませんか?」
宿の女将が子供の頭に手を乗せながら懇願する。
「嫌だ、俺は残るんだ。残って戦うんだ」
親の心子知らず、か。
「ご婦人、確かにお預かりします。大丈夫、生きて再会させてみせます」
そう言って、子供にウミさん特製眠り薬を振りかける。
暴れられると面倒だからな。
「そう言う事で、良いかな?」
ロックとアンドレイに向き直る。
「状況が判明したらすぐ連絡をくれ。希望的な観測の元でこちらもこの後を計画して置く」
「希望は、持たないほうが良いかもよ」
そう返し、母親に支えられた眠り子を受け取り王子に出立を促す。
◆
「……多いな」
ウェズンから東に伸びた街道。
その上をうろつくゾンビ共。
聞いた話ではアダーラとの間に町が一つあると言う事だったが……。
「これは女神エウリュノメーの私に対する怒りです……」
俺の背で王子が呟く。
「そう言えば、女性だったんだっけ?」
「……女の身でありながら、王子として育ち、あろうことか、女性を愛してしまった。
そんな私の勝手な願いと引き換えに、女神は私に罰を与えたのでしょう。
ここで下ろしてください。
この命を捧げ怒りを鎮めます」
ふむ。
女神エウリュノメー。
そいつに会えば良いんだな。
「別に死ななくても良いんじゃね?」
素直な感想。
それに今死なれたら元も子もない。
その女神の情報を全て吐き出して貰わねば。
「良い、とは?」
「自分の願いを最優先にした。それは、別に責める必要は無いと思う」
自分の願望と、他人の命。
それは天秤が釣り合うものでは無いだろう。
例え他人の命が、どれだけの数に上ろうが。
まあ、それでこの光景だから多少の目覚めの悪さはあろうけども。
「しかし……」
「罪に思うなら、それを抱えてこの後民のために働くことを贖罪にすれば良い。
死ぬのではなく」
そう偉そうに締めくくる。
いや、どう考えてもおかしいのだ。
たかだか性転換で、島全部が滅亡の危機。
釣り合う話じゃない。
ひょっとしたら二つに関連性が無いのでは無いか?
壊滅した町が眼下に広がる。
果たしてアダーラは大丈夫なのだろうか。
◆
三メートル近い壁に囲まれた城塞都市。
壁の外に堀が設けられている。
そして、外界と町とを繋ぐ跳ね橋は上げられており、外からの侵入を拒む。
上空から街を見下ろす。
通りに人通りは無い。
しかし、城壁の上に見張りが立っている事で町の無事を確信する。
「まだ落ちてないようだな」
「良かった。中央の館へ。領主に会う」
言われた通り、町の中心、やや小高くなった所に立つ、小さな城へ。
そして、建物に囲まれた中庭を目指す。
既に城内から俺達を観察する目が幾つもあった。
降り立つと同時に城内から甲冑を身に纏った女性が部下を引き連れ現れる。
三十に手がかかろうかという頃合いだろうか。
この状況においても、自信に満ちた表情をしている。
「イピス王子。何故このような所へ? そして、その方は空を駆る英雄殿ですね? アダーラ領主、エポナと申します」
生まれの良さを感じる優雅な仕草に、簡単に一礼を返す。
「エポナ殿。突然の来訪済まない。外界の様子は承知していると思う」
「ええ。こうして籠城をしては居るものの、果たしてどれくらい持とうかと頭を悩ませておりました」
「実はウェズンにも生き残りが居る。それをここで引き受けて貰えないだろうか」
その言葉に、エポナの顔が険しくなる。
現れたのは、救いではなく、さらなる厄介事なのだ。当然だろう。
正直、同情する。
「救いを求めるものが有るのならば、門を開くことはやぶさかでは有りません。最も、兵は出せませんが」
最大限の譲歩、と言った所か。
「それで、十分かと。
エポナ殿、迷惑ついでにこの子供を預かっていただけないか。親と引き合わせる、そう約束しているので、今よりその親を迎えに参ります」
「……承知。王子もお疲れの様子。本当に何ももてなしは出来ませんが、寝床ぐらいは整えさせましょう」
「いや、私もここで休ませてもらうわけには行かない」
「エポナ殿、王子は島の惨状を目の当たりにし、自分を見失っている。死ぬことで解決することなど無いと、そう教えてやってくれ」
「承知。ご武運を」
そう言って、ニヤリを笑うエポナ。
絶対にドSだ。
さて、阿鼻叫喚の町へ戻りますか。
どうやってここまで来ようかな。
途中で全滅……も致し方なし、では有るな。
◆
「話は付いた。一度そっちへ戻る」
『わかりました。こちらも準備を進めます』
「これ、道々ゾンビ潰して行ったほうが良いか?」
ウェズンへ向かいながらアンドレイに経過報告。
眼下を彷徨うゾンビ共をどうしようかと思案する。
『潰しても、再出現するようなので放っておいたほうが良いかと』
「てことは……減らないのか」
『正直、出口が見えませんね。この状況の』
とんでもない所に呼び出された。
改めてそう思う。
「乱射・光」
ま、焼け石に水だろうけど。
魔導弾に貫かれたゾンビは、しかし、それだけでは動きを止めることは無かった。
「厄介だな……」
◆
既に宿屋の一階には周囲の生き残りが掻き集められていた。
その二階で作戦会議。
向かいの家にも居て、総勢百五十人程との事。
「……多いな」
素直な感想。
それを引き連れ化け物のうろつく中を行軍せねばならない。
「制限時間は?」
「一番短いのが二時間ちょっと」
「ギリ……だな」
走れば一時間掛からないぐらいの距離ではある。
しかし、敵がいて尚且つ、こちらには子供の姿もあった。
「仕切り直すか?」
「いや、待っても状況は好転しない。
こう言うのは勢いも大事だ」
「そうか」
進むも地獄、退くも地獄。
ま、勢いで行けるならその方が良いには同意だ。
勢い大事。
「病人、子供は召喚獣が運搬します」
「そんなのが居るのか」
「ええ。その足なら、二時間は切れるでしょう」
へー。
「となると、問題は……」
「やはり、ここですね」
仮想ウインドウに表示された付近の上からの画像。
その一点。
そこをアンドレイが指差す。
ウェズンとアダーラの中間にある町。いや、町の後。
ゾンビ密集地帯。
「迂回するか」
「そんな道も時間も無い。俺達が死ぬ気で切り開こう」
「ですね」
「じゃ、一番槍は貰おう」
「は?」
「え?」
俺の提案にロックとアンドレイの二人が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「いや、それはダメだ。お前を危険に晒したらあの魔王の子に殺される」
既に十分危険だが。
それに、ジルヴァラは関係無い。
「貴方がゾンビになったらそれこそ世界規模の危機ですよ?」
まあ、こんな空飛ぶ美少女がキャリアとなればあっという間にパンデミックだろう。
「ま、それは問題無いと思う」
そうだよな?
スヤマンタカ。
二人からそれ以上の反論は無かった。
それは偏に信用されて居るからだろう。
それが、少し懐かしく嬉しかった。
死地を任され送り出される事が。
最も死ぬつもりは無いけど。
◆
「でかいなぁ」
「デカすぎて普段呼べないんだよね」
俺の前にそびえる体長十メートル以上はありそうな亀。
大亀という召喚獣らしい。
「お、おい、やめろよー」
その亀に、頭から甘噛され、頭髪を唾液まみれにされ、それでも嬉しそうなのが召喚主のテズ。
心底羨ましくない。
この大亀の背に病人や子供など行軍の足を引っ張りそうな連中を乗せ進む。
人が歩くよりは早く動けるらしい。
「よし、じゃ行ってくれ」
「ああ。行くぞ。カメッチ」
テズは、亀の顔を一撫でして出発を促す。
先頭に亀、そしてその後方に百人以上のNPC。
皆、一様に足が重い。
友人、或いは、家族を失った者も少なくないらしい。
そして今、こうして故郷を後にするのだ。
張り切っていこう、とはならないのも無理はない。
そんな連中をアンドレイを含む三人のプレイヤーが周囲を警戒しながら両脇と後ろを守る。
そして、その遥か後方で断続的に大きな物音が響いている。
ロックともう一人が囮となり周辺のゾンビを引きつけに行っている。
連中は、音、そして、動くものに反応するらしい。
「じゃ、迎えに行ってくる」
プレイヤー達に軽く手を上げ、その騒音の方へ。
彼らを残し去るわけでは無い。
離脱を手伝い、そして、合流するのだ。
◆
「乱射・光」
「炸裂する火球・二重」
俺の魔弾がゾンビ共に降り注いだ直後、フレアグレイという男の火魔法がゾンビの群れを吹き飛ばした。
家屋と共に。
「ちっとは遠慮しろ!」
抱きかかえたロックが俺の頭越しに怒鳴る。
「ロックが吹き飛んでったー」
自らの巻き起こした光景に大笑いの魔術師。
彼が巻き起こした火炎の渦の中に確かにロックのゾンビが居た。
「炸裂する火球」
直後、下から火球が現れ避ける間もなく間近で爆発する。
放り出され、地に転がる二人。
俺は辛うじて姿勢を戻し、着地する。
「痛ってー!」
「お前! 何してんだよ」
「俺じゃねって。ゾンビ。ゾンビ。あ、俺かー!」
「治癒・波動」
地に叩きつけられてもなお騒がしい二人。
まとめて回復。
そして。
「やかましいわ! 音に寄って来るってお前らが言ったんだろ!!
大人しく運ばれろ! 速射」
ひとしきり怒鳴った後、フレアグレイのゾンビの頭に風穴を開ける。
今魔法を放ってきたのはアイツだ。
「うわ、痛ってー!」
自分が撃ち殺される様を見てもなお、軽口のフレアグレイ。
「怒鳴るからまた寄ってきたぞ」
「光射す雨!」
銃を上に向け、周囲に弾の雨。
「おい、それ!」
「避けろーひゃー」
まとめて死ね!




